─○●○─
「・・・ぅん?」
目が覚めると、知らない部屋に寝かされていた。
周りを見ると、白い壁には不思議な模様が描かれているが、調度品は至って普通。
・・・模様を見てたら少し目がちかちかした。
何の模様?
「あら、目が覚めたのね」
ドアを開け、入ってきたのは私と同じくらいの年の女の子。
背が高くてスラリとした、きれいな女の子。
透けるような長くて綺麗な銀色の髪にみとれていると、彼女は私の側に腰掛け、顔を覗き込んでくる。
彼女の瞳も赤い色をしていた。
―その色にあの憎たらしい男の顔がちらついたが、彼女の瞳は、なんていうか・・・綺麗な宝石のようで、カインツの瞳とは全く違っていた。
アイツの瞳は、血のような、ドス黒い邪悪な色だった。
「調子はどうかしら?」
「え、あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます・・・」
「そう。よかった」
彼女は優しく微笑む。
実はまだ体が上手く動かせないのだけれど、言ってしまった手前どうにか上半身だけ起こす。
・・・う、背中が。
ぴきっ、と背骨が軋み顔をしかめると少女が背中に手を当て、優しく横にしてくれた。
「無理しないで。貴女、倒れてたんだから」
「すいません・・・」
「いいのよ。それに、あんまり丁寧に喋らなくていいわ。年も同じくらいだし」
そう言われても、彼女は助けてくれた恩人だし、なにより初対面だから、いきなり普通には話せない。
───しかし、彼女の口から出た予期しない言葉に、そんなことを言っている場合ではなくなった。
「さて。ところで、あの街でなにがあったのかしら、白龍皇さん?」
「・・・ッ!」
白龍皇。その言葉が彼女の口から発せられるとは思わなかった。
「どういう、こと・・・?」
「あ、誤解がないように言うけど、私はあの下品な赤いのの仲間じゃないわよ?」
・・・それだけで、その言葉だけで信じられるだろうか。
でも、彼女の方が事情を知っている。
もしかしたらあの男のことを聞けるかもしれない。
─―しばらく悩んだ末、私は彼女に話すことにした。
─○●○─
・・・・・・。
「・・・ぐすっ、ずず、・・・ひくっ」
・・・泣いてる。
彼女・・・レジィナは、涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
な、涙脆すぎだよ!?
もっと大人びた人だと思ってたのに、子供みたいに泣いてるよ…。
「そっかぁ・・・辛かったのねぇ、頑張ったのねぇ・・・」
ハンカチで強く鼻をかみ、服の袖で顔を拭いて私に抱きついてくる。
ちょっと、その顔で近付かれるのはヤだなぁ。
うわ、肩の辺りがべちょってしたし。
「・・・ひょっとして、引いてる?」
「・・・・・・。」
何も、返してあげる言葉が見つからない。
「・・・そ、そんなこと、ないよ?」
「その反応は余計に辛いわよ!ふえぇ・・・」
まだ泣くの!?
うーん。子供相手でも泣かれるとどうしていいかわからないんだよなぁ…。
「よ、よしよし、いい子だから泣かないで・・・?」
「子供扱い!?」
頭を撫でてもダメだった。
むしろ、酷くなったし。
顔なんてもうお年頃の女の子として人前に見せてはいけないような状態だ。
ど、どうしよう・・・。
ああ、主よ。私にばっかり試練与えすぎではありません?
「・・・じー」
視線を感じて扉を見る。
入り口で小柄な少女が入るべきか、入らざるべきか悩んでいる。
私に釣られてレジィナもそっちを見る。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
一呼吸。
「いやああああああああああああああああああああああああっ!!覗かれたあああああああああああああっ!」
・・・本当に、どうして試練ばっかり与えるのですか。
「はー、はー。・・・ぐす」
落ち着いた頃には部屋中ぐちゃぐちゃ、入り口に立っていた少女はレジィナにいろんな物を投げつけられたけれど、怪我一つない。
「・・・魔術師と言えど神器<セイクリッド・ギア>もないタダの人間なんだから、私に物理的に喧嘩ふっかけても無駄、って何度も言ってるのに」
ため息混じりに少女が言う。
・・・?
