なぜ日本はキリスト教が広まらなかったのか、という命題については、ネット上でも様々な言論がありますし、過去にも書いたので
言及はしません。ただ、それが吉なのか凶なのかは興味あるところです。キリスト教の歴史上の汚点を知る人は、秀吉や家康がキリスト教蔓延を阻止してくれた事に感謝するでしょうし、敬虔なクリスチャンは嘆き悲しみ、しかしこれも神様のご計画なのであろう、と自らを納得させる術を取るのでしょう。私は勿論前者です。キリスト教徒が極端に少ないのは大歓迎ながらも、しかし日本が極度の宗教音痴に陥っている状況にも嘆かざるを得ません。キリスト教文化があちこちに蔓延しているのに、キリスト教が何なのかをまったく知らない、日本神道の起源にも興味がない、周りが皆檀家なのだから自分だけ抜けるなんてとでもないから寺費を毎年納め、葬式には多額な金をむしり取られてもまあ仕方がない(田舎の話です)と思うしかない。こんな宗教音痴の体たらくにくさびを打ち込むにはキリスト教がもう少し勢いを増すのも少しは歓迎かな、とも感じるのです。なにしろ完全に排他的で神学は完璧(を装っている)で すから。