年が明けて早や一ヶ月、
パジャマ(日常着)もおニューになった
2013しろくまパパ、
ではあるが、
やっとることは相も変わらん“肩越しPC”。
濃紺なおニューにて渋さが増すばかり。
けれどやっぱりやっとることは、
肉球磨きの丹念さ……。
◎以前、模型雑誌で見て即座に「買うっっっ!」と決めて、予約開始と同時にヨドバシ.comにて予約してあった壽屋(コトブキヤ)の最新版! 真希波・マリ・イラストリアス![]()
![]()
のフィギュア(→公式サイトはこちら
)、昨日の届きましたぁぁぁ~(感涙)!
いやあ~、デカい(笑)! 何たって『Q』のパンフレットと同じぐらいの高さがあるっ! 以前のピンクプラグ版の際にも感じたことですが、コトブキヤのこのシリーズはスケールが抜群で本当に素晴らしいっ! 出来も大満足だし、何よりマリの顔立ちがどこのメーカーのフィギュアよりもあっしの好みなのでっす(大号泣)!!!
今回の立体化は、『破』公開時に雑誌用に貞本義行さんが描き下ろしていたグリーンプラグスーツのマリ、くねらせたポーズとうっとり魅入られるその表情、とにかくどのマリより妖艶な雰囲気の、あっしが1番てくらいに大好きなイラストをベースにした作品でっす!
窮屈な筈のグリーンプラグなのに……(むふふぅ)♪♪♪
なところも非常に注目ポイントな、この秀逸なフィギュア、ぜしぜし皆さまも実物を手にしてじっくり鑑賞していただきものです!
眼鏡をはずしたバージョンも楽しめちゃうのですよぉ~♪
そんでもってあの超かっくいいヘルメットだって、単体でも飾れちゃうしぃぃぃ~♪
さて、前振りはこの辺にして、あとは無言の写真6連発っ!
日曜日ですね、全国的にまた一段と冷え込むようですから、皆さましっかりあったかくしてお過ごしくださいませねっ♪
そいだばほいだば本日はこの辺にて~♪ まったのぉ~ん!![]()
![]()
以下、寫眞。
◎そんなこんなで先ほど上げた記事の続きです(笑)。
ネタバレを多く含む『ヱヴァ:Q』ばなしですもので、取り扱いにはくれぐれもご注意くださいませ~♪
◎ここまででさんざ“展開の薄い『Q』”って書き方をしておりますもので、『Q』を御覧になった方からは疑問も反論もあるのではと思います。しっかりと展開してゆく濃密な物語の映画作品であるのに、どうして“薄い”などと評するのか、と。
風雲急を告げるかのごとき、怒涛に次ぐ怒涛のオープニングからの展開は、それこそ息つく暇もないくらいに“濃いぃ”です。
そして圧倒的に面白いっ! これもまた正直な感想♪
ラストシーン、「フォースインパクト」を阻止し、すっかり腑抜けているシンジを抱き起して、コミカルにその頬をつねるアスカとの遣り取り、その空気感、ほっとします♪ レイまで合流し、ひょこひょことあとについて3人でネルフを立ち去るファイナルカットまでの流れ、非常に素敵だし、『Q』の中では1番好きだと思えるシーンです。
個人的に、真ん中のシーンがやや退屈であった。
でもそれも、シンジとカヲルとに想いの深いファンからすれば、決して退屈には感じないのだろうから、これはあくまで個人差だと心得ております。
静かであるからといって、展開がない訳ではないのだし。
ただね、振り返ってみて、『Q』ってどんな物語だった? って思うと、やっぱり“薄い”のですねえ。
『破』と比べてはいけないのだろうけども、あれだけ緩急激しくどんどん展開していった、それでいてペース配分も窮屈でなく非常に構成力も秀逸だった作品の“続篇”にしては、急速に動かなくなった印象が強まる。
碇シンジが14年の眠りから目覚めて、壮絶怒涛な大艦隊戦シーンがあって、9号機によりシンジが奪取されて、廃墟と化した淋しいネルフ本部で父やレイと再会し渚カヲルに邂逅(かいこう)して、心の交流があって、シンジがまた絶望に落ちて、13号機で地下に降り、槍を抜いたらまたしても「インパクト」が発生して、2号機&8号機とのバトルになって、フォースインパクトが阻止されて、アスカ・シンジ・レイの3人でネルフを去る。
何だか地味(苦笑)。
