その中に昭和37年頃には港区の飯倉片町に小さなイタリアン・レストランが開業した人がいます。
このレストランはChiantiというイタリーのワイン産地として有名な地域の名称から名付けられたものですが、店の一階にはベビードールという可愛らしいブティックがありました。
オーナー夫婦はご主人も奥様も戦後の早い時期からフランスとイタリーに長く逗留してフランスとイタリー文化を勉強したそうです。
ご主人は明治の元勲であった後藤象二郎の孫にあたる方で戦後まもなくパリに留学してフランス文化の勉強をし、奥様は日本の自罰のお嬢様でしたがイタリーで彫刻の勉強をしてきたそうです。
夫婦とも当時の日本人な中では稀有な存在でしたがフランスやイタリーのファッションを日本に紹介したり、文楽などの日本の伝統文化を海外に紹介する仕事をしていました。
日本では銘菓の家に育って若い時からフランスやイタリアで勉強した二人ですから料理の面でも洗練された物を持っていました。
昭和37年は東京オリンピックが開催される2年前になりますが、この二人がオープンさせたChiantiはオーナー夫婦の人柄と文化センスに魅せられた当時の日本の文化人の集まり場所として知られるようになりました。
当時の数多くの著名な文化人やアーティスト、タレントなどが憧れたものです。
このレストランにはフランスの著名なファッションデザイナーやイタリーの建築家や数多くの外国人アーティストも日本へ来れば集まって来るという特別な存在であったのです。
日本にイタリア料理が根付いた事もこのキャンティーというイタリアンレストランとオーナー夫婦が与えた影響は大きかったと考えられます。