愚生、通勤は諸事情あり(?)、電車を利用している。


気分は大富豪なう



いつも新宿~九段下間を都営新宿線で通っているのだが、


昨日、いつもどおり京王線からの直通電車に乗ると、


車掌はショーン・コネリーをイメージさせるような、


紳士然とした渋ぅ~い声の男性であった。




そして電車は曙橋を出発し、市ヶ谷に差し掛かったときに


車内アナウンスが・・・。









「次はぁ~、いちかにゃ・・・・・・・・・。」









い・・・いちかにゃ・・・?(^ ^;


急にショーン・コネリーが「こんばんにゃ」


畠山アナウンサーに見えてきてしまって、笑えた。(笑)




素晴らしい一日のスタートを切れた気がしたのは


車内で私だけではないはずだ。(笑)









さて、父の実家で私のいとこと談笑。

やはり、話題は震災の話になりました。




ここは大崎市。

内陸になるので、津波の心配はない地域ですが、

揺れ自体は震度7。もちろん被害は甚大なものでした。





近所の一級河川・鳴瀬川にかかる志田橋近辺の

道路は崩落し、古川までのメインルートが寸断され、

昨年末まで不便を強いられたようです。




もちろん橋だけでなく道路を含む交通や

ライフラインなども大きな被害を受けたことは

周知の通りです。





そしてインフラ関係だけでなく、この家の

建物にも被害は及びました。



2つ残る古い蔵のうち、ひとつが倒壊し、

今はコンクリートのたたきだけが残っております。

気分は大富豪なう



もうひとつの蔵は傾き、余震で壊れることが

懸念されておりましたが、建築屋さんも多忙で

いつ来てくれるかわからないので、蔵にはしごをかけ、

いとこが自分たちでワイヤーを桁にかけて引っ張り、

傾きを矯正したそうで、今もそのままの状態でした。

気分は大富豪なう
あの高いところに、自分でワイヤーをかけたのか・・・。



この蔵も築何十年と経っているので、建物倒壊と

いっても被害額としてみれば、微々たるもの

ではありますが、下敷きになれば命を失ってしまう

ことには変わりはありません。



そういう意味では幸いだったと言えるかもしれません。





そして家の中の吊り照明(シャンデリア)は

揺れで激しく天井に当たり、器具は破損し、

床は割れた電球のガラスが敷き詰められた

状態だったそうです。






しかし、あとはそれほど被害もなく、その前に

その前に寄ってきた親戚に比べれば、被災レベルは

最小限ですんだといえるでしょう。




この家は生け垣にしており、ブロック塀も倒れる

心配がなく、家屋も築10年のプレハブメーカーの

建物で耐震性が高かったこと、それから

近辺のお宅も含め、敷地が広く、上に高い

ものがないことと建物どうしが隣接していない

という土地柄が、被害を小さくしたといえるでしょう。







・・・そして、いとこもそうでしたが、どこに行っても

「住宅会社じゃ、忙しいでしょ! 景気いいもんね!」

とみんなが口を揃えて言うのが驚きでした。




ご存じの通り、首都圏では住宅が売れなくて

各社大変苦労しております。



S社とH社以外は、軒並み赤字を記録して

いるのが実情です。

・・・本当にうらやましい・・・。






もとい。








もちろん、ここ、宮城を含めた東北6県も

近年、住宅業界は深刻な状況でした。



が、かの震災により、建築業界は多忙を極め、

数回前のブログにも書いたように、東北の景気の

牽引役になっているという現実があります。



私もバブル景気のピーク時こそ知らないものの、

バブル崩壊直後に就活をしていた年代なので、

建設業界の好景気については、一応体験しています。



きっと、宮城においては、今がそのときに

近い景気なんだと思います。




それこそ「バブル」に終わらなければ

いいなと思うのは私だけでしょうか。







こう考えると、震災で全てを失っている人がいながら、

その一方で大きな利益を得ている人がいるわけで、

さて、この先10年過ぎて、

一体、この地震がもたらした

ものは何だったんだろう・・・?

