地方からの税の徴収が受領に一任されたことで、
そのふところには余禄として
莫大な富が蓄えられることになりました。
身分こそ五位程度と低くとも、
たまらなくおいしい役職でした。
「源氏物語」では、明石入道が一介の受領でありながら、
その富をもって娘を高貴な姫君同様に育て上げ、
源氏に財政的支援を行ったように、
受領のなかには中央貴族につながることで、
名誉といっそうの栄達を得ようとする者が現れました。
この役職の推挙権と任免権を有するのが、公卿でした。
おいしい仕事の任免権を牛耳るがゆえに、
先の道長の例に見るように、
人々は競って権力者に取り入ろうとしたのです
「名誉なくとも金」の貴族達 陰で私腹肥やす道
有力な家柄の貴族ならいざ知らず、
なんの背景もない中下級貴族にとって、
公卿などの出世はまず望めない。
となれば、金を稼ぐことに望みをつなぐのも人の世のならい。
そこで脚光を浴びたのが、五位、六位でもなれる受領。
地位は低くても一国一城の主。
権限もあるし、「不三得七の法」で税率の3割を自由にできる為、
任期の間に巨万の富を築くこともできる。
ただし、その数は全国66か国にすぎない。
それも任期の関係があるので、毎回10程度のポストしかない。
そこで毎年春に、県召の除目近くになると悲喜劇が繰り返された。
希望者は申文という自薦の申請書を提出、
自分の売り込みに必死だった。
紫式部の父、藤原為時もそのなかのひとりである。
このように中下級貴族には憧れだった受領だが、
税を取られる地方の農民には、迷惑な存在である。
やりたい放題、可能なかぎりの収奪により
私腹を肥やす悪辣非道な姿は「今昔物語集」に枚挙のいとまがない。
受領は強欲の代名詞でもあった
わびしい貴族達 出世も金も望めず
昇進の目途
当時、律令制を支えた官僚はおよそ1万人。
しかし、このうち宮廷に毎日出仕する正規職員は千人程度に過ぎない。
身分や家柄、富の無いものが出世するのは並大抵ではなかったことが、
このことからも想像できる。
六位以下の官人は「考」という客観的な勤務評定によって、
昇進の可否が決まった。
しかしその機会は常勤職員さえ6年に1回、
非常勤職員にいたっては8年に1回しかめぐってこない。
しかもほとんどの場合が昇進できても1階級上がるだけ。
これでは仮に40年働いて順調に出世したとしても、
7階級上がれるかどうか。
下級官人はよほどの才能や才覚、
チャンスがないかぎり、下級官人のまま終わるしかなかった。
なお、五位以上の貴族の昇格は「叙位議」で決められ、
それに加わる公卿達の思惑ひとつだったという。
コネクション探し
四位、五位の中級貴族には位階に対する俸給があるものの、
官職について米、塩、魚などの食料を毎月給付されなければ、
暮らしは苦しい。
「散位」といわれた無職ではかっこうも悪い。
そこで就職活動に精を出すことになるのだが、
その先のひとつが知り合いの女房である。
自分がどれだけ優れた逸材であるかを懸命に弁じて、
どこそこの国司に任命されるように、
帝や皇后への橋渡しを頼むのだ。
「枕草子」に描かれるように、そんな姿を陰で若い女房から真似され、
嘲笑される哀れな貴族も少なくなかったに違いない。
下に薄い給与体系
平安中期、税が思うように取り立てられなくなったことで、
一位から初位までの役職者にあまねく支給する季禄が不足するようになった。
そこで上から下まで公平に減らしたかというと、
そうではない。
三位以上の公卿は通常通り受け取り、
中下級貴族には全く支給されなかったという
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ひまわり