うん。
だいたいは「山Pすごいなぁ」って感想だった。
プロなんだなぁって、また思った。
でも1ヶ所、ちょっと嫌だなぁって思ったところがあった。
「ここはみんな学生は共感してくれると思うんですけど、学校めんどくせー。まじめんどくせー。」
って言ってた。
それが本心なら、学校辞めればいいのに、と思う。
口ではそう言っていても、
めんどくさいことをも超える何かがあるから通ってるんだよね、きっと。
山Pがプロ意識を持って仕事をしているのと同様に、
それなりの意識を持って学業に向かい合って来たし、
今だってそうありたいと思ってる。(私は今、学業に対して少しスランプだけど)
何かを発信すれば解釈のされようなんて千差万別だし、
表面的なところだけしか見れなかったり断片的なものでしか判断できないからなんとも、ね。
よく思い出してみれば、私だってすぐ「めんどくせー」って言ってた。
そんな感じなのかな。
ちょっと嫌悪感を抱いてしまったけど、実際自分も言ってたし、そんな程度なのかも。
そんな、本心を知ることなんてできないから、推測するしかない、分からない。
それはそうと、とても優遇されているもしくは特別扱いされているであろう(だよね?)山Pだけど、
他の明治大学商学部の学生はどう感じるんだろう。
だって、情熱大陸の言葉を借りるなら「卒業証書に順位はない」のだから、4年かかろうが5年かかろうが卒業は卒業。
番組を見ていてもいなくても分かるように、山Pは濃密なスケジュールの仕事をしながらの学校。
一方おそらく大半の学生は、やっていてもいくらかのバイトをしながらの学校。
ベースの条件が違うから比べるのにもムリがあるけど、やっぱり比べたくなるじゃん。
普通にスーッと卒業されたら「他の明治の学生たちって何やってんの?」って思っちゃうよね、外野としては。
もしその卒業になにかしらの圧力がかかっていたとしたら・・・嫌だな。
明治って、「早慶上智 MARCH、・・・」
って言われるくらい有名な学校。
予備校の宣伝なんかにも「明治大学○○名合格!」とか出てるのを見たことがある人も多いと思う。
でも、大学卒業が学歴やネームバリューのために必要なんじゃない。
大学に行くことで得られるものがあるから、大学に行かなければ得ることの出来ないものがあるから行くんだ。
卒業はその証。
そう思えばこの色んなもやもやは、案外どうでもいいことなのかも。
「○○大学」ってゆう名前だけに意識が行き過ぎなのは、実は私たちの方なのかもしれない。
加熱されすぎた受験戦争に煽られて、見えなくなっているのかもしれない。
偏差値じゃない。
偏差値が高いところに行きたいと望む人は、何かに取り付かれてしまっているのかもしれないね。
でも、そう望むのも悪くないと私は思うんだ。
だって、何の分野にしろ「1番になりたい」とか「もっと上へ行きたい」と望むのは自然なことでしょ?
こんなにキラキラしててマジメで一生懸命で、加えて気さくっぽくて普通の感覚を持った人を見ていると、自分がとても小さくて弱くて根性なしでダメな人間だって深く思わされるよ。
ドンマイ、自分。