(日記)言語が分かれているのはなんでだっけ?>神 | qlkの覚書

(日記)言語が分かれているのはなんでだっけ?>神

どうも、qlkです。
唯我論的に考えると、天国から一番遠いところはいつだってここになる。
そんな言葉を思い浮かべるくらい退屈な休日でした。

退屈と言うのもなんなんですが。
只管読書をしてました。シャーロック・ホームズです。映画も公開になるし、と思って読んでみたのですが、意外と面白いですね。何かちょっとSFくさい感じなのかなって思ってたんですが、見てみる気が湧いてきました。その前にアバターを見たいんですけど。
最近は面白そうな映画が色々やってますよね。パーシー何たらとか。あんまり映画に明るくないのでコレくらいしか知りませんが。
あ、のだめとか、アカデミー賞ノミネートの軍隊のやつとか、ジョリー&ジュリアみたいな名前の料理のヤツとか。今思い出しました。

今日は珍しい人から電話が掛かってきました。
中学時代の友人です。ずっと漫画貸しっぱなしになってた友人から、返したいとの旨。
ああそうか、なんだ嬉しいなぁ、と電話したんですが。
・余りに長く借りすぎて売ろうかと思った
・(貸してた漫画を)オマエが取りに来いよ!
・またXX(一応伏せます)が読みたいので貸してくれ
みたいな事を言われてちょっとなぁ、と言う感じになってます。
特に一番上と下は同時に言っちゃあいけないことだろ…それなりに大事にしてるんだからさ。
まぁ、別に愚痴を言いたかったわけではないのですが、人間環境が変わると耐性やらなんやら変わってしまうなぁ、と。
昔はそういう感じでも全然気にしなかったんですが、何だか変わってしまったのだなぁ、と電話を切ってしみじみしてしまいました。
まぁ、暫くは漫画を貸したり何かしらは無いものだと思いますけど。売ったら?って言うのが奥さんの口から出たってのも信じられん。マトモそうな人だと思ってたのになぁ。残念。
深淵を覗く者は…と言う感じにならないように注意しなければ、ですね。

さて。
明日も暇です。多分読書をしています。
明日一日有ればシャーロック・ホームズを読み終わると思うので、そしたら次に(未だに学生時代の負の遺産:積み本を結構やらかしているので)進みたいと思います。
数学で読み解く仏教だって。何か面白そう。もやもやも何もかもを活字の向こうに流してしまえればいいのに。

今月も休業です。一週間。
仕事があって欲しい様な、遠くに行ってしまうと転職活動が出来ない的な、不思議な気分です。
なんだかなぁ。給料ばかりがどんどん安くなっていく。スキルは詐称される(上に、付かない)。ああ、悪循環。このまま退職みたいな流れになるんだろうなぁ。他を探さないといけないのに、ホント。
頑張らなくちゃ。

まぁいいや、夜も遅いですし、こんなところで。
おやすみなさい。
シャーロック・ホームズを読んでから寝ます。

--------追記----------------------------------
寝ようと思ったんですが、イマイチ寝られないのでブログでも書きます。
書こうと思ったんですが、大したことも書けないので今思っていることをつらつらと。
テーマは「声に出して読みたくない日本語」。

声に出して読みたい日本語ってあるじゃないですか。何か有名なやつ。枕草子とか、宮沢賢治の詩とか載ってんのかな。あんま詳しくないんですけど。
語感が凄いいい言葉ってあるじゃないですか。人の感性によっても違うのかも知れないですけど。
あれ、逆に声に出して読みたくない日本語とか、語感が凄く悪い言葉ってのもある気がするんですよね。まぁ、語感が良い悪いってのは勿論あるにしても、それを除いても声に出して読んじゃいけない言葉ってのが。
何と言うか…文字で書くからいいんであって、それ口に出したら駄目だろ、みたいなね。
色々あるとは思うんですけど、ぱっと思いつくのがネットスラングですね。
ネットスラングって、元々が文字媒体でのやり取りに使われる目的で作られたものであって(中には誰かの発言が元になってるものもありますけど)、その大半が文字で見ることを前提に作られてると言うか。

文字で見ることを前提にしているって言うことは、視覚からの情報を前提に作られてるんです。音にされることを前提としていない以上、語感について注意を払われることは無いわけですし、なんとなく聞いていてなんだかなぁって感じになるのは俺だけでしょうか。

まぁ、ここまでの話はブログを見るだけのネットリテラシーをお持ちの皆さんには当たり前の話だと思うんですけど。
視覚から受けるイメージ含みで使われる言葉を口に出すことに、俺はとても違和感を覚えます。ないですかね、そういうの。
何となく、"痛々しさ"ってそういうところから来るのかな、って。
口に出してはいけない言葉を平然と出してしまうデリカシーのなさ、相手に「オマエもコレを理解しているだろう」という暗黙の了解を求める態度、視覚情報を自分の身体の動きで補おうとしたときの見苦しさみたいなものが、あの独特の感じを作っているのではないかなと思います。

じゃあ、小説の文章はどうなるんだって話になりますけど(あれこそ文字で見ることを前提にしてるじゃないかって言う話ですね)、あれだって一緒な気がします。小説の台詞を実際に口に出すとくさくなっちゃうってのもある種近いものがあるんじゃないかな、と。そして、小説の文章は口に出すこと(朗読とかかな)も想定した文章作りをしている気がします(最近のラノベとかはそうでもないみたいですけど)。

なんなんだろう…キャッチコピーみたいなものなのかな。ある種の。
言葉のイメージで感じ取るものであって、口に出すものではない、みたいな(勿論音にしても良いキャッチコピーっていっぱいありますけどね)。

急に話は飛びますけど、翻訳サイトで日本語訳したぎこちない日本語も、音で聞くとそれ程ではないような気がします。文字にしたとき程の衝撃はないような気がしますね。変換のおかしさ事態にもやっぱり衝撃を受けることはあると思うのですが。

なんか言い切りがやたら少ない文章でごめんなさい。

まぁ、何が言いたいのかと言えばですね、うーん…まぁ、ネットスラングを口に出すなと言ってしまえば身も蓋もないんですが、とにかく綺麗な言葉を使いましょう、と。
口に出すのは良いけど、口に出した時の微妙な感じはあの言葉たちのサポート外になっていますよと言うことです。
別に詩のように語れとかそういうことを言いたいわけじゃなくて、まぁ、言いたいことに幾つかの言い方があるとすれば、より語感が良くて聞こえのいい方を使えと言いたいです。言いたいことが他の言葉で語れないときに初めてキターとかワクテカとかorzとかそういう言葉を発すれば良いと思います。
上で書いたことの逆を言えば、イメージ含みのそういう言葉を口に出して、全く違和感を感じないよ、って言う人はどんどん使っていけばいいと思います。そういう運動が新しい言葉を定着させて、言語を進化させていくものだと思っているので。

何か凄く無駄に長くなってしまいました。
まぁ、何時もはもっと無駄なことで長くなっているからいいです。いいのです。
ちなみに、当ブログの日記のタイトルは大体が"俺が言って気持ちいいと思う言葉"でつけてます。
良く解らないカタカナの場合なんかは大体そうです。

なんか落ちの付け方が解らなくなってきましたが、自分の書く詩も「声に出して読みたい日本語」でありたいなと。あの本に載るレベルの面子と自分を同列に並べるのもなんですが。

丁度良く眠くなってきたのでこの辺で。
再度、おやすみなさい。
------------------追記終わり:03:52-----------------------