いろいろと
耐えることが辛くなってきた
先日、久しぶりの友達と会っていたときに、
たまたま隣にいた初対面の人に、
わけもわからず嫌なことを言われた
わたしの見た目の美醜に関して、
あれこれ言われるのはいまだに慣れない
見た目から勝手にあれこれ決めつけられるのも、
諦めて気にしないようずっと頑張ってるけどいまだに出来ない
前に、別の友達のお姉さんに
「なんであなたはそんなに頑張らなくていいことに無駄に頑張ってるの?」
って言われたけど、
頑張らなければ自分を保てないからだ
ぽかんと往来に放り出されて、
いつだって独りで色んな攻撃から身を守るのは苦しい
「助けて」
って言えたら、どんなに救われるだろうって、
気が遠くなるほど思ってきた
防御してくれなくていい、
支えてくれなくてもいい、
代わりに戦ってくれなくていい
ただ一人の味方になってくれたら、
それだけでいい…
ずっと、そんな人を探してた
友達は、ずっとわたしの味方でいてくれる、もちろんわたしもそうだ
みんなそうなのかな、
友達しか味方ってなれないのかな…
だとしたら、いろいろ諦めなければならないことたくさんあるなぁ…
異性って、なんなんだろう
終わらないなぁ
先週、ずっとずっと会社でやられていた嫌がらせ
に、とうとう一石を投じ
週明け、どうなるかわからなかったけど
社長が間に入ってくれ、
どうにか治まることが出来た
社長が話し合う場を作るという行動に出てくれたことはラッキーだった
公に交渉の場となれば、こっちのもの
販売・営業で培った力、で
コチラの意の方向に進めることが出来る
愚痴や泣き言・泣き落としなんて、素人のやるやり方
冷静に…正々堂々と、やらせていただきました
やっと…
やっとこれで少しはマシになるかと思いきや…
上司のわたしへの嫌がらせが終わったとたん
今度は同僚からの嫌がらせが始まるという…
会社ってこんな場所だったっけ
毎日毎日、仕事以外での精神的な苦痛を味わいに行くところだっけ
同僚の嫌がらせは、実は入社以来ずっとチクチクあったんだけど
まだ直にやってくるだけこちらも応戦が出来るだけ、対処のしようがあったけど…
先週、反乱を起こしたあと
同僚と話しをしたんだけど
これまであまり愚痴も言わず、ただ仕事に支障が起こった時にはその事実は言葉にしてきた
今回の反乱で、わたしがどれだけ我慢して苦痛を耐えてきたかを伝えてみた
ずっと我は関せず、見て見ぬふりどころか上司の嫌がらせの態度を援助してきてた同僚
そこで初めて、自分の今までの態度が、
これを機に一変して自分も責められるべきことになるって気がついたのだろう
自分の立場を守るため、人からの責めから逃げるため
わたしを攻撃し出す始末に…
わたしは人からどんなふうに見えるのだろう
普通の「人間」なんだけど
普通に心もあるので嫌がらせされたら普通にちゃんと傷もつく
普通の人間、あなたと同様、傷がついたら痛みだってちゃんとあるのよ…普通に苦しいよ
なんでこんなに「攻撃しても平気」にされてしまうのかな
まだまだ辛さは治まらない…
とりあえずは、去年の病院通いのとき処方されていた薬
頓服用のはまだタンマリ残っている
あんまりにも耐えられないときは、
それに助けてもらえばいい
大丈夫
そうすれば、そうして耐えていけばいつかは…
大丈夫だよね
夏の思い出
昨日は友達の実家へお邪魔し、
友達の子供と家族と地元仲間で、
花火大会をした
ゆうべは大きな満月で、
夕方頃は赤く大きな月が
多摩川の橋のむこうに大きく浮かんでた
夏の思い出
花火の思い出は、
子供の頃にみた熱海の花火大会
大人になってからみた米軍のキャンプのも近かったけど、
海岸で打ち上げる花火は臨場感がすごくて
腰掛けた防波堤から伝わる波動と共に
とても感動的だった
三歳くらいの時に、
今は亡き叔母に連れられて
母方の遠い親戚を訪ねて、
夏に北九州へ行った
寝台列車で行った記憶がある、
向こうの駅のホームで、
現役でなかったかもしれないけど
まだ蒸気機関車が走っているのをみた
あまりに小さい頃のことなので記憶がおぼろげだけど
荒れた海や
視界がぜんぶ蜃気楼のなか
舗装されていない土の道、
乾いた白い轍がくっきりと深く
真ん中と両脇は
水分を全て取られた草が全てベージュ色で
それだけしか無いように、
高く豊かに繁っていた
あれは現実の風景の記憶だったのか
いまだにわからないくらい、
とても特別な風景だった
空はとても深く蒼くて…
父親が山の生まれで山男だったので
海が嫌いな人だった
それでも、
自分と姉の記憶には、
海に行った記憶はけっこう多い
どこのものだか覚えがないけど
夜の海岸線を車で走っていて
水平線から溶けた夜空に、
ものすごい星空をみたことや
グレー色の荒れた日本海や
白い砂浜の海、
九十九里、
伊豆…
山にも数多く登らされたけど
同じくらい、
海にも行った記憶がある
両親はとても仲が悪かったし
自営業だったので浮き沈みが激しく、
裕福な家ではけっしてなかったのに
大人になってから、
そんなに遠いところばかりではないとはいえ、
普通よりも旅行へ数多く行っていた家庭だったことを知った
ほんの少しだけど、
お盆は仕事が夏休み
どこにも行かない予定だったけど、
昨日の花火はとても楽しく
ありがたかった
私が子供のころに経験したように
いろんな風景や思い出を、
友達の子供たちも覚えているだろうか?
そういうものは、
時間が経てば経つほど…
とても大切なものになることを
どうか知ってほしい