『破』のラストでせっかく“サードインパクトの起こらなかった世界”を示していたのに、急転して「やっぱり起きて」いて、しかも今度はフォースインパクトを阻止できたところで終わるだなんて、これではもう1度『破』のラストシーン時点へ戻っただけではないか、と。展開も物語性も、『破』で描かれた地点から大して動いてはいない印象で、
乱暴に云ってしまえば、『Q』抜きで次の第4部を観ても大差ないってほどに、
内容としては“何も進展していない”気がするのですね。
もちろん渚カヲルのエピソードは大きいですよ。
大胆に、“何でもあり”なくらい無茶苦茶に変転された設定と、それに付随して自然的に発生する幾つかのエピソードは、確かにこれまで目にしたことのないものではあるけれど、も。
◎さて、ここまでマイナス的に書いてきておるあたくしではありますが、
そうは云っても本当には、“そうでなかった”ことに深く嘆いている訳ではないのです。
確かに「予告」で示されていた通りの、『破』に“続く”物語が展開して欲しかったと強く願ってはいます。
けれどその想いが裏切られたからといって、全く違う内容になっちまったからといって、
あの「予告」に見られた物語性を凌駕する内容であったのなら、「違ってるけど、これでいいのだ♪」って大歓迎できたと思う。
いや実際に今回の『Q』でそうゆう想いを得た方も多いのでしょう。
でもここまで思うに任せ書いて来た通り、あっし個人としてはそう感じられなかった。
誤魔化し、とまでは云わんけど、みんな騙されちゃいない? 大きく変更された設定や、怒涛の大迫力なる艦隊戦シーンに圧倒されて、煙(けむ)に巻かれちゃいないかい?? 物語は大筋で昔と変わっちゃいないし、その点で「新しく」も「違って」もいないぞよ?
『破』にはテレビ・シリーズのラストまでと、更には旧劇場版での絶望的な結末までをも含んで、それをMark.06が放つ槍の一突きでもって止めた、
そこには「ここで旧エヴァは終わり。このあとは全く違う新しいエヴァとなる」って制作陣の、いやさ庵野秀明の、はっきりとした決意表明があった筈。
その上での「予告」であった筈。
渚カヲルの活躍を中心に、これまでのエヴァ世界の、「その先」にある「真に新しい」物語が展開されようとしていた筈。
なのに『Q』は、テレビ版24話~26話までをリピートしているに留まっている。
ゼーレの関わらない人類補完計画であるってだけで、ゲンドウの目的や行動も含めて、起こる出来事は旧劇場版の域を出てはいない。
それは既に『破』の時点で済ませている筈なのに、逆戻りしてなぞり直している。
で、結局は『破』のラストと着地点が変わっていない印象。
あっし個人の満足が低いのって、そのせいなんですね。
もっと思いっきり「違って」て「新しい」エヴァが観られたのならば、「予告」と違うからってここまで批判はしなかったろう、と。
◎せっかく『破』で、一般の、それまでエヴァを観たことのない人達が初めて観ても充分に感動できるクラスにまで胸襟を開いたのに、『Q』で再びマニアックな次元へと狭めてしまった点が、やっぱり変わらない(変われない)のだなあ庵野さんて、と(笑)。
ま、そうでなくっちゃね、とも思う訳ですが(ニヤリ)♪
『破』によって広々と開かれた(その予兆に満ちていた)エヴァの世界が、またここに来て急速に狭く小さく閉ざした。
昔と同じ展開を辿りながらも遥かに良くなった『破』に比べて、
大きく違えているように見えて結局やっていることは同じであるのに昔を超えられていない、ともすれば退屈で、取ってつけたようでもあるのが『Q』の非常に残念なところ。
渚カヲルと碇シンジが心通わせる一連の流れにしたって、テレビ・シリーズの方がすんなり納得のいくエピソードに仕上がっていたしね。
今回のは、それを踏まえての無理矢理感がある。カヲルのセリフにしてもそうだし。
◎『Q』冒頭6分38秒をもう何度か観ているのですが、
劇場で1回観た限りでは解らなかった、宇宙空間にてアスカ(とマリ)が回収していた謎の物体。あれがまさにシンジなのですね?
