……首吊り自殺なんてのは最初から却下、とは幼なじみのアホの弁。
理由を聞いてみれば、てるてる坊主みたいでいや、と言っていた。
てるてる坊主って、見た目的にはその昔、人間を生贄にしていたのをあとから人形に肩代わりさせたんじゃなかろうかと思う。つまり逆なんじゃなかろうかと。
そう聞くと、そんなのはどうでもいい。ただ、人の都合で吊り下げられるのはいや、と。
ただ晴れて欲しいためにぶら下げられて、晴れなかったら首を切られてしまう。そんなのはいやだ、と。
まあ、それだけの話。
何故か昔そんな話をしたときのことを夢に見たので、少し気になっただけというか。
まあ、アイツのワガママっぷりが出ているエピソードだと思う。
「・・・ねえ、それ全部口に出して言わなくてもよくない?」
静かな教室に声が響き、ぼんやりとしていた意識が現実に引き戻された。
と、言えばいいのだろうか。単に寝てただけなんだが。
時間は分からないが辺りは薄暗く、電気もついていない。
「なんだよ朝姫……」
暗い教室には起き抜けの俺と……件の幼馴染、霧島朝姫だけしかいない。
教室に置いてけぼり、では無いだろう。この幼馴染はアニメやマンガ見たいに待っていてくれたりするタイプではない。
真っ先に教室を飛び出し、あちこちでオカルト的なものを探す。
つまり、そんなコイツがそのままここに居るってことはここで何かが起きている、ということに他ならない。
最近は朝姫がオカルト仲間を見つけてソイツらも含めて巻き込まれるからまあ、慣れてるっちゃあ慣れてるんだが。
例えば、理科室では人体模型やホルマリン漬けの標本が動きだしたり、潜り込んだ心霊スポットでは落武者と一騎討ちなど。
……「実は何事もありませんでした」が一番良いがそうはいかないだろうな。
危険な臭いがぷんぷんと漂っている。
なんてったって朝姫がにやにやと楽しそうに笑っている。
「……な、なにか良いことでもあったのか?」
「なんとびっくり、教室から出られないかも」
……は?
それは単に、鍵が掛かってるだけなのではなかろうか。
「じゃあ事務室にでも電話して…」
携帯を開く。
左上の、普段なら教室でも三本並んでいるアンテナが圏外を示していた。
立ち上がり、携帯をもったままうろうろするが、電波は入らない。
「私がそう言う確認済ませておかないと思う?窓も扉もびくともしなかったわ」
と、彼女が自分の席の椅子を無造作に掴み…窓に向かって投げつけた。
普段から突拍子もない行動ばかりだが流石に驚く。
が、予想していたガラスの砕け散る音とは違う、なにかもっと堅いものにぶつかったような鈍い音をたてて窓にぶつかり、椅子は床に転がった。
床や椅子まで傷一つ無い。
「ね?」
「ね?って……何が起きてるんだよ……」
思わず三点リードを多用してしまうくらいの異常事態だ。
流石に、ここまで物理法則をねじ曲げるような現象は始めてだ。
理科室のときは、朝姫がネクロマンサーの術を試してみたのがきっかけだったが、動き出した標本は人知を越えた動きをしたわけでもなく腹を割かれた蛙がぴょこぴょこ襲って来たり人体模型がぎしぎししながら這ってきて怖かっただけだし、落武者の時だって朝姫が出てきた幽霊に喧嘩売って、何故か俺と落武者の殴り合いに発展しただけだし。
まあ、大抵コイツのした余計なことが大事件に発展するというのが共通点か。
「失礼な。今回はなにもしてないわよ。六時限目の古典の最中に寝て、起きたらこうなってたんだから」
……最早コイツは授業中の居眠りすら事件に発展するらしい。
「とにかく、出口探さなきゃ。アンタと二人で長々いるのは嫌」
ツンデレでしょうか。いいえ、ツンツン。
幼馴染みだからって甘酸っぱい関係とか、ない。
それに俺的には世話を焼いてくれる優しい姉みたいな女の子の方が好みだ。
「誰もアンタの好みなんて知りたくもないわよ。ボケボケしてないで、どこかに出口ないか探しなさい」
まあ、困ったらコイツの言うことを聞くのが一番安全だと言うのもまた事実。
そうでなければ今頃生きてないだろうし。
そう自分を納得させ、朝姫の届かなそうな高い窓や換気扇を調べてみる。
どこも開かず、換気扇も通れそうにない。
「・・・なさげだな」
一通り探したが、どこにも外に出られそうな場所は無い。
「はぁ・・・、最悪」
珍しく参っているようだ。
「よりによって一番頼りないし使えないアンタと閉じ込められるとか・・・」
原因俺かよ。
