昨日は時間がなくてホテルの目の前にある鐘楼に行くことができなかった。

ホテルのレストランでバイキングの食事を終えると、チェックアウトのために部屋を片付け、荷物を整理する必要があった。3日後にはまたここに戻ってくるので当座不要な衣類などをバックに入れてフロントの向かいにあるクロークに預けることとした。

ガイドの唐さんたちに連れられ、本日始めに向かうこととなったのは中国史が興るずっと以前の歴史から近代までを彩る陝西省歴史博物館である。

この博物館にも前に訪れたことがあるが、とにかく文物の多さには圧倒される。なんとしても西安自体が日本人にも知られている秦、漢、唐など13王朝の都だったことから、中世までの中国史であればここを見れば全て分かると言ってもよい。

1階のエントランスから4つの展覧室を廻る。最初は先史時代から入る。金、銀、青銅、玉衣、鼎、刀銭、兵馬俑、陶磁器、青磁器、眩いばかりの宝物がところ狭しと並んでいる。

流れ作業のように人の流れに任せながら、文物を鑑賞していったが、中国の公立博物館は現在原則無料となっている。この博物館は人気があるので、個人客の入口は朝から行列となっていた。我々は旅行社のガイドが付いているということで、ショップのある団体客入口からの入場となった。

4日後に兵馬俑の発掘現場である秦始皇兵馬俑博物館を訪問する予定だったが・・・

このような駱駝の唐三彩を見るとこれからシルクロードの旅が始まることをじわじわと実感してくる。ありがたいことに中国の博物館は写真・ビデオ撮り放題である。全ての文物をカメラに収める勢いで撮っていったがいかんせん時間が足りない。

与えられた時間は1時間15分しかなかった。何しろ今日はこれから飛行機で敦煌へ移動である。市街地から空港まで約50km、1時間前には空港に到着する必要がある。日本であれば20分前に到着しても十分に間に合う時間だが、中国はまだ人力の部分が多いため受付時間には厳しい。

唐さんたちと別れ、国内線ターミナルの搭乗口に着くと、なんと敦煌行きの飛行機CZ6896便は敦煌側の気候の原因で遅延となっていた。どうも敦煌で砂嵐が起こっているらしい。いつ出発できるか分からないまま親子で待っていると昼食の弁当やリンゴが配られ始めた。

ガイドに連絡すべく、公衆電話を探すと、液晶画面やらネット通信やらいろいろな機能が付いており、肝心の電話をどう掛けたらよいか分からない。

なんとか電話を終えて搭乗口に戻ると搭乗口がオープンしていた。Nonと一緒に飛行機に乗り込むと前方の座席が指定席だった。結局1時間余りの遅延である。南方航空としてはマシな方だろう。

出発して空港を見下ろし、しばらく渭水沿岸の田畑の風景を見ながら飛んでいったが、そのうち下界が雲に隠れてしまった。

食事の後、1時間ほどしてで窓の外を見ると、さっきとは全く異なる世界が下に広がっていた。

自分にとっては夢のような空間の中で、飛行機は徐々にその高度を落とし、砂漠の中のオアシスとして緑鮮やかな敦煌に向かっていった。

都市部までまだ暫くありそうな黄土色の敷地、三奇山と鳴砂山の両方を見渡せる敦煌空港に飛行機は到着した。小さいが小奇麗な空港である。


差し当たり機内預けの荷物は何も無い。ターミナルの出口には敦煌中国旅行社の女性ガイド、方さんが待っていた。専用車に乗り込むと、郊外にある空港から幅の広い道路を通って市街地に向かった。

29年前に訪れた街は大きく変貌していたが、なんとなく懐かしさを感じる。新しく開業した鉄道駅の前を通過し、しばらく走ると敦煌賓館に着いた。ここは29年前の深夜にバスで降ろされ、宿泊を請うも満室で泊まれなかったホテルである。建物の雰囲気はあの頃と変わっていなかった。

今回もこのホテルをリクエストしたが、会議開催中らしく、ここから比較的近い4つ星ホテルである敦煌太陽大酒店に泊まることになっていた。

ホテルの部屋は最上階の10階にある眺望の良いツインルームである。何と隣には部屋番号の付いていないVIPルームがあった。眼下には敦煌の街並みが拡がり、遠景に全体が砂丘からなる鳴沙山が見える。やはり29年前に宿泊した招待所から見た景色に近いものがある。

部屋には無料のインターネット接続があり、日本から持ってきたwifi変換機でスマートフォンにつないだところ、Skypeにより無料のテレビ電話が可能になったのでNONが家にいた長男と通話をした。

休みもそこそこにロビーの一角で日程の打ち合わせをするが、飛行機の遅延により本来の鳴沙山ツアーは延期となり、夕食を取ったのちにオプションで敦煌のシルクロード歌劇を観ることとした。

夕食は何の変哲も無い市井の中華レストランだったが個室に通され、4種類の料理が出た。赤いろうそくも持ってきたので何かのおまじないかと思ったら、蚊取り用のろうそくだという。