と問うたときに、果たしてどんな答えが出るのか。




自分では想像もつきませんが、人間らしい言葉


が出てくるといいですよね。





去年の漢字、「絆」が、どうか安っぽい

“流行り言葉”に終わらないように・・・。




私の大好きな宮城の話は、これで一旦終了とします。






*** 追伸 ***


私の震災のブログを読んでくださっている方、

お目通しいただきまして、ありがとうございます。

次回からは、自称ブロガーである私本来の、

お気楽な記事に戻ります。


また、寄付の話や、震災関連本のことは

ブログでは書きませんが、継続しております。

大好きな宮城、いつも行きたい気持ちでいっぱいです。










・・・さて、我々家族5人は父の実家に着きました。


まず今回は、この伊場野での震災と関係ない部分をしたためて


行きたいと思っております。




ここを訪れるのは7年半ぶりになります。



以前は平屋の非常に大きな木造の屋敷でしたが、

今は有名プレハブメーカーの建物に変わっています。

気分は大富豪なう
CMはあの長身の役者さんが務めるハウスメーカーですね。



そして庭の一部には芝生が貼られ、生き生きとした緑を

私たちに見せてくれます。聞くと、やはり

芝生の手入れは手間が半端ではなく、夏場は毎日

雑草をむしり続けて、ひと夏で50袋ほど取ったとのこと。



・・・そんな手間のかかった芝生で、サッカーして、

すみません・・・。

気分は大富豪なう
芝生のスペースだけで100坪くらいあるだろうか・・・。



でも、気持ち良かったー♪




・・・さて、この7LDK(!)の居間に通された私達は、

早速、仏壇に。私のおばあちゃんの遺影があります。



私の長男が生まれて七ヶ月でなくなったおばあちゃん。

本当は早く見せてあげたかったけど、今年になって

しまいました。遅くなって、ごめんね。




・・・そして、その仏壇の部屋には伯父

くつろいでいました。



生きていれば私の父は69才ですが、5男坊なので

長男である伯父とは年が離れております。



御年88才


さすがに五体満足にとはいきませんが、車のハンドルも

まだ自分で握り、介助不要の身体です。

いつまでも元気でいてほしいです。




・・・ついでといっては失礼ですが、

数年前に皇居にて授与された、

春の叙勲である、「瑞寶単光賞」の勲章も

見せてもらいました。

気分は大富豪なう



・・・勲章も色々見てきましたが、政府から

授与された、本物の勲章は初めて見ました。

賞状を見ると、小泉内閣の頃ですね。



ちなみに授章理由は、

「地域の消防団への多大なる貢献」

だそうです。


消防団に入っている方、チャンスです!(笑)


実は私も地元の消防団に入りたかったのですが、

サラリーマンだし、職場は遠いし、早々から

諦めました。(笑)





・・・話がだいぶ脱線しましたが、

伯父さんも高齢のため隠居している身。

今はその子供の代、つまり、私のいとこの代が

家を継いでおります。



でも実は私のいとこは三姉妹で、当然この家の

奥さんはその長女ですから、ご主人は、

昔風にいうと婿さんなんですね。


寡黙で、とても控えめな方です。




私のいとこも東北女性らしい、自分は一歩でも二歩でも


引いて男性をたてる、しおらしい人です。





実はそのいとこの息子私と2歳違いなので、


31年前にここに泊まったときは、その長男次男と


遊んだことをよく覚えております。





蛍が自生している沼があったこと・・・。


カエルの種類が、うちの地元と違うこと・・・。


星が異常に美しいこと・・・。


相撲を取ってあそんだこと・・・。





そんな楽しく、自然が美しい思い出が詰まった


31年前の伊場野のこと、が今も鮮明に甦ってきます。





蛍はもう見れなくなっているとのことでしたので、


訪問日が決まった日から、星が見られるか


ずーっと、気にしてましたが、天気予報はずーっと


曇りか雨。当日も曇りとなっていました・・・。


なかなか思うようにはいきませんね・・・。






そして、早めの夕食となり、差し出されたビールと


家庭料理に上機嫌の私。たくさんごちそうになりました。



夕飯が終わったところで、「花火をやろう」といとこに


提案されたので、あらかじめ用意してもらっていた花火に


松島の宿でもらった花火を合わせて、庭でやることに


しました。




いとこも自分の子供が男二人兄弟だったこともあり、


うちの息子二人兄弟を気に入ってくれた様子でした。





そして、花火で遊ぶべく、庭に出てみると・・・





なんと、空には満天の星・・・!!


気分は大富豪なう
写真はイメージです。


私が生まれて初めて天の川を見たのが、ここ伊場野でしたが、


あの31年前と変わらない、美しい星空が、そこにはありました。




織姫星、彦星、白鳥座デネブが織りなす、夏の大三角・・・。


その真ん中を流れる天の川・・・。


近辺には、や座、いるか座あります。





「星が天井から吊るさっている」


という表現をよく耳にしますが、ここでの星空は、まさにそれ。


闇夜の深さ、空の黒さが、星の向こう側に空間があるのを


実感させてくれます。・・・本当に美しい。




大変失礼な話しながら、いとこ夫婦とうちの家族が花火に


夢中になっている間、私は夢中で星空を眺めていました。




その間に、流れ星は2つ、人工衛星も3つ見つけました。




夜空を見上げながら、31年前にいとこの息子たちと見た


夜空と変わらないことに感動し、涙が出そうになりました。


そして、自分の星好きの原点はここにあることを再確認しました。




まわりをよく見ると、雲の塊が・・・。


どうやら、この真上だけ晴れているようです。


きっと、ひ孫を見せに来た私へのご褒美に、おばあちゃんが


星空を見せてくれているようでした。奇跡ですね。






そして、旅疲れと深酒が効いて、家の中に戻った私を布団が


迎え入れてくれました。(笑)


その日は記憶がないくらい、速攻夢の世界へ・・・。





翌朝、朝食をいただき、旦那さんが、


「実家から借りてきたから」


といって、サッカーボールを貸してくれました。


気分は大富豪なう

(旦那さんの実家はお隣さんです)






そして、これを欠かすわけにはいかない、おばあちゃんのお墓参り


いとこにエスコートしてもらいながら、おばあちゃんのお墓へ。


こんな急だったっけな? と思うくらい急傾斜地に作られた墓地。


ここに私の先祖代々のお墓があります。


気分は大富豪なう

小高い丘に作られた、急傾斜地です。


今回来られなかった弟の分まで拝んできました。




8年前におばあちゃんのお葬式の日は、とても寒く、吹雪でした。


それでも寺の風習に倣い、親戚関係者80人が境内を3周


したのを覚えています。






そして、家に戻ったわれわれ家族は、8/9はお盆前の平日で、


渋滞が予想されたので、昼前に出発しました。





この伊場野から東北道古川ICに乗り、家路についたのです。


これで、この二泊三日宮城の旅は終わりました。





まだ、最後の震災の話が残っていますので、


それはこの旅の総括とともに、次回したためることにします。






(つづく)