・・・???
頭の中が疑問符でいっぱいになった。
「・・・セラに辱められたぁ」
まだすんすんやってるレジィナを放置して少女が近付いてくる。
「初めまして。私は、セラ。半分だけ堕天使」
小柄で儚げで、灰色の髪で顔が隠れてしまっている。
そんな彼女は私の前に出て、バサッと黒い大きな翼を四枚広げ、一礼する。
・・・タダの人間ではない、セラちゃんと言う小さな女の子。
その黒い翼と、彼女から漂うオーラに圧倒される。
「こら、私のアリスを怖がらせるな」
「黙って、泣き虫」
ざくっ!と言葉が心に鋭く突き刺さる音が聞こえるくらいにショックを受けてようやく落ち着きかけたレジィナが崩れ・・・あーあ、まためそめそしてる。
って言うか、いつ誰がレジィナのモノになったのよ。
「よくあることだから、気にしないで」
「う、うん・・・」
複雑な気分。
セラちゃんは翼をしまい、私をじっと見つめてくる。
「な、なに?」
「貴女が、白龍皇<バニシング・ドラゴン>?」
いや、みんな言うけどさ。
何それ?
一応、教会で読み書き習って神父様の書架にある本は沢山読んだけれど、そんなモノは一度も出てこなかった。
まして、「貴女が白龍皇?」と訊かれても・・・。
って言うか。
「あ、貴女こそっ、だ、堕天使っ!?」
冷静に考えるともの凄いこと言ってるよねこの子。
しかも、あの羽は本物みたいだし…。
「ふ」
「ひっ」
ニヤリと笑ってにじり寄るセラちゃんに、体がうまく動かないながらに必死で後ずさる。
「がおー」
彼女は両手を上げ、大きく見せて威嚇した。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・ごくり。
「可愛い~~~っ!!」
「わ、ちょ、ええ?」
あまりにも可愛すぎて思わず抱きしめたっ!
戸惑うセラちゃんにさらに頬ずりもする。
だって、これ、反則だって!
昔から犬とか猫とかウサギとか、小動物が好き過ぎて神父様に拾ってくるのを禁止された私に、こんな・・・うはぁっ!
長年押さえ込まれていた欲望がその禁を解かれた!
「な、なに!?レジィナ、なんか間違って変なのひろってきた!?」
わたわたと暴れ、私の腕からどうにか抜け出したセラちゃんのつぶらな瞳に少し怯えの色が混ざる。
「ふふふ。お姉さんが優しく、たっっっぷり、可愛がってあげるから。ね?」
「いやあぁ、ダメ、なんか、この人怖い・・・」
じりじりと迫る。
いつのまにか体が動くようになっていた。
にじり寄る私にセラちゃんはいやいやと首を振る。
前髪の下に透けて見える涙に濡れた真っ青な瞳は完全に私に怯えていて、わたわたとレジィナの後ろに隠れてしまった。
あー。
ああー。
セラちゃーん、お姉ちゃんと遊ぼーよー。
「レジィナ、白龍皇怖い」
「・・・って言うか、アリス、まるで犯罪者ね」
わ、なんか誤解を受けてる。
「わ、私は、子犬とか子猫とか子ウサギとか・・・そんなちっちゃくて可愛い生き物が好きなだけで」
「・・・怖い。別次元まで離れて」
こ、心の距離遠っ!?
なんで・・・なんでなの・・・?
