このブログでも何度も書いてきたけど、やっぱりシックスセンスのこのシーンが大好きです。

 

何度見ても泣けます。

 

死んだ人と話ができる男の子、亡くなったおばあちゃんにも会っている。

母親が、おばあちゃんのお墓で何かを聞いたらしい。

その質問の答えは、「毎日よ。」だって。

「お母さん、おばあちゃんに何を聞いたの?」

she said you came to the place where they buried her,asked her a question.she said the answer is EVERYDAY.what did you ask?

 

Do I make her proud?

「私は、あなたにとって、自慢の娘になれてたかしら?」

 

もうこのシーンが、ちょろこがまだいないとき、娘目線として見ても号泣。

母親となった今、母親目線で見るとさらに爆泣。あ、今作った言葉です。

 

親になって、どんなことがあっても親は子供のことが100%大好きだと思うのです。

でも、娘ってこう感じてすれ違っちゃうんですよねぇ・・・。

 

私の家族は、母も父も祖父も親戚も、私がどうやっても入れないような大学を出ていて、頭良い。

だから、

ああ、私ってすごく頑張っても、親が喜ぶような大学には入れないだろうな、と思う頃から、

(私って、きっと親をがっかりさせてるんだろうなぁ。)

と感じてきました。

うーーん。

本当は、もっと小さい頃からなのかなぁ?

親が私に過剰な期待をしてそれに応えられなくて失望感を現わしていた、とかそういう問題ではなくて、あくまでも娘サイドの私の問題なんだけど・・。

なんていうか、

(うちの親は、私が娘であんまりラッキーじゃなかったな。本当は、もし通販で品物を選ぶように子供が選べたり好みにカスタマイズできるなら、違う子がよかったにちがいない。まぁ、しょうがないけろ。)

みたいな。

だから、この映画の母親の気持ち、すごくわかる。

 

また親目線だと、私は、人生で最も幸運だったのは、

ちょろこの母親になれたことだと思っている!!

カタログで選べてもカスタマイズできても、ちょろこがいい。

自分は、生まれ変わったらキャメロンディアスかナタリーポートマンの顔になりたいとか言ってるくせに、

生まれ変わってもちょろこの母親になりたい。

 

Do I make her proud?

そう、ほんとーーに

everyday

なの。

親目線だと、おばあちゃまの気持ちがわかる。

そーだよ!そうに決まってるじゃない。

なんでそんなこと聞くの?

proud誇りなんだけど、日本語だとあんまり普段使わないしピンとこないよねぇ。

だから、自慢の娘って言ってみたけど、それも違うんだよねぇ。

自慢って、誰かに「いーでしょ。」ってするものじゃない?

そうじゃなくて、うーん、そう、PROUDなんだよ。

それは、最近勉強がよくできるとか、学校で先生に褒められたとか、よく言うこと聞いたとか、顏が可愛いといか、

そういう細かいことじゃなくて、

ぜーんぶいつも毎日なんだよ~。

 

ちょろこと前、こんな会話をしました。

ちょ「今日の朝、にくらしーこと言っちゃったから、お母さん、ちょろちゃんのこと嫌いになっちゃったかなーっておもたのよ。」

私「子供が親を嫌いになることはあっても、親は絶対に子供を嫌いにはならないでしょ~。そーゆーもんだ。ちょろも、子供が出来たらわかるよ。だから、いくら喧嘩しても私はいつでも元通りだから、安心すべし。」

ちょ「え???逆じゃない?子供は絶対に親を嫌いにならないの間違えじゃないの?」

私「あらそーお?じゃ、お互い愛しあってていいじゃなーい。」

 

うーーーん。やっぱり私の想いほどは娘に伝わっていないかも。

 

反対に、自分では意図して伝えていなくても、子供が実感していることもあり、子供に言われて、

「確かに私、そうかもね~。」

と笑っちゃうこともあります。

 

「お母さんは、テストの点数では絶対怒らない。」

あーーー!そうかも~。そうだねぇ~。理解の方が大事だと思ってる。

 

「みんなと違うことを主張している人がいても、お母さんはそういう人のことを変な人で嫌いとは思わない。自分と考え方が違っても、逆に、そういう人こそ信頼できる人だと思っている。」

おお~~!そうね!そうね!その通り。

 

子どもって、親のことをよく観察していますねぇ。

特に自分と関係ないことは、正確に判断してるものなのですねぇ。