じゃあ『破』ラストシーンのあのあとで、シンジはどういったいきさつであんなことになったのか? 何故宇宙を彷徨っておる? しかも14年間もずっと放置? 初号機は船に変えられているのに?? プラグだけ射出されたとかか? でも明らかに何者かによって厳重に封印されておるよねええ???
空白の14年、という新たな、巨大過ぎる「謎」を提示して動き出した後半戦っ!
カヲルが消滅し、レイまでが去り、ゼーレさえもが“OFF”されて(あんな簡単なのね(苦笑)。何だったんだろ、今まで)、年寄りだけが残ったネルフってば、本当に“敵”として成立するのでせうかねええ? やはり最後には「父 対 息子」って闘いが残るのかなあ、とも思うけど、あるいはネルフもゲンドウもここで終わり、ってことなのかも知れませんね。
そもそも『破』のラストでミサトも「行きなさいっ!」って叫んで後押ししていたのに、『Q』での態度って理不尽だなあ、なんて(笑)。
もうこの先を予想するなんてこと、馬鹿馬鹿しく思えるくらいに何も見えてこない『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』、
タイトル表記も昔にもどっての次回「完結篇」、どうなってしまうのか、必見でありまっしゅ!
さぁて、『Q』はあと何回観るだらう?
◎はあ~、長かったぁ~。
もちろん読むのも疲れるでせうけど、書くのもかなり気力と体力が要るのんよぉ~(お腹ペコペコ)。
ま、好き放題勝手に書いておるのだもの、何をゆうかって感じでさあね、すんまそん。
てなこって、
とりあえずはもう書かんぞえっ! ……多分。
長々のお付き合い、本当にありがとうございました~♪
そいたばほいだば、まったのぉ~ん!![]()
![]()
◎どもども♪ 昨日のつづきでございます(笑)。
「続きはのちほど」とくくった時点では、すぐそのあとに書いてアップしようと心構えておったのですが……(汗)。
メモがね、尋常じゃない束になっつまってて、それを目にするごとに「時間確保しないと……」ってね、短い時間しかない時にはどうしても取り掛かれそうになく……。
ま、とにかくネタバレ多く含む『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の感想ですもので、まだ観られていない方や、観たけれどそんなの一切聞きたくねえよって方は、本日もここでおさらば下さいませませ♪
ところで公式にも完結篇タイトルによるディザーサイトがスタートいたしましたけど、
あれれ?? 前バージョンではしっかり「2013年公開」と明示されとったのに、消えましたねええ~(ニヤリ)。
こりゃあやっぱ来年の公開はない、な(苦笑)。
◎万人に100%の満足を与えることの出来る作品なんてものは、絶対に存在する訳がない。
自分にとっては150点(あるいはそれ以上)級のまさに“奇跡”みたいな『破』にしてみたところで、他の人からすれば20点以下の評価でしかないことだってあるだろうし。
ただ、
「予告」をほぼ唯一の情報源として次回作を待ちわびる立場としては、大々的に打たれた公式な「予告」がまるで当てに出来ないとなると、これはもう、期待を寄せる寄せない以前の状況でしかない。
今回、『Q』を観終わって感じた「前向きな諦め気分」には、つまりもう、予測も含めてあらゆる“期待”を抱くことは庵野秀明作品については無駄なのだなあ、って徒労感に裏打ちされたものかと。
『破』公開時、その凄まじさにすっかりアテられたあたくしは、衝動に駆り立てられるまま実に6回も劇場へ足を運んだ次第です。
そんな6回も『破』を観に行ったあたくしの目には当然ながら「予告」も6回分焼き付いていた。
当時のあたくしめが「予告」から色々ふくらませた予測については2009-8-23付ブログ