「で」
みんなようやく落ち着いて、仕切り直す。
セラちゃんは妙に私から離れている。
「改めて。私はレジィナ・イレネウス。魔術師よ」
「セラ。堕天使と人間のハーフ」
二人が改めて自己紹介してくれたので、私も。
「私はアリス。両親がいなくて、教会で育てられてたの」
二人みたいに特殊な何かではない。ただの女の子・・・の、はず。
って、よく考えると今私、とんでもないところにいるような。
「・・・敵」
「そうね。私も捕まったことはないけど魔女狩りされちゃう」
「そ、そんなこと・・・」
「もちろん冗談よ」
「・・・私には、別の意味で天敵」
部屋の隅っこからビシッと指差される。
あぅ。セラちゃん離れすぎだよぅ。
「とりあえず、何を信仰してても危害さえ加えてこなければ私たちも何もしないわ」
「・・・もう、された」
セラちゃああああああん!?
よっぽど根に持たれてるみたいだ・・・。
「まあ、セラの貞操を奪うくらいなら別に良いわ」
ぷるぷるぷるぷる。
必死で首を横に振るセラちゃん。
可愛い。
でも、別に私、貞操を狙ってるわけじゃないんだけど・・・。
「と言うわけで、セラのことは好きにしていいし、なんなら寝室一緒にしてあげるから、変な気を起こして私たちを教会に突き出したりしないでね」
そんなこと、最初からするつもりはないけれど。
「・・・びくびく」
ちょっとセラちゃんが可哀想。
「さ、さっきはごめんね。つい・・・」
「・・・もう、しない?」
ぐはっ。
涙目、上目遣いのコンボ。
しかしどうにか理性を持ちこたえる。これからの親密な関係のためにっ。
「しないよ。しないしない。絶対しない。約束する」
「・・・・・・考えておく」
やっぱり第一印象悪かったよね・・・。
「ま、それはいいとして」
レジィナがもう一度仕切り直す。
「アリスは何も知らないのよね」
「うん。まったく」
「じゃあ・・・貴女には、自分が何者か自覚して貰いますか」
ぱっちん、とレジィナが指を弾くと、部屋の家具類が消え去り、何もないただの広い部屋になった。
床には円形の図面が描かれている。
「・・・魔法陣?」
「そんなところ。とりあえず、真ん中に立ってくれるかしら」
言われるままに魔法陣の真ん中に立つと、レジィナが何か・・・呪文?を呟き始める。
「強く、力をイメージして」
部屋の隅からセラちゃんに指示される。
力・・・。
「自分が強いと思うものを頭に描くの」
強いもの。
と言われても・・・。
さっきのセラちゃん、すごく強そうだったな。
「がおー」じゃなくて、翼を広げたときの。それでいいのかな?
「・・・思い浮かべたよ」
「じゃあ、その姿を自分に重ねて」
重ねる。
大きな黒い四枚の翼を広げるセラちゃんを思い、そして自分の背中に翼が生えるのを想像する。
バサッ。
大きな、羽ばたく音に振り返る。
・・・私の背に、輝く四枚の白い翼が生えていた。
「一回発現してるからもう一回出すのも簡単だと思ってたけど、予想外に手こずったわ」
レジィナは肩を鳴らして言う。
「何・・・これ」
「それが貴女の力。カインツとか言う赤龍帝の宿主を退けた、貴女に宿る白龍皇の力の結晶、白龍皇の光翼<ディバイン・ディバイディング>よ」
これが、私の力。
「触れた相手の力を一定時間ごとに半分にして奪い取る、反則的な力よ」
・・・っ!凄い・・・。
「それって、一度触れたら力関係逆転しちゃうんじゃあ・・・」
「そうでもないわ。相手を半減しても、貴女自身のキャパシティを越える力は維持出来ずに余剰分は翼から吐き出されてしまうから。それに強い相手なら貴女が触れる前に倒せてしまうわ」
・・・弱点も多いんだ。
絶対な力で無いところが私らしい。
「とはいえ、最強のドラゴンが封じられてるわけだから、そう簡単に負けることはない・・・はず、なんだけど・・・」
