私にとって人生の基盤、
私という人格の形成の基盤となったもの
それは間違いなくバスケットボール
バスケは7歳のときに始めた
正確には6歳やけど7歳になるとき。
きっかけは兄がやってたから。
母が保護者の当番のときに
キティーちゃんの人形もって遊びに行ってた(笑)
ある日、監督が気を使ってか
明日から一緒にやっていいよって声をかけてくれた
(覚えてない)
バッシュを買ってTシャツを買って
バスパンも買って、バッ足も買った
(格好から入るタイプだったらしく、体育館シューズじゃ嫌って、ねだったらしい)
バッシュを一人で履けるように
蝶々結びの練習をした
これは覚えている
初めての練習は覚えていない
初めてシュート決めたのも
初めてボールに触れたのも覚えていない
残念ながら。
ただまぁ日曜日だけ練習に参加していた
アップの方法すらわからないから
前の人のまねしろって言われてわけのわからないまま真似してた。
レイアップは右のときは
右、左ってステップ踏んで
左のときは左、右って踏むんだよって教えてもらった
シュートは両手で打ってたけど案外届いてた
ドリブルの練習なんかは
7歳ながらに結構本格的に習った
小学2年生になると土曜日の練習にも参加した
片手のレイアップを上級生に教えてもらった
上級生がみんな片手だから
それが格好良くて自分のやっと習えて嬉しかったのは覚えている
こんなに事細かに
記述すると何時間でもかかってしまうので
以下省略。
ただ、私は監督に出会えて
監督に一番初めにバスケットを教えてもらえて
本当によかったと思っている。
感謝の気持ちしかない。
小学校卒業以来めっきりご無沙汰しているが、、、
監督のバスケットは
ミニバスで勝つ、ただそれだけのバスケットではない
ミニのバスケは
基本的にみんなnon-talentedだ
だから勝つのは監督の戦略次第
極論、走り込みさえすれば勝てる
でも監督はただ勝つバスケットが嫌いだった
特に市民大会で
ワンマンチームに対しても全員でディフェンスする
それがディフェンスだと
ただ至極負けず嫌いな人で
どうしてもそのチームに連敗するのが嫌で
一度、苦肉の策でボックスワンを使ったことがある
試合には勝ったものの
あれはミニバスとしてはやるべきことではない
と言っていた。
真っ向勝負が好きな人だった。
もっとロジカルにスマートに
バスケットに基づいてバスケットを教えてくれた
たとえばディフェンスの際、
ボールに近づく人に対してはディナイ、
離れていく人は無視
ただしリング下に近い位置では持たせるな
ボールマンに対しては必ずインライン
しっかりとしたガイドラインがあった。
だからこそ迷うことがなかったし、
違うプレーにでくわしてもそれにのっとってプレーすればよかった。
彼はいつも
私たちがミニで終わるのではなく
中学、高校とバスケを続けていくことを念頭において
ミニにおいての
基礎を提供してくれていた。
彼のバスケットへの精神、考え方、練習
全てが今日までの私を支えてくれている。
実際、本格的に彼から指導を受けたのは
小学4年、5年のときだ
彼の素晴らしいところは
その成長段階に応じたレベルを要求する、
導いてくれるところだ
悪いところはとことん怒る
良いところはとことん褒める
チャレンジしての失敗はいい
恐れての失敗は許されない
消極的でネガティブなプレーは許されない。
積極的かつ楽観的。
オフェンスは休憩しても
ディフェンスは絶対に休むな。
練習は120%で取り組んで初めて試合で100%の力が出せる。
練習の型にはまるな、臨機応変にプレーしろ。
たとえば3メン
基本的には最初は右の人にパスをして
真ん中にリバース、そして左の人にパスをして
左の人がレイアップを決める
ただし、これは速攻の練習であり
速攻においての一番のロジカルな考え方は
ボールをより前に持っていくこと。
より前に走っている人にボールが渡るようにすること。
だから右の人からリターンパスを受けたとき
真ん中の人は判断しなければならない。
だれが一番前を走っているか。
もし自分が一番前なら
ドリブルで持っていく。
右の人が左のウイングの人より速く走っていれば
もう一度その人にリターンパスして
その人がシュートを決める。
