@yamadataro43さんの指摘はもっともで、無思慮に法案賛成される国会議員達に失望します。
 政府不都合な言論に対する言論統制の正当化になりかねない、出版・書籍(報道もかも)の規制までできるようになっている。
 以下に転載した@yamadataro43さん、の指摘は重要ではないだろうか。



 本日、与党提出のヘイトスピーチ規制法案(正式名称:本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律案)について、参議院本会議で反対票を投じました。 以下、連投で理由を説明します。

 本件の法律やヘイトスピーチについては、個人法益と社会法益の部分に分けて考える必要があります。個人法益であるヘイトクレイムについては、現行法でも侮辱剤や傷害罪、名誉毀損、器物損壊等にあたり、当然、許されるものでは無いと思っています。

 また、ヘイトクレイム以外のヘイトスピーチも全て許される訳ではなく、一部は規制されるべきものもあると考えています。(例えば「○○人死ね」などと連呼する威圧的なデモ等)

 ただし、社会法益は社会秩序の維持を目的としていてい、それを法律で規制することは、あくまでも最終手段であるべきです。表現の自由の観点からも、文化や風習、社会的制裁などでまずは対応するべきだと考えています。

 なぜならば、社会法益を法律で規制することは、他の人の権利を奪うことにもなりますし、そもそもそれが、良いこと・悪いことなのか、全てを国家が決めるのかという議論が残ります。

 また、今回の法律では、「ヘイトスピーチ」についての定義が漠然としてあいまいです。この法律では、私には何がヘイトスピーチであるかが分かりません。この法案が通ることで、様々な表現活動が萎縮する可能性があります。

 特に法案2条のヘイトスピーチの定義において、差別的言動の“言動”の範囲には出版までも含まれます。(法制局に確認済)デモとは異なり書籍までも規制を求めていることは過剰と言わざるを得ません。

 ヘイトスピーチの具体的規制方法について、表現の自由について重視をしている英米法において、具体的に法律で規制するのか、表現の自由を守りつつ社会的な制裁などで対応するかなど、方法は別れています。

 一方、歴史的に人種差別に敏感な大陸法は、ヘイトスピーチについて、人種差別とは何か議論を積み重ね厳しい法律を作っています。他国に比較しても日本での議論は未だ足りないと言わざるをえません。

 人種差別はあってはなりません。しかし、まずは、「何を“人種差別”と定義するのか」について、議論する必要があります。何が人種差別であるかということの定義が出来れば、今回のヘイトスピーチについての議論も進むのではないでしょうか。

 与野党問わずほとんどの国会議員が、与党案に賛成票を投じました。表現の自由への影響を十分に検討せずに、安易に法律で社会秩序を作ろう、維持しようという考え方には大きな疑問を抱かざるを得ません。私、個人としても、表現の自由を守る党としてもこの問題には引き続き取り組んで行きます。
書き手のコメント

もし良ければ、最初のページから読んでみてください。


 ゆりも、BLも、私詳しくなくて書けないんですけどうしよう。・・・
 誰か書いてくれないのかな。


 このシナリオ原案は、二次創作のたたき台として、無断でご自由に転載・転用して頂いても構いません。ぜひ使ってみてやてください。

 倶楽部の活動が活発になると、倶楽部でのマンガの買物や部室でのマンガ歓談などだけでなく、自分達でマンガを他のマンガを真似て書いてみたりもするようになっていった。Mもなかなか絵がうまかったけど、Kも絵を描くのは嫌いでなかっただけに絵を描いてもうまかった。


 J先輩は、何でもよく出来るだけに絵も巧く描けるひとだった。Lも絵が下手なわけでなかったので、みんなでイラストを描いて生徒会などに提供するようにもなっていた。建前ではイラストの倶楽部なので、他の教員の手前でそんな活動もしたりしたのだった。


 そうして、倶楽部の活動を楽しむようになったK達は、部員以外にも生徒会にいるJ先輩の友達も部室に顔を出すようになってきた。その友達はこの部室を用意するのにも力になってくれたK達からは先輩でIといった。そのI先輩は、J先輩のことが好きな様子で、J先輩の頼みには力になってくれていたようだった。


 そんなI先輩のJ先輩に対する様子を見て、Mがよく見ていたマンガと重ねあわせてIとJの絡みを妄想してマンガに描いていたりもするのだった。

 そうして、Kの生活は倶楽部を中心に色々なことがありながらも楽しく過ごしせていかたのだった。そうして先輩たちも卒業してからは家族との間でも進学とかもあり色々起きるのだった。

 そしてマンガ倶楽部の仲間たちと、無理やり顧問に就けた女性教師も巻込んで、Kと継父との関係を是正して、Kが自立して高校進学できるよう支えて行く。

 高校では、継父との依存関係に距離取れるようになり、マンガを描く中で、男子にも目がいくようになるも、ゆるい「BL的」話なども・・・

 一通り思い返して改めて想いを強くしたのは、マンガに出会うことで助けられ視野を広げられたKが、大人達が見たくない見せたくない表現が含まれるマンガでもそれに出会う必要がある児童もいること、一律に規制すればそう言う児童は知ることを奪われ内に抱え込み望まれない結果に陥ることもあること、児童の想いを否定(正す)でなく理解る努力してくれれる周りの人達がたいせつなこと、そのようなことを伝えたいとマンガ表現したいと想いを強くするのだった。


 そして、Kのストーリーは『「表現の自由」の守り方』の冒頭に繋がっていく・・・「表現の自由」の守り方