ベートーヴェン唯一のオペラ作品、フィデリオに4つの序曲があるが、通常演奏される最終稿にオペラの終盤にレオノーレ序曲第3番を挿入したのはグスタフ・マーラーということだそうだが、一年ほど前に聴いた2つの公演は挿入箇所が独特だった。
チョン・ミュンフン指揮の東フィルは開幕前のフィデリオ序曲に差し替えてレオノーレ序曲第3番を演奏。プログラムには指揮者の意向が語られてたが、レオノーレ序曲第3番が素晴らしいという以外の理由は読み取れなかった。第二幕フィナーレ前の挿入は『意味がわからない』と語っていたのだが、開幕前の差し替えに対しての必然性は何回読んでも理解できなかった。個人的には長さもそうだが調性的にもちょっと違和感あるような感じなのですが、どうなんでしょうか?
一方のパーヴォ・ヤルヴィ指揮のN響はフィデリオ序曲はそのままに、第二幕の前に挿入していた。第一幕後の休憩時間にプログラムにその事について記載されているのを読み、知ってビックリ‼️
読んでなかったら再生機械に違うCD入れ間違えたと思うくらい驚いただろう。しかしここで気分が新たになり劇進行の緊張感は途切れる。レオノーレ序曲後に再度休憩があれば良かったかもしれないが、実際にはそうゆう訳にはいかないだろう。拍手がありそのまま二幕目に続く。
そもそもなぜそこまでしてレオノーレ序曲第3番を挿入したいのか?と疑問に思ったりもする。
確かにすばらしい楽曲だが劇開幕前の序曲としては少し長いし、開幕前にすでにそこで語り尽くされてしまいお腹いっぱいになってしまう。
今回はどちらも演奏会形式なので、舞台上演よりは多少居心地の悪さが軽減される部分も無くはないのだが。
それならば伝統に従い素直にフィナーレ前に演奏した方が同じハ長調で繋ぎもいいような感じがする。
もともとフィナーレは劇の動きが少なくコラールかオラトリオ風に改変されたうえ、その前に序曲も付け加えれば三十分近く劇進行が大人しく停滞する。
演奏会形式ならその部分はCD鑑賞のように気にはなりにくい。チョン氏が本作品を演奏会形式に向いていると言及したのもうなずける。

つい最近国内の某歌手団体が都内某所で舞台上演されたみたいだが、聞くところによると東フィルと同じく序曲を差し替えての上演だったと聞いている。実際に観てないので成果はわからないが、演出上の処理が気になるところです。

改定前は序曲の後にセリフが入った後、マルツェリーネのアリアがハ短調ーハ長調と続くのでハ長調のレオノーレ序曲でも問題なさそうである。
最終稿改訂時に作曲者はホ長調の曲に書き改め、その後開幕後はイ長調の二重唱に繋がります。

差し替えるとハ長調の序曲の後、すぐ開幕後のイ長調の二重唱ですがどうなのでしょう?

そもそもそんなにまでしてレオノーレ序曲第3番を入れないとダメ?って思うのは自分だけでしょうか?
誰の欲求なのでしょうか?指揮者?演出家?オケ?制作側?
挿入するしないもそうですが、挿入場所がだんだん凝りすぎてきて少し違和感が強く感じ始めています。

私は素人なのでこれ以上深くは分かりませんが・・
私の理解不足も沢山あり
専門家のご意見を賜りたいくらいに疑問です。
モヤモヤ・・

専門の人、勝手言ってゴメンなさい。
素人の寝言です。