こんにちは!AIKOです。

 

 

本日はブログにお越しくださり

ありがとうございますニコニコ

 

 

 

これまでのブログで何度か書いていますが

私は本当にやりたいことができていません。

 

 

 

日常生活はそこそこ安定していて

人間としては普通に生きているものの

やりたいことができていないので

消化不良状態。

 

 

 

やりたいのにやれない。

やった方がいいことも分かっている。

 

一歩踏み出せば

違う世界が広がることも分かっている。

 

 

 

でも、どうしても進めない。

 

 

 

同じ所でグルグルと回るような状態が

長いこと続いております。

 

 

 

 

 

そうなって来ると

自己肯定感低い民である私は

こう思うんです下矢印

 

 

私は何でこんなに動けないんだろう。

私ってなんて勇気がないのだ。

こんなに動けないのは

自分の努力が足りないからではないか。

 

 

 

「やれない」理由を考えていると

どうしても自責の念が湧いて来てしまい

 

それによって更に自分を縛り付けて

もっともっと動けなくなる…という

沼に落ちてしまっていました。
 


 

沼が見えて来た時には

いかんいかん!自分を責めても始まらない!!と

自分自身に言い聞かせたりしてね。

 

 

 

その効果もあってか

最近は沼に落ちるまでは行かないものの

沼のほとりをグルグル歩く程度には

自責の念が湧く日々でした。

 

 

 

 

 

 

そんな中です。

 

 

先日、散歩をしていた時に

何となく自分の人生を振り返っていました。

 

 

 

そこで唐突に思ったんです。

 

 

 

私はこれまでずーーっと

やりたいことができないように

育てられて来たんだなあーって。

 

 

 

 

………あれ?

ということは…??

 

やりたいことができないのは

当たり前じゃん!!

 

と何かが突然腑に落ちた感覚がありました。


 

 

 

 

 

この『やりたいことができないように』

内容は多岐に渡りますが…

 

 

 

例えば幼少期だったら

 

・自分の好きなものを選ばせてもらえない

・自分の本意とは違う行動をさせられる

・やりたいことがあっても親や先生の言うこと「正」とすべき

・家庭や学校などの集団において、規則を守り反発しない子が「良い子」とされていた

 

 

 

大人になってからは

 

・自分の進路は認められない

・夢なんて追う大人はおかしい

・安定した「収入」や「生活」を選ぶのが「正」

・会社においては上司の言うことを聞き会社のために働くのが「正」

 

 

みたいな感じでしょうか?

本当に一例ですけども。

 

 

 

やりたいと言えば反対され

選ぼうとすれば規定ルートに戻され

誰が決めたかも分からない「正解」に向かって

変なルールに縛られたまま生きる。

 

 

 

私の場合、妙に素直なところがあるし

人を信じやすい性質があるもので

それが当たり前だと思っていました。

 

 

 

 

とにかくそんな感じで

"やりたいことができない世界"

ずーっと生きて来たんですよね。

 

 

 

それが当たり前だったのに

ある日突然

"やりたいことができる"ようには

ならんだろう!!と笑い泣き

 

 

 

 

もっと言うと

やりたいことができないように

やりたいことが見えないように

目隠しをされたような状態だったと思うんです。

 

 

 

目隠しをされた暗闇の中を

長いこと歩いてきて

やっと目隠しが外れかけても

周りが眩しくて何も見えないでしょうし。

 

 

 

光に目が慣れて

世界が見えるようになっても

 

はじめて目にした"やりたいこと"を前に

「これが私のやりたいことだ!」と

初見で判断できるかなあ…?

 

いや、私だったら怪しいんじゃ…?と思います。

 

というか、実際にかなり迷走していた自覚があります。

いや、現在進行形で迷走している…が正しいかも??笑

 

 

 

だとしたら

やりたいことができないなんて

至極当然のことじゃないか…!!

 

そんな目隠し状態で

必死で生きて来た自分を

責める道理なんて全くないし

 

そんな暇あったら

別のことにエネルギー使った方が

何百倍も有意義じゃん!!

 

 

と突然思ったのでした。

 

 

 

 

 

 

できなくていい。

やれなくていい。

 

やれない自分を責めたって

何もいいことはない。

 

だったらもう責めるのはやめよう。

 

 

そう思うようになったらね

何かがひとつ抜けた感じがします。

 

 

 

 

もちろん、

この"やりたいことができない問題"

自分の内側の問題であって

自分が作り出していることは分かっていて

そこを前提とした話ではありますが。

 

 

 

スピ的にはそれをブロックとか呪術とか

過去世からの課題とか

まあ色々あるのでしょうけども。

 

 

そこは根気よく外していくとしても。

 

自己肯定感低い民としては

不要な自責の念は

日々解放を試みるクセをつけたら

いいのかもなあーとかね。

 

 

 

とはいえ、自己肯定感の低さって

まあ根深いものですから

ひとつ外したらこっちが出て来たー!と

繰り返しやる必要がある気はしますが


ひとつ外れただけでも

だいぶ楽になった感覚があるので

引き続き取り組んでみようと思います爆  笑

 

 

 

それでは、本日はお付き合いくださり

ありがとうございました流れ星