真の継体天皇陵と言われている今城塚古墳。
太田茶臼山古墳から歩いて東へ20分ほどの所にありますが、市は変わって、こちらは高槻市になります。
高槻市の力の入れようが素晴らしかった
まずは、入口。確かに、古墳と言うより公園の雰囲気でした。
公園化した全域の案内板。
古墳右下からの眺め。
墳丘は公園化していませんが、立ち入れます。
造出の形ははっきり分かるようになっています
造出って、造形としても面白く好きなんです。
戦闘機のカナード翼を連想します
円墳先端辺り。石室の近く?
ここで改めて、あの継体天皇の陵墓に立ち入ることができるなんて!と思いました。
正しく治定されていたら絶対に入れないですからね。
間違いの怪我の功名と言うべきか。感謝さえしてしまいます。
いつか治定の修正がなされ、宮内庁管理になる日がくるかも知れません。
円墳左上から。やはり大きい!全景は収まりませんでした。
埴輪群の再現も素晴らしいです。
この後お隣の今城塚歴史博物館に行きました。
これがまた素晴らしかった
今城塚の築造技術、出土品解説、歴史、位置付け、他の古墳との比較等々良かったです。
石棺の再現は見事でした。熊本産のピンク石と言うんですね
熊本と言えば熊襲。そこまでの影響力、そこからこの巨大なものを海陸運ぶ動員力、目の当たりにするとその力の大きさに驚きます。
そして、学芸員さんに解説して頂いた最後に、なんと近くに藤原鎌足のお墓まであると!
継体天皇が即位後も長く留まり、そのお墓に、まだ不明の巨大古墳に藤原氏の始祖まで。
まだまだ埋められるべき大きな空白の歴史がこの辺りにあるようです。
《古墳データ》
墳丘長 190m
築造 6世紀
被葬者 継体天皇が有力