身分の低い女性が皇族と結ばれる。
いわゆるシンデレラストーリーは平安時代にもありました。
例えば「今昔物語集」の中には、
身分の低い女性が玉の輿に乗る話がおさめられています。
時の右大臣の孫、藤原高藤は15~16歳の時、
鷹狩りに出かけ雨宿りをした家で13~14歳の女性と一晩を過ごします。
別れた後も忘れられず、6年もの歳月が経ってから女を京へ呼び寄せます。
女は二人の間にできた女の子を連れて上京するのですが、
その娘が宇多天皇に入内して後の醍醐天皇を産み、
祖父に当たる高藤は内大臣に。
すべてはめでたし、というハッピーエンドで話は結ばれています![]()
雨宿りでの一夜から6年後、
高藤は女の家に訪れる。
そこには、
ますます美しくなった女と、
彼女と高藤の間にできた娘が暮らしていた![]()
職人技は神の領域 朝廷に仕えた京の職人
平安時代の「職人」は、その初期には朝廷に仕える技術者として、
各役所に所属する官人でした。
例えば鋳物師は蔵人所、大工や轆轤師は木工寮に属していました。
その中には官位や位階を持つ者も多くいたようです。
その後、次第に自立して、
中世の職能集団を形成していきます。
平安後期から中世にかけて、様々な職種の職業人がいたようですが、
春をひさぐ遊女、雙六打ちなどの博打打ちもまた、
その道に通じる職人業と見なされていたというのですから驚きです![]()
月を愛で、和歌を詠み、団子を供え…、幽霊も登場する十五夜
中秋の名月は、陰暦の8月15日。
観月の風習は唐から伝えられ、平安の頃すでに宮廷でも貴族の私邸でも、
観月の宴が催されていました。
当初は月を賞して漢詩や和歌、管弦の遊びを楽しんだのですが、
その後、清涼殿の前庭で殿上人が左右に分かれ美術工芸や和歌を競い合う
「前栽合わせ」が行われるようになります。また、
その年はじめて収穫した穀物を神に捧げる収穫祭が各地で行われ、
芋や団子、枝豆、薄の穂などを供える習慣も古くからありました。
更に十五夜の前後は幽霊の季節をもいわれ、
不気味なことが起こりやすいとも考えられていたのです![]()
