6年前の今日。
私は実家の方で勤めていて、一人で事務所にいた。
いきなり、どすんっと。
うわぁ、地震だぁーなんて友達に電話しているうちに、どんどんおかしくなっていく。
え?これ、地震なの?揺れてるとかいうレベルじゃない!これ、ビル倒れる!!
デスクの下に潜り込んで電話が留守電に切り替わっても、死んじゃう!死んじゃう!と叫び続けてた。
どのくらい続いたかは分からなかった、でも、生きてるみたい、事務所の中はぐっちゃぐちゃ。
無我夢中で隣の会社のおじさんに泣きながら飛びつく。
なだめてくれるおじさんと泣きじゃくる私をよそに余震は続く。
ビルの外に出ると、近所の人がぞろぞろ外に出てきてる。
車のラジオをつけると、津波だの震度7だの情報もどれをあてにしたらいいのかわからないくらい混乱してる。
親が迎えに来てくれるまで、誰とも電話が繋がらず、不安な時間を過ごしていたけれど、なんとかその日のうちに帰ることが出来た。
うちは内陸部なので、津波の被害はなかった。
それでも、テレビで原発や津波の映像、計画停電、物資不足、デマメールが来たり、気持ちや生活が落ち着くまでに何だかんだの時間を要したと思う。
記憶は薄れることはなく、今も鮮明に思い出す。
ただ、思い返す機会が少なくなってはきた。
今は今で必死だからだ。
亡くなった方たち、そんな私をどう思うかな。
酷いって思うかな…。
精神障害を患って長いけれど、その間、自分の命のことをかなり軽く扱ってきたし、でも、必死で病気と戦おうともしてきた。
震災で亡くなってしまった方たちのことを考えると自分が情けなくなったり。
反対に、どうして自分は死ねない?なんて口には出せないようなことも思ったり。
今、もし震災が起きてしまったら、必ず命懸けでこどもたちのことは守る。
これからもそれは変わらない。
震災の後に産まれた子たち。
揺れの怖さも波の怖さも知らない。
テレビで津波の映像を見て上の子はかたまってじっと見つめてた。
本当の怖さを知らなくとも、もしかしたら本能的に感じるのかもしれない。
精神障害があるなしに関わらず、私にはまだ母性は残っているのだ。
子どもたちを恐怖から守りたい。
7年目の今日、そう思う。
私は実家の方で勤めていて、一人で事務所にいた。
いきなり、どすんっと。
うわぁ、地震だぁーなんて友達に電話しているうちに、どんどんおかしくなっていく。
え?これ、地震なの?揺れてるとかいうレベルじゃない!これ、ビル倒れる!!
デスクの下に潜り込んで電話が留守電に切り替わっても、死んじゃう!死んじゃう!と叫び続けてた。
どのくらい続いたかは分からなかった、でも、生きてるみたい、事務所の中はぐっちゃぐちゃ。
無我夢中で隣の会社のおじさんに泣きながら飛びつく。
なだめてくれるおじさんと泣きじゃくる私をよそに余震は続く。
ビルの外に出ると、近所の人がぞろぞろ外に出てきてる。
車のラジオをつけると、津波だの震度7だの情報もどれをあてにしたらいいのかわからないくらい混乱してる。
親が迎えに来てくれるまで、誰とも電話が繋がらず、不安な時間を過ごしていたけれど、なんとかその日のうちに帰ることが出来た。
うちは内陸部なので、津波の被害はなかった。
それでも、テレビで原発や津波の映像、計画停電、物資不足、デマメールが来たり、気持ちや生活が落ち着くまでに何だかんだの時間を要したと思う。
記憶は薄れることはなく、今も鮮明に思い出す。
ただ、思い返す機会が少なくなってはきた。
今は今で必死だからだ。
亡くなった方たち、そんな私をどう思うかな。
酷いって思うかな…。
精神障害を患って長いけれど、その間、自分の命のことをかなり軽く扱ってきたし、でも、必死で病気と戦おうともしてきた。
震災で亡くなってしまった方たちのことを考えると自分が情けなくなったり。
反対に、どうして自分は死ねない?なんて口には出せないようなことも思ったり。
今、もし震災が起きてしまったら、必ず命懸けでこどもたちのことは守る。
これからもそれは変わらない。
震災の後に産まれた子たち。
揺れの怖さも波の怖さも知らない。
テレビで津波の映像を見て上の子はかたまってじっと見つめてた。
本当の怖さを知らなくとも、もしかしたら本能的に感じるのかもしれない。
精神障害があるなしに関わらず、私にはまだ母性は残っているのだ。
子どもたちを恐怖から守りたい。
7年目の今日、そう思う。