「そりゃあねえ。・・・伊織くんがいれば機転利かせて何とかしてくれるんだけど」
「まあ・・・な」
この場に居ない人物のことを言ってもしょうがないが、アイツがいれば凄く頼りになる。
と言うか、アイツはアイツで朝姫と同様歩く超常現象みたいな人間だからなぁ。
もっとも、基本的に朝姫とは逆に引き起こした事件を大体収拾してくれるんだが。
逆にこういうときにいないとなると不安でしょうがない。
「あーっ、もうっ!」
相当イライラしているのか、朝姫は自分の席に戻り、机を蹴っ飛ばす。
さっきから他人のではなく自分の物に当たるあたりまだパニックになったりしていないんだな、と思う。
細かいことを言えば学校のものだが、まあそれはいいとしよう。
「どうすっかな」
「どうもこうも・・・とにかくアンタと一緒の部屋に閉じ込められてるこの状況は絶対嫌!」
それを俺に言われても困るんだが・・・。
俺の溜息と、うろうろする朝姫の足音がやけに大きく響く。
『ピンポンパンポーン♪』
唐突に、そんな静かな教室に放送が流れてくる。
俺も朝姫も静寂に耳が慣れてきた所だったので、二人してビクッと身を竦ませる。
『そろそろ全員起きた頃かな。ごきげんよう、皆さん。<神の候補生>たち』
いやに明るい女の声がスピーカーから流れ出す。と、同時に電気がつき、教室が明るくなる。まぶしい。
『そう、ここに集まった貴方たちは神の資質がある。全知全能、その卵たち。ゆえに、貴方たちには少し、試験を課そうと思う』
・・・言っている事が全く意味不明だが、だからこそただの誘拐やテロなどではない、と言うのは分かる。
だからといって、神?到底理解できるはずが無い。
『全員、右腕を上に翳しなさい』
・・・分からないときは素直に状況に従おう。
俺は言われたとおり、右腕を挙げる。
「言うとおりになんかするもんかー、っと」
朝姫は左腕を挙げた。
すると俺たちの手の周りに、朝姫がよくノートに描いている魔法陣のような円環が浮かび上がり、黒い火花を散らしながら収縮して手首に『喰らいついた』。
「く・・・うあああああああああああああああああああああああああああッ!」
「はぐっ、嫌ぁっ・・・なにこれ・・・・ッ!くううううううううううううううっ!」
まるで血管を冷えた粘度の高い液体が流しこまれ、引き換えに自分の身を抉り出されるかのような、激しい激痛が襲う。
『神は苦しみを背負わなければならない。でも、キリストが背負ったものよりずいぶん軽いんだからこれくらいで音を上げないでよね?』
「ああああああああああああああああああああああぐううううううううううううううううううううううううっ!」
「ああああああああああああああああっ、うあああああああああああああああああああああああああっ!」
痛い。痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイ・・・・・・・・
絶え間ない激痛。食い荒らされ、蹂躙される身体。それゆえか、だんだんと精神だけが独立して研ぎ澄まされていく。
『さあ、君たちはどうする?その<罪>を』
精神より深く、魂の奥底に、光が見えた。
痛みに完全に支配されそうになる身体に鞭を打ち、光に手を伸ばす。
ほんの僅か動いただけでも痛みが増すが、確信する。
光を掴めばこの地獄から解き放たれる。
そう。
<この剣>で、この闇を斬り伏せる!
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」」
それは、悲鳴ではなく、目覚めた獣の咆哮。
光を掴んだ瞬間、全てが解放された。
ただ、右腕には黒く、タトゥーのような紋章が腕輪のように刻まれていた。
痛みも、闇も、握ったはずの光や、確かに触れたはずの剣さえ、何も無く。
ただ、俺の前には俺と同じように痛みを超えたであろう、朝姫が立っていた。
息も絶え絶えだが、お互いの顔を見て、思わず笑ってしまう。
「ひっどい顔。ただでさえ元々良くないのに」
「お前だって涙だか鼻水だかわかんねえぞ、それ」
「う、うるさい」
お互いに背を向けて、朝姫はポケットからハンカチを取り出して顔をぐしぐしと乱暴に拭き、俺は袖で拭う。
思ったよりだいぶいろいろな汁にまみれていた。
『おめでとう。全員第一ステージはクリアしたみたいだね』
放送の向こう側の女はまるでゲームか何かのように明るく言う。
『それじゃあ、第二ステージと行こうか』
明るい声が、酷く冷たく響いた。