歯切れが悪い。
「白龍皇の意識、発現してない」
「ええ。前に赤龍帝に会ったときは龍の意識があったはずなんだけど。まだ龍の力が馴染んでないのかしら」
「・・・?」
「まあ、いいわ。ぶっちゃけ、白龍皇に関しては自分で説明して貰いたかったんだけど」
どういうことなのよ、といいたげな目で見られても、私にはどうしようもないんだけど・・・。
「ま、いいわ。私たちが知ってる限りのことを教えるわ」
─────。
「ようするに、喧嘩してた凄く強い龍を神様と悪魔と堕天使がやっつけて、封印したのがこの翼ってこと?」
長い説明を自分なりに噛み砕いてみた。・・・とても、今までの常識から考えると信じられるようなことではなかったけれど。
「まあ、そんなところね」
しかし、なんだか納得行かない。
「でも、神様が悪魔や堕天使なんかと手を組むはずないじゃない」
「・・・しょうがなかった、としか言えないわ。天使たち、そして何より人間を救うにはそうするしかなかったのよ」
「・・・・・・。」
「って言うか貴女自身、教会育ちのくせに堕天使のセラのこと好きじゃない」
・・・あ。
「ご、ごめんねセラちゃん・・・」
「・・・平気。慣れてる」
うぅ・・・。
本当に平気そうなセラちゃんの顔が余計に心を抉る。
「だから、身体接触禁止」
頭を撫でて慰めようとのばした手を避けられた。
「とにかく、そんなわけだから、これから先も貴女は赤龍帝・・・カインツと戦うことになるわ」
―ッ!
その言葉に、私は思わずレジィナに飛びついていた。
「アイツに、復讐出来るの?」
しがみつく私に、レジィナは極力優しい声で語りかける。
「それは貴女次第。次に会うときはきっと相手も強くなるわ。それまでに貴女も強くならなきゃ」
「・・・強く、なれるの?」
勢いが削がれ、不安になった私の頬をレジィナが軽く撫でる。
あの時は偶然生き残れたけど、今度は・・・。
「ええ。貴女が身に宿すのは神すら恐れた最強のドラゴンよ。それに、私が鍛えて史上最高の白龍皇にしてあげる」
「・・・どうして、そこまでしてくれるの?」
その問いに、レジィナはあっけらかんと答える。
「こっちも慈善事業で貴女を拾った訳じゃないわ。貴女が偶然白龍皇だったから、今の内に恩を売っておけば強くなってからも味方に引き込めるでしょう?」
・・・でも、レジィナからはあまり私を利用しようという雰囲気が感じられない。
言葉とは違う、何か・・・。
「レジィナ、ひきこもりで私くらいしか話相手いなかったから」
「ちょ、セラっ!?」
慌てるレジィナを見てセラちゃんが少し笑う。
・・・そういうことなの?
まあ、意外と泣き虫だし、そうなのかも。
「と、とにかくっ。そう言うわけだから私たちが必要なときは力を貸しなさい?」
「うん。・・・友達として、ね?」
握手しようと手を差し伸べると、レジィナは・・・また泣きそうな顔になる。
・・・この子、絶対人を利用したり出来ないと思うんだ。
「よ、よろしく・・・ね」
顔を赤くしてきゅっと手を握ってくる。
・・・そんなレジィナもセラちゃんに劣らず可愛い・・・って、浮気はダメ、私。
握り合う私たちの手に、セラちゃんも手を重ねる。
「私も、出来るだけのことはするから」
頼もしいよセラちゃんっ。
でもなんでちょっとレジィナ寄り・・・?
それから私たちは、夜が更けるまでお喋りをした。
お互いの話を少しずつ。
悲しいことから目を背けたかったから、そうやって逃げていたのかもしれない。
でも、それ以上に2人と一緒にいるのが純粋に楽しかった。
・・・私は、こんなに幸せでいいのだろうか。
私のせいでみんなを失ってしまったのに、私だけ幸せで・・・。
―――――続く。