とその周辺記事を参照いただきたく存じますが、
『Q』を観た直後に、動画サイトなどに上がっている当時の「予告」を再度観直した上での、一体自分は『Q』に何を期待していたのかを改めて書いてみたいと思います。
テレビ・シリーズ最終2話放映時には、実は元々あった脚本を破棄してまで作られたのがあの25、26話であり、様々な声を受け元のシナリオをベースに作り直されたのが旧劇場版『Air / まごころを、君に』であると云われました。
この話、実際の真偽は闇の中なのですが、
もしも劇場版がなかったなら“観られなかった”エヴァ世界が今も伝説として語り草にされていたのでしょうね。
その当時の気分を再度噛み締めています。
「予告」から期待されていた“あったであろう”『Q』物語は、おそらく2度と観ることが叶わない。
◎「予告」に散りばめられた場面の中で、個人的に最も印象的だった、山頂と思しき場所で山岳隊っぽい服装の3人ほどが虚空に何かを発見する場面。少なくともまだ青空があった。あるいはMark.06がセントラルドグマへ降下するシーン。
彼らは何を発見したのか? そしていよいよMark.06の活躍が観られるのか?
そうなんですよ、そこも非常に残念なところなのです(号泣)。プラモデルまで発売されて、『破』のラストでの鮮烈な登場から“時が来た”のだと、やっと暴れ回るMark.06の勇姿を目に出来るとわくわくしていたもので、何だろあの『Q』での扱いは、と(嘆息)。
ただの“槍投げ要員”じゃねえかこれじゃ。
はたまた加持リョウジが向ける銃口の先には誰が居たのか?
仰向けで宙に磔(はりつけ)のごとく横たえられたMark.06には何が起こっていたのか?
ヘリが次々に降りてゆくあの空母はどこの国のどんな機関の所属だったのか?
これだけの情報を見せつけられて、そこから想起される“豊饒な物語”へ、期待を抱くなと云うのはあまりに酷な話ではないか、と。
結局あの「予告」で示されたものには2度とお目に掛かれないのだな、って思うと、“あった筈の物語世界”への渇望が湧くのは当然のことなのではないか、と。
増してや実際目にした『Q』の、展開の薄さに触れれば、いよいよネルフユーロやゼーレとの世界規模な闘いが予感された、いかにも展開に次ぐ展開な怒涛の物語への渇望に、一体何の罪があるのかと? それのどこが愚かなのだと?
「予告」は「予告」に過ぎないとはいえ、ここまで違い過ぎるとそもそも「予告」なんてつける意味ないじゃねえか、と嘆く。
期待を裏切ることがエヴァだとはいえ、あんまりじゃない?
◎思うに、やっぱり変えたのだろう、と(苦渋)。
庵野さんのことだから、おそらくそうなのだろう、と。
『破』公開当時につけられた「予告」からは、時間軸もきちんと繋がりを保持した、ちゃんと『破』のラストから続いていて広がってゆく展開が予定されていたのだと思う。
それはズバリ、「サードインパクトの起こらなかった世界の物語」に他ならず、だからこそ『破』の鮮烈で美しいラストシーンが活きてくる訳で。「予告」でも示されていたのだし、「インパクト」の起こらなかった“その後”の、誰もかつて目にしたことのなかった真に“新しい”エヴァ世界が描かれる筈だった、のだと思う。
結局今回の『Q』ならば、『破』のラスト(エンドロールあと)は要らないってことになるし。
震災とかもあったし、ファンの反応や勝手に囁かれる予測に触れ、またしてもあのおっちゃんは気まぐれ(へそ曲がりなサービス精神??)を起こして「それならば違うことしよ」と大きく変えたのだろうさ。
そうして『Q』は、『破』までの流れをいきなり「バツンっっっ!」と切って、まるで別物の作品が新たにスタートしたかのような物語となった。
ま、
ある意味で「エヴァンゲリオン」て作品にのみ許される、
“ライブ感”???
