【低コレステロール血症が脳出血のリスクであることは確かだが,スタチンによるLDL-C低下療法がリスクになる確証はない】

ご質問は,3つの論点を含むと思われます。1つ目は,HDL-Cが高いことの意義,2つ目は,コレステロール低下による脳出血への影響,3つ目は,高齢者における脂質低下治療の有用性です。実は,いずれもまだ100%正解と言える答えが出ていない課題ですが,現在の状況に照らして,考えられることをご説明したいと思います。
まず,HDL-Cが低い人で冠動脈疾患の発症リスクが増えることは,国内外の数多くの疫学研究で示されています1)。一般に,HDL-Cは40mg/dL以上が望ましいと考えられていますが,高ければ高いほど良いという証拠はまだありません。これは低ければ低いほど粥状動脈硬化を予防することが確立しているLDL-Cと異なるところです。
高いと動脈硬化に悪いLDL-Cと低いと良くないHDL-Cの割り算であるL/H比は,一般に“高いほど動脈硬化が多い”という結果をもたらします。しかし,同じL/H=1.5であっても,通常,L/H=180/120はL/H=90/60に比べてリスクが高いと判断されます。したがって,L/H比は,動脈硬化リスクを判断する指標の1つにはなるものの,管理目標としては,LDL-Cの絶対値をより重視すべきです。もう一歩踏み込むとすれば,二次予防患者(冠動脈疾患の既往者)のように動脈硬化リスクが著しく高い症例において,まずLDL-Cの管理目標を達成した後,さらにリスクを低下させたい場合,次の目標としてL/H比を低下させるというオプションはありうるでしょう。
次に,疫学研究では,低コレステロール血症が脳出血のリスクであることも数多く報告されています2)3)。一方,スタチンを用いた前向きの冠動脈疾患予防試験のメタ解析では,コレステロール低下に伴う脳出血の増加は示されていません4)。これらの成績の解釈の1つとして,低栄養などコレステロール低値をもたらす他の要因が,脳出血の原因にもなっていることが想像されています。逆に,スタチンによるLDL-C低下は,脳梗塞の有意な減少を示すことが繰り返し報告されていますので,冠動脈疾患のみならず,脳血管障害の予防にも有効と考えられます。ただし,脳出血の既往がある患者では,スタチンによる著しいLDL-C低下が“脳出血の再発”をもたらす可能性も完全には否定されていません5)。
最後に,本症例の76歳という年齢を考えてみたいと思います。現在では,65歳以上の高齢者であっても75歳未満の場合には,若壮年者と同様の脂質管理を行うべきと考えられています1)。75歳以上におけるエビデンスはまだ十分ではありませんが,冠動脈疾患の二次予防の場合にはスタチンによるLDL-C低下治療が推奨されています。一次予防では,個々の患者に応じて主治医に判断がゆだねられます。ご質問の患者さんは,おそらく“元気な”方であろうと拝察しますので,75歳未満と同様に考えてみましょう。
「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版」では,LDL-CやHDL-C,年齢等の危険因子から個々の患者の冠動脈疾患発症リスクを予測する手法を導入しました1)。詳しくは,同ガイドラインの14~16ページをご参照下さい。
本症例の場合,年齢70歳以上,男性,喫煙なし,HDL-C 40mg/dL以上,LDL-C 165mg/dL,早発性冠動脈疾患の家族歴なし,という背景から,仮に耐糖能異常や高血圧がなかったとしても,向こう10年以内の冠動脈疾患発症リスクが9%以上の「高リスク」群に分類されます。すなわち,LDL- Cの管理目標値は120mg/dL未満が目安となります。そして,75歳以上という年齢を考慮すると,ご提案のように“140mg/dLを少し切る”レベルは妥当と思われます。さらに,非心原性脳梗塞の家族歴が濃厚であることも,スタチンを服用する根拠となることでしょう。