JTBパブリッシングさんから出版している時刻表復刻版1988年3月号を買いました。 😃
 
価格は1980円、現在の時刻表が1205円なのでやや高めの価格です。  💸
 
当時の価格は780円でした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この年は、青函トンネルと瀬戸大橋がが開通して、北海道と四国が一つのレールで結ばれた。 🚋
 
東海道新幹線と山陽新幹線で、5駅の新駅開業となりました。
 
 
 
 
 

 

 

 

 

今の時刻表と比べて巻数が少なく薄っぺらいのが特徴です。

 

青函トンネルの海峡線は在来線だったし、竜飛海底駅、吉岡海底駅があって、降りて青函トンネルの見学もできました。

 

今では考えられないです。

 

快速海峡号というのもあって、青春18きっぷで北海道へ渡ることができました。

 

青春18きっぷ5枚あれば北海道往復できたいい時代でした。

 

夜行列車も、バンバン走っていて今では考えられないです。

 

 

 

 

 

 

 
 
 
東京から九州方面のブルートレインも普通に走っていました。
 
当時まだ周遊券が販売されていた時代で、松江大社ミニ周遊券(15200円)を使って名古屋から出雲大社まで往復しました。
 
名古屋から大阪までは、JR名神ハイウエイバスで(当時はJRバスなら周遊券で乗れた)、大阪から出雲市までは、急行だいせんの普通車自由席に乗車。
 
夜行で寝台と違って夜中も消灯しないので明るくて12系客車のボックスシートで4人フル乗車だったので全然寝れなかった。
 
出雲市に6時49分に到着。
 
次に発車する当時はまだあった大社線の列車が、9時49分と3時間待ちだったので待っていられず、一畑電鉄の電車に乗って課金をした。
 
あとはなにしたのか覚えていない。 😅
 
帰りは、急行だいせんで、寝台券を手配した。
 
当時は3段式だったので、蚕棚のような狭い寝台だった。
 
起きて寝台に入ることができなかった。
 
一番上の段だった。
 
寝たら、寝台で寝ているのを忘れて家の布団から起きる要領で起き上がったので、頭を打って痛かった。 😫
 
大阪からは、JR名神ハイウエイバスで名古屋へ帰りました。
 
関西線では、普通列車が一時間に一本しかなかった。
 
快速みえもなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
カバーをめくると、当時の表紙を忠実に再現していて、時刻表の裏は広告だったのですが、今は亡き「山一証券」の広告が、広告主が存在していないのにもかかわらず再現されていた。