ってことでせうなあ~。現象としては面白過ぎるけどねええ~。作品としてみるならばどうなのだらう?
◎まとまったように見えて、実はまだメモ束の半分なり~(大汗)。
またここで一旦分けます。
今回はこのまま続けて書きますもので、またのちほど♪
◎先日テレビ放映された『ヱヴァンゲヲン新劇場版:Q』冒頭6分38秒をもう何度か再生しているあたくしですが、
いやあ~、凄いなああ~! 何なんだろうこのカッコよさってば! まず何よりもメカのデザイン・センスですよねえ~♪ 効率や合理性から考えれば非常に無駄の多そうな物体を、ただ“カッコイイから”ってだけの理由でくっつけているようなその大仰さがやっぱメカ魂をくすぐりますよねえ~! そして随所に見えるアナログっぽい感覚♪ “昭和的”って云ってもいいかなあ、エヴァにずっと変わらない、いやもっとずっと以前から庵野秀明作品には欠かされたことのない感覚、
いやさもっと云えば『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の頃から深く息づいているガイナックスならではの感性とさえ呼べる、
デザインに対しての独自の哲学がやはりこの画面作りを支えている屋台骨なのだなあ、と強く実感いたしますのねっ!
冒頭に登場するロケットブースターのデザインやカットのアングル、そして何よりその色彩設計に、昔から馴染んだガイナックス的肌触りを感じて胸が高鳴ってゆくのですっ!
各アニメーション会社の個性を規定しているのはまずもって色彩設計なのだと、以前より持論があるのですが、改めてそのことを実感すると共に、それゆえにわくわくするこの感覚が嬉しくもあるあたくしです。
◎そんな訳で本日も引き続いての『ヱヴァ:Q』感想を書く次第ですが、
今日はネタバレを多く含むと思いますもので、まだ観ていないって方や、観たけれど何も聞きたくない、って方はこの先は読まないでいただけたらと願います。
アスカがマリを呼ぶ際の「○○眼鏡っ!」って呼称について、映画を観終わった際に隣にいた方とその場で感想を話し合い始めた時にも「あれ、何て言ってるんですかね?」と疑問が上がったのですが、あっしは「ホネじゃないですかね?」と答えておりました(骨みたいなフレームの眼鏡、って意味??)。
ヘッドフォンで「冒頭6分38秒」を観ていると、これは「コネ」だなあと。どう聴いてもやっぱり、ね(苦笑)。
アスカは、レイがエヴァに乗るのをゲンドウのお気に入りだからって「えこひいきっ!」と呼称しておりましたが、その流れで見るとつまり、マリについての情報は既に知らされていて、マリが誰かに関する何がしかのコネでもってエヴァに搭乗できている、ってことを示していますよね?
