今までの思い | 音羽OT研究会のブログ

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音羽OT研究会が発足しました.臨床はわからないことだらけ・・・.私たちの臨床場面における疑問を分析し、作業療法の可能性を考える.また、諸先生方との積極的な情報交換により、知識・技術の向上を図っていきたいと思います.

ボバース基礎講習会参加のため森之宮病院へ向かう途中です。

作業療法士になって4年目になりましたが、今までの思いを綴ります。

作業とは?作業療法士とは?作業療法とエビデンス?

このテーマは作業療法士である以上、常に自問自答しなければならない事だと思います。

私も作業療法士として働きはじめた頃から感じていた違和感。先輩OT、先輩PTから日々呪文の様に頭に擦り込まれる言葉。[PTは歩行、基本動作、脚。OTはADL、手、福祉用具、自助具、高次脳機能、余暇など]
学生時代もその違和感は常に感じていたいました。
理学、作業、言語が勉強を一緒にするのは、解剖や生理などの基礎一般。臨床でも同じ。専門性をアピールしているのか?アピールしたいのか?わける必要はあ
る?

作業療法って何だろう?って悩み続け、今でもわからないし、今後もわからない事だと思っています。このテーマは、全力で臨床を頑張って、自分が作業療法士を辞めるときに初めて、作業療法とは、私の作業療法、がある意味理解できるのではないかと思っています。

私は、患者様本位のヘルスケアサービスが患者様だけでなく、患者様を取り巻く環境[家族、友人、親戚、ケアマネ、ヘルパー、地域の方々など]に影響を与えられるセラピストになりたいと思っています。病院内だけのtherapyでは寂しいですね。

不幸にも病気になり、障害をもってしまった患者様はもちろんですが、患者様を取り巻く環境も変わってしまいます。

私たち作業療法士もその環境の一部です。患者様はセラピストを選べません。意識朦朧とするなか、紹介を受けて勝手に担当者が決まります。
だからこそ私達には責任があるのです。 目に見えないサービスを提供している私達だから、、、、責任があるのです。

こう考えるようになったのは、二年目の頃でした。
患者様本位が当たり前ですが、まず、整容動作、食事動作、次いで、排泄動作、更衣動作など勝手に道筋をセラピストが考え、それに患者様を乗っけて、はい退院。これが作業療法か??って。思った時期もありました。

はや四年目、今は、障害を負ってしまった患者様が、病院だけでなく、地域社会に帰っても、またどのような場所でも、その人がその人らしくいられるように支援できるセラピストになりたいと思っています。