2014年6月 初夏の韓国ひとり旅 ぶらり大邱編
慶尚北道にある鹿洞書院(ノットンソウォン)
朝鮮出兵の際 日本の武将として異国の地に立った沙也可(さやか)は
その後朝鮮に帰化します
この地を終の棲家とし 今も子孫が守り続けている場所 それがこの書院です
初めて沙也可こと金忠善(キム・チュンソン)の存在を知った時
そんなことがあるかいな!と思いました
8年前 初めてココを訪れたときも その気持ちは残ったまま
壬辰倭乱(文禄・慶長の役)では戦術や武器の質などの差から
日本軍が圧倒的に有利だったそうです
しかし異国の地に長く留まれば食料や必要物資が不足する場合も
このため沙也可に限らず朝鮮側に投降した部隊があったのだとか
投降すれば危ないと思っていたけど この壬辰倭乱では朝鮮側が圧倒的に不利だったため
投降した日本兵と武器を自国のために利用したんだとか
沙也可は功績をたくさん残したから生き残ることが出来たけど
他の投降者たちはその後どうしたんだろう
沙也可が朝鮮軍となり日本と戦うと決めた時
彼の部下達は一体どんな心境だったのだろう
歴史探訪ではそんな名もない人達に思いを寄せてしまいます
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さてさて 帰りのバスの時間を館内スタッフに尋ねると 時刻表で調べてくれました
1分後にバスが来ますよ!
次のバスでも…
次のバスは40分後だから これに乗ったほうが…
という訳で書院前のバス亭に走るとちょうどバスがきました
時間に正確でびっくり w
これにて鹿洞書院訪問 終了ーー
火縄銃を伝承した沙也可@鹿洞書院
沙也可こと金忠善の生涯@鹿洞書院
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