19世紀初頭、イギリスのドルトンが実験の結果、
水素と酸素が重量比で1:7で化合するとし、
1805年にはゲイ・リュサックやフンボルトなどがそれぞれ、
体積比で2:1で化合することを見出した。
そこにさらに1811年、
アボガドロが分子説を唱えたことで、
その分子説の枠組みの中で水の分子がH2Oと定められることになった。
このころ、つまり19世紀の初頭に西欧の学者たちによる
水の理解のしかたが変わったと科学史家らによって指摘されており、
同世紀を通して一般の人々の理解のしかたも変化していったと考えてよい
分子説の成立とともにあったという点などで、
水は近代化学の発展のきっかけをつくったものである。
またこの時期はおおむね、philosophia(哲学)を母胎として
scientia(科学)が生まれつつあった時期と一致している。
こうした新しい独特の哲学を行う人の数が徐々に増え、
彼らが自分たちのことを他の哲学者から区別するためにscientistという用語が
ヒューウェルによって造語され それの使用が提唱されたのは1833年のことであった。
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