「がんばって」は今回言わない。 別に東北の人が嫌いなわけでも無関心なわけでもない。 でも「がんばって」は言わないし、言えない。
そもそも、「がんばって」という言葉は、最終手段だから、それが発せられたら、後は「神頼み」なのである。
たとえば、大けがをした人が目の前にいるとき、「救急車は呼んだから、がんばって」とか、医師が「現代医学は進んでいますから、がんばってください」また、親が子供に(かつては自分も経験した)受験がんばって」さらに高校野球のスタンド席から同級生の応援で「がんばれ!」・・・。
どれも、「がんばって」と言われる側は努力して前向きに進むことは同じ。 そして声をかける側は 「自分はすでに手を尽くし、精いっぱい努力したので、あとはあなた次第」という場面。
一方、今回のような災害被災者に対して同じように「がんばって」と声をかけたら、 休む場所も食べるものも、家族も着るものもない私に、今、何をどうがんばれというのか。 ヒーター効いた車で来て暖かそうなジャンパー着ているおまえががんばれよっ」って、濡れた靴下をはいた被災者は、きっとそう思うに違いない。
これに気がつけば、それは「がんばりましょう」に変化する。 思い込みかもしれないが、「がんばって」は相手の肩に手をかける「上から目線的」しぐさで「がんばりましょう」は、お互いしっかりと手を握り合う光景が目に浮かぶ。
「がんばって」の言葉を発する人と受ける人の間には、大なり小なり「フェンス」があるように思えて仕方がない。
だから 言えないよ それだけは。