食事が終わり外へ出ても空はまだ明るい。一旦ホテルに戻ってから敦煌市の劇場である敦煌大劇院に行くこととした。

敦煌大劇院は沙州北路にある太陽大酒店から街の中心にあるロータリーを抜けて陽関中路沿いにあった。歩いて10分程度の至近距離だ。このあたりは携帯電話ショップや証券会社などが並ぶ目抜き通りになっている。

ガイドの方さん曰く、敦煌の街はとても小さく、自転車でも40分もあれば一回りできる程度であるという。

劇院に来ると方さんはチケットを買うでもなく、待ち合わせていた婦人からチケットを受け取り我々に渡した。料金は200元なので決して安くはない。でも敦煌に来て恐らく今後見ることもないし、演目は敦煌の壁画のシンボルである半弾琵琶のモチーフだということなので見ることにした。席は9列目で左側に寄っている。開演時間は8時30分である。

歌劇のテーマは「大型舞台劇 敦煌神女」である。西安で観た舞台劇に似ていないこともない。多くの場面転換があり、大勢のキャストがこれでもかというくらいに演技で圧倒する。200元の価値は十分にある。舞台では飛天が舞い、ホータンの国王が多くの舞姫に囲まれ、妖精の姉妹が魔鬼と闘うというシルクロードのロマン溢れる内容に仕上がっている。


 朝靄のかかる中国瀋陽北駅前。シェンヤン・タイムズプラザホテルの16階で早朝に起床。Non
(息子:16歳)を起こして父はホテルの窓から眼下に広がる工事中の瀋陽駅を見ながら、空港に向かうタクシーが捕まえられるか考えていた。

チェックアウトを済ませ、フロント嬢の助けを借りてタクシーを拾うと来年の国体開催に向けてやはり工事中の瀋陽桃仙空港に走っていった。

8時15分 2人が乗り込んだCZ6469便は瀋陽空港を飛び立つと、途中で乗客を交代させるために太原空港に降り立った。
Nonは飛行機を降りる際に眼鏡を探したが見つからなかったので客室乗務員に託して待合室で過ごすことになった。
再び飛行機に乗り込むと果たして眼鏡はもともとの前方座席ポケットに入っていたとのことだった。

11時50分 西安咸陽空港に到着。降下する時に漢代の皇帝陵墓が見える。降り立った西安空港は今年の5月にオープンしたばかりで成田空港のような巨大空港になっていた。
西安は12年ぶりだった。大連に駐在していた時期に日本から来る代表団に付いて何度も訪れた街だった。それほど昔のことでもなかったが西安の街は大きな変貌を遂げていた。

空港出口には西安海外旅行社の唐さんが待っていた。西安のガイドが唐さんというのは偶然にしては気が利いている。専用車は黒塗りのアウディ、二人旅ツアーのテンションは高まる。
あっという間に高速道路に入り、暫く行くと巨大な中国式楼閣を屋根に戴いた料


    
金所を通過した。アウディはそのまま北方向から西安の城壁内に入り、南門を出て暫く走ると、昼食場所の西安賓館に着いた。








老舗のホテルで以前から日本人団体客の定番宿泊所に当てられ、内装もそこそこ並みのホテルだが、レストランではトイレ付きの個室を与えられ、2人に対して写真のような典型的な北方中華料理が出された。これで十分である。

食事の後、観光地を廻ることに。まずは南門(永寧門)から明代に造られた城壁を登り、レンタサイクルで東門(長楽門)まで行くこととなった。

西安は旧市街を城壁に囲まれ、明代だけでなく元代に造られた部分もあるという。城壁の上の道は石畳でサイクルで走るにはガタガタするが、城壁から市内を傍観できるツアーはアクティブで達成感が高い。













「ワイルドだぜ~」などと言いながら、途中の魁星楼や建国門で写真を撮り、東門の先の中山門で折り返し、再び通ってきた城壁上の路を戻っていった。

専用車は城門からさらに北へ進み、西安市街地のシンボルともいえる鐘鼓楼に向かった。西安での滞在ホテルはこのすぐ付近にある陝西文苑大酒店である。








鼓楼から見た鐘楼、左側がホテルの入った建物





親子は太鼓の演奏ショーが見られる鼓楼に登り、中に陳列されている珍しい太鼓などを見学していると、ショーが始まった。ショーでは特に観客席のようなものはなく、パイプ椅子が10席ほど並べられていたので、殆どが立見である。

古代の衣装に身を纏った青年男女が見事な手捌きで撥を操り太鼓のメロディーを奏でていった。

時間が押してきたので鐘楼は後回しにし、大雁塔のある大慈恩寺に向けて南下する。大雁塔は度々訪れていたが、周辺はかなり整備され大雁塔曲江風景名勝区なる公園地区に変貌していた。

寺の中は以前とそれほど変わっていない。いくつかの殿堂を経巡っていたら、唐さんがあるものを紹介した。

現在、大雁塔の前の経堂を改修中であり、それに使用される瓦の寄進を受けているとのことで、さっそく申し出て200元を布施すると、瓦に朱文字で住所と氏名、そして一家で寄進する意味の「合家」と書いていただいた。