練習の基本的なメニューは無視。
なぜならその人が一番前を走っている。という速攻の考え方からである。
これがロジカルでスマートな
バスケットである。
だから小学3年生でも
私はバスケットの考え方が非常に柔軟だった
決して技術的には上手くなかったが
ミニバスであれほど
バスケットらしい考え方をできる子どもは
そう多くはいなかったであろう
小学5年以降、
まともに技術を教えてもらったのは高校1年の1年間だけ。
あとは基本的に各地点での私が持っていた技術の
100%を要求されただけ。
しかしミニで教わったバスケットの骨格は
どこに行っても通用するし、
あとは肉付けしていくだけでよかった
だから中学、高校と
下級生ながらスターターを勝ち取ることができた
のちのバスケットにおいては
指導者に恵まれなかった
1年おきに指導者が変わったり、
まったくバスケットの知らない指導者にも
何度も巡り合った
私はその時々に合わせて
自分のバスケット(監督のバスケット)に基づいて
その人の要求を足していくという
方法をとるしかなかった
だからこそ、どのようなタイプのチームでも
そのタイプに合わせてプレーするという
柔軟さを身につけれたのかもしれない。
小学、中学と私はかなりオフェンシブなプレーヤーだったが
高校がかなりのディフェンシブなチームだったので
そこでは私はチームとしてディフェンス力を求められた。
保守的な考え方も身につけた。
しかしオフェンスの個人レベルにおける1対1などにおいては
これも同じで、監督のバスケットに基づいてプレーした
県内1で全国ベスト8の相手のディフェンスでも
ヘルプの来ない1対1の場面なら
ドライブからレイアップを決めることができた
私のバスケットは
日本から遠く離れたカナダでも通用している。
特にカナダ人の多くのバスケットは
破滅的だ。
まったくもってロジカルではない。
皆が自分がシュートを決めることを考えている。
もしくは疲れたら全く動かない、攻めない。
かなりの自己中心的なプレーである。
だからこ日本人の私は身体的なハンディがあっても
ロジカルにプレーすることで
試合に出場し、得点することができる
バスケットにおいて最も大切なことは
タレントではなくバスケットの考え方の基盤である。
セレクション、それが一番大事なのである。
どの場面で
誰にパスをし、どちらにドライブをし、どのシュートをする
そのルールがきっちりしていれば
どんなときも迷うことはない。
あとはチームのナンバープレーや
コールを覚えるだけである。
バスケットをしているとき、
私は異常な集中力を発揮できる。
バスケットをしているとき自分が
一番強く、確固たる意思のある自分だと感じられる。
それ以外の場面では
非常に自分の意思薄弱で、
なんの取り柄もない、ちっぽけな人間だとつくづく思う
なぜなら自分のバスケットには
一つの真っ直ぐとした信念があるからである。
信念を貫き通す
一度やり始めたら最後までやり通す
バスケットは私の人格の基盤となり
人生において
いつも素晴らしい仲間を与えてくれた
バスケットをしていなければ
これほどお互いを知ることのなかったであろう
仲間が大勢いる
7歳にバスケットを初めて
以来、15年という長い月日が経ったが
私は今日もバスケットをしている。
決してプロフェッショナルになるわけではない。
なろうと思ったことは一度もない。
実際プロのプレイヤーでも
私よりバスケット歴の短い人がたくさんいる。
これだけ長い間バスケットに関わり続けているのは
またそれだけバスケットが
私に情熱と感動を与えてくれるからである。
また15年かけても
いまだに完成されない私のバスケットがあるからである。
バスケットは永遠で
どこまでも奥が深い。
きっと一生"完璧"になることはないのだろう。
だからこそおもしろい。
だからこそどこまでも追及したくなる。
バスケットは私の人生に
素晴らしい時間を提供してくれている。
そしてそう思えるのは
監督にバスケットを教わったからである。
きっと彼に教わっていなければ
道を見失うことがあっただろう。
彼はミニバスにおいての
たった数年で
先、10年の道しるべをしてくれたのである。
日本に帰国したら
まず最初に監督にお礼を言いに行きたい。