アタシね、今月いっぱいで移籍するの。
ここは良いお店よ、割と優遇されていると思うし、出勤予定出せば埋まるし。姫予約やってないけど埋まる。
ほとんど本指で、たまにネット指で新規。新規でも店の客層が良いから気持ちは楽。
マメに指名してくれるのに、店外誘わない、あれこれ聞いて来ない。恵まれてるよね。
アタシなりの自衛もしてるけど。「いつも早起きして予約入れてくれて嬉しい」姫予約なしアピール。これやってると連絡先聞いて来ないの。即完売だとさ、「姫予約出来ないかな?」そんな口実で連絡先聞かれるから。
どこか一線引いてる様子見せるとね、踏み込もうとして来ないのよね。ギラギラしたラブラブ光線出してるのに、「いつもありがとう」って紳士でいてくれる。
うーん…全員がそうじゃないけど。ちょっとでも踏み込まれたら、一度だけNGするの。「次は適当に断って下さい」「そのまた次は受けて下さい」お店もこんなワガママよく聞いてくれるよね?
一度パスして受けた時、何事もなかったらその次もOK。懲りずに? 知ってか知らずに?何か要求して来たら、その場でコールして放り出してる(笑)んで、それっきりNG。
「連絡先交換禁止」そう謳っていて姫予約黙認と言うか奨励。でも枠を全部埋めてるからね。だから放り出してもお咎めなし。
アタシが○○でいるのは店内だけ。お店の外は一般女性だから。専業じゃないから店内だけにして欲しい。変態でも絶倫でも構わない。でも応えるのは店内だけ。
時間内はその人の求める女になるだけ。その人の時間が終わったらまた別の女。「靡く」「惹かれる」とかないから。
一人ね、ちょっと困るお客さんがいるの。優しいの。メチャクチャな人はパスだから、みんな優しいけど。
その人、何も求めないけど優しい。優しいと言うか、普通過ぎる、自然過ぎる。ラブラブ光線出してないのに、彼女を抱くようにアタシを抱く。
最初は演技とか演出よ?ちょっとすり寄ってみると、ただ優しく抱きしめてくれる。ぎこちなく恐る恐る。抱かれた彼女が甘えて来た時みたいに。
何度も本指入れてくれるの。色んなお話して楽しいの。優しく抱いてくれるの。「今度の週末は会える?」って聞いてきて、「会えるよ」って答えたら、「ひさびさ会えた、嬉しいよ」ってみたいな。
色恋を生業にしているのにおかしいと思うよ。時間が終わるのが惜しい、予約が入るのが待ち遠しい、予約が入ると嬉しい、いざ対面すると心から求めてしまう。
姫予約してないから、どの時間になるか運次第。ラストだと嬉しい。口開けとか中盤だとツラい。だって…他のお客さんと接するのがツラくなるの。最近はラストでもツラい。「さんざん汚されたアタシを抱かせてる…」
あの人に抱かれるほど他の人に抱かれるのが苦痛になる。あの人の予約が入ってない日なら少し楽かな。
「アタシは汚れてるの、アナタが抱くような女じゃないの」言い聞かせるように、夢中で乱れてみる。
「あの人に惚れたってこと?」否定出来ない。
「アタシをちゃんと愛して欲しい」そう言ったらギュッと抱きしめてくれると思う。思う?勝手に思っているだけ。ホントに言ったら引くでしょ。
「恋人っぽい態度で時間内を楽しませてくれる」そう思っているだけ。完璧過ぎる演技と演出の結果。色気もないアタシの売り方。それを最高評価してくれているだけ。
この前に来てくれた時ね、いつになく真剣な顔だったの。脱ぐことも脱がすことなくなくて。脱がそうとしたら「今日はちょっと待って」って。「思いを伝えたいだけ、それってあり?」って聞かれたの。
「仕事で抱かれるだけのアタシに、思いだけ伝えたい」そう思ったなら…。「会社に好きな人がいる、でも既婚なんだ」そう言って涙をこぼしたの。
「行き着けのソープ嬢に恋をした。でも相手は仕事だから全てを受け入れる、同じよ?」そんな感じで「思いを伝えるだけは自由、でもちゃんと"それだけです"ってしないとね」みたいな感じで答えたの。ほかにも色々話したけどね。「分かった。思いだけ伝えて、それだけにする。ふと寄り添って来ても振り切る」そう言って涙拭いて笑ったの。「ありがとう、また来るね」だってさ。
その日、結局はアタシを抱かずに時間は終わった。脱ぎもせず脱がせもせずね。
アタシ?「生理が来ちゃった」って、その後を全部キャンセルにして早上がりして帰って泣いて寝たよ。
あの人には本気で好きな人がいた。その人を思いながらアタシを抱いていた。でもあの人に抱かれている時が心地良かった。バカでしょ?
「また来るね」どんな顔して会えば良いの?会えるわけないじゃない。
NGにしてもまた予約してくれようとしてくれるはず。延々と適当に断ってもらうの?「何かありましたか?」お店にも彼にも問われる。何とも答えられるわけないじゃない。
何も追及されずに彼と離れるには?飛ぶしかないよね?義理があるから「飛ぶ」はないけど。
「完売の振りで断り続けて、在籍から消える」移籍することになるけど、しばらくはこの仕事出来ない気分。だから移籍先も決めずに辞めることになるかな。でもこの仕事は続ける必要があるから、どこか別のお店で復帰するけど。
アナタにはスゴくお世話になったけど、アナタに会えば、この店を思い出す、あの人のことを思い出す。
アナタとも会わないようになった方が良いと思ったの。お店にはキチンとだけど、申し訳ないながら、お客さんたちには突然で。
それに、しばらくブランク置いてから復帰でしょ?次のお店も決めてないし…。新しいお店のこと、どう伝えるの?アタシは誰とも連絡先交換しないもの。特別だけど特例はないから。
アナタは特別だから今日はちゃんとアナタには抱いて欲しい。色々話したけど、アナタはちゃんと今日はアタシを抱いてね。
アナタがアタシの指名を繰り返した時、ホントは今回みたいに消えようと思ったの。でもアナタには別の特別な感覚がある気がして…。アタシが本気で何かにぶつかってしまった時、アナタなら話せることもあるはずって。
一番は、「妻子ある人には心の余裕がある、アタシがどうなってもどうしようもない」それがあるからかもね。
アタシが言うのもおかしいけど、「奥さんとお子さんには、アタシにしてくれる以上に優しくしなきゃダメ」「新しい子を見つけたら、奥さんとお子さんより優しくしたらダメ」
アタシは踏ん張ったけど、踏ん張れなくて、アナタに墜ちる子もいるかもだから。
- - - - - - - - - -
翌日から彼女の出勤は上がらなくなった。このやり取りから1年になる。
俺は彼女の連絡先を知らない。
ほかの誰も連絡先を知らないのか?俺は「一応は特別」なのはホントか?そもそもあの話自体がホントなのか?もっと言えば…「風俗嬢」と言う以外の、彼女が俺に明かしている属性がホントなのか?
何一つ、ウソだともホントだとも謎なのだ。当然ながら全てがウソかも知れない。
ただ一つだけ。「彼女が勝手に都合良く設定していた俺の属性」そうだったとしてもだ。少なくとも、俺には妻はいない、俺には子供はいない、俺には彼女さえいない。
俺は,「妻・彼女どころか、好きな人がいる時は、風俗には行かない」