自分が寄進して名前の書かれた瓦が世界遺産の仏教建築の一部として後世まで残ることは心が満たされることだたと思ったが、日本人では珍しいですと唐さんは語った。
いよいよ大雁塔に登る。





大雁塔は高さ64mで七層からなる歴史的高層建築である。唐代(西暦652年)に造られ長安のシンボルとして知られているが、その後改修を重ねており、創建時の姿とは大分異なっている。

拝観料に加え特別料金30元を払うことで最上部まで登ることができる。木造の階段は急峻だが、各階層に塔の模型や代々本物と伝えられ、仏塔を模した容器に収められた仏舎利などを見ることができる。

最上部からは市街の四方を見渡すことができ、天井には「唐僧取経還須遊 西天拝仏前人賛」と書かれた蓮花のオブジェが印されていた。





大雁塔を後にした我々は、同じ曲江地区に最近作られたテーマパーク「大唐芙蓉園」に向かった。ここでの楽しみは唐代をモチーフにして多くの場面転換が行われる舞台劇「夢回大唐(大唐の夢再び)」。西安では多くの劇場が内外の観光客を相手に唐代をテーマとした劇を毎日上演している。

ガイドの唐さんの話では、政府の機関が貸切をしているので我々が見れるのは午後7時からの回だという。この後に食事にするとホテルに帰るのはかなり遅くなりそうだなと思った。そうでなくとも午後の観光で多くの時間が費やされていた。


大雁塔から芙蓉園までは車で5分程度の近距離にある。いかにも唐朝の皇帝が遊んだ庭園風の建物が並ぶ。西大門に到着するとチケットを買いに行くと待たされた。門前に白い鳩がたくさんいたので餌を買ってNonから与えさせていると、唐さんが戻り、劇場に近い入口から入るのでまた車に乗るようにと言う。









車は何故か遠回りのルートをとり九天門(南門)から入り、駐車場を探して再び西大門に行くが駐車スペースがないのでまた南門に戻った。

ここで降りて唐市のあたりまで行くと唐さんはまたチケットを買いに行くと我々を置いていった。かなり待たされて南門から劇場に入ると時間はいつの間にか7時になっていた。

劇の内容は70分六幕にわたる大叙事
詩で、“夢幻霓裳”“夢邀秦王” “夢浴华清”“夢萦西域” “夢游曲江” “夢回大唐”など、楊貴妃や玄宗皇帝、三蔵法師など日本でもおなじみのキャラクターが登場していた。





途中で衣装を換えているにしても全編延べ人数で数百人は超えていそうな、半端ない舞台劇である。これを毎日1~2回上演しているというのは日本ではちょっと考えられない。

いや、これ以外にも芙蓉園全体で30近い演目や演奏、雑技などさまざまなアトラクションが演じられているという。

劇が終わると、外で待っていた唐さんに合流して残り時間を園内で過ごすことにした。芙蓉園は9時まで開園している。

しかし、劇場の裏側の入口からで腕に巻くストラップがないとか言われて入れてもらえない。唐さんは怒りながら交渉していたが埒があかない。やむを得ず唐市まで戻ってから園内に入っていった。

時間がかなり押していた。彼女の話では西安はレストランの閉店が早く、9時を過ぎると夕食を取れる場所がなくなるとのことだった。

芙蓉園は殆ど見ていなかったが、紫雲楼の下まで行った。馬鹿でかい建物だが中には店屋しかないというので中に入らず戻ることとした。









結局、時間切れで67万平米もある大唐芙蓉園の1/6も見れなかった。しっかり見ようと思えば1日でも足りないが、ガイドの要領があまりにも慣れていない。

聞くと、中国人は多いが日本人観光客は殆ど来ないので唐さん自身も3回しか訪れていないと言う。かなり投資されたテーマパークで唐代の雰囲気も充分なので多くの日本人が訪れてもいいと思う。

ホテルにチェックインし、荷物を部屋に置く。時間はすでに9時を過ぎている。鼓楼の北側そばに有名な回坊風情街があり、唐さんお勧めの店、賈三灌湯包子という百年以上生業を営む老舗に案内してもらった。

上海の小龍包にも似た蒸篭で蒸された熱々の湯包子をいただき、涼皮、八宝粥など辛く痺れる回族料理を堪能した。あまりに辛いのでスプライトを注文した。


かくも痺れて辛い料理を再び食べるのはいつになろうか。店を後にすると、街路にはたくさんの人で溢れ、果物や点心、小物グッズや骨董品などを売る店が軒を連ねている。さながらシルクロードのバザールだ。

Nonがサングラスを欲しいと言うので鼓楼の真下にあるお土産小物屋で物色してから本日宿泊の西安文苑大酒店に戻った。

このホテルは西安のど真ん中にあり鼓楼や鐘楼に合わせた古代チックな建物となっているが、比較的リーズナブルだ。フロントではwifiも無料でつながる。施設はそれほど華美ではないが、部屋の内部はそれなりの広さでまあまあ満足できる。
(つづく)