それと劇中でのマリのセリフから、マリとは「レイのオリジナル=ユイを直接知っていて」かつ「ゲンドウくん」とも同年代に属している人物、ってことなのでしょうね。
だから恐らくはそこまでを含んでの「コネ眼鏡っ!」なのではないか、と。
そんな破天荒な裏事情を底支えするべく、新設定「エヴァの呪縛」が活きてくる訳ですねえ(苦笑)。
けれど個人的に、あの設定はどうかと思う。
単純に面白いですよ、ありがちだけど、そうゆう展開は大好物ですむしろ。
だけどもエヴァって作品においては、それをやってしまうと根本的な部分が揺らいでしまうと思う。「14才の少年少女だけが搭乗できる」との縛りが持つセンチメントと焦燥感が崩れ、もう何でもありってことになってしまう。
少なくとも『Q』時点でのアスカは既に14年も14才に留まり続けているのだし、マリに至ってはどのくらいその姿のままなのか想像が及ばない。
裏を返せば「中二病」や「ピーターパン・シンドローム」に対しての皮肉(批評とまではいかないまでも)とも受け取れる設定なのですが、
でもこれをやっちゃってる時点で、エヴァが内包し続けて来たある種のロマンチシズムを捨てているのだと、そう感じるのです。
◎100%の満足を与えることの出来る作品なんてものは、絶対に存在する訳がないのだし、そんなものはよほど薄っぺらいものか、誰彼構わずに媚びているものだと考える。
そしてまた、「謎」なんてものは本当に“回収されねばならない”ものなのだろうか、とも考える。
だって多くの文学作品は、「謎」を「明かさない」からこそ賞賛されるのであって、作った側が全てを明るみにしてしまう野暮は歓迎されないでしょう? 答えて貰えぬモヤモヤを、受け取った側が各々で抱え、考え続けてゆくその過程こそが、文学の本質的な在りようなのだと考える。
アニメは文学とは違う、と異論あることでしょう。
でも例えば『輪るピングドラム』だとかね、『亡念のザムド』とか、「ハウル」や「ナウシカ」の宮崎駿作品だって、とても文学っぽいですよね。
増してやエヴァは、余すところなく文学でしょう。
庵野秀明という作家が紡ぎ出す、壮絶なる文学作品。
だからこそ、昔も今も一貫して、庵野さんて人の中には「謎を回収する」なんてつもりは微塵もないのでは、ってのがあっしの個人的な判断なんです。「新劇場版」においてもそれは変わらないと思う。
「裏切る」つもりでおられるのではなく、はなっから「考えにない」のではないか、と。
◎あっ、長くなってるので、分けます(汗)。
続きはのちほど(苦笑)。
一旦、ここで。
◎『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のパンフレットは今回、『巨神兵東京へ現わる』が同時上映の関係で、汎用版とコア版(勝手に命名)の2タイプがあります。
かなり迷いましたけど、
『序』も『破』も本田さんの描き下ろし初号機で来たのだから、やっぱりここは揃えておきたいですよねっ♪ コレクター魂としては、この“揃う”って感覚が非常に重要だしね(と、個人的には基準)。
内容的にも、キャスト陣の隅々に至るインタビューがフルサイズで収録されており、読み応えから云っても断然こっちを手にしておきたいところ! 価格1500円と少々高めではありますが、それだけのボリュームは確かにありますもんで、読めば納得の価格設定ではありますです。
でもま、「巨神兵」のことも気にはなるもんで、いずれは汎用版800円も入手しようかなあ、とは思っちゃおります、が。
結局営業サイドの思う壺だったり、な(ブツブツ)。
◎さてさて、ここからはまた少し感想をば書き記しますもんで、全く何も知りたくないって方々はここでさよならして下さいましまし~♪
ネタバレはいたしませんが、ひとつだけ、次回「完結篇」のタイトルを最後に書いちゃいますから、そこだけはご了承のほど(黙っとけって)。
昨日のブログのあとで、上記のパンフレットに目を通して少し思うところもあったのですね。キャスト陣の語るところを知り、『Q』に対しての見方が少し改まったり、『序』と『破』を『Q』目線で観直してみるべきなのだなあってことをね、特に石田彰さんのインタビューを読んで思いましたですね。
昨日のブログでは、『破』劇場公開時の「予告」と丸っきり内容(印象)が違っていることから「あの後で大幅に変えたのでは?」との感想を描きましたけど、石田さんの言葉を読む限りでは、どうやらこの流れは『序』や『破』の時点で既に庵野総監督の中では概ね決まっていたことなのかなあ、と。
ま、あの庵野さんですからね、あっしとしては、『破』のあとでファンの間で語られて来た様々な憶測に「みんながそう思っているのなら、絶対違うところへ球を投げてやろう」ってひねくれた(失敬失敬)だけではないか、と、
つまりやっぱり『破』のあとで変えたのだろう、って今でも思っているのが本音ですが(笑)。
ただもし本当に『序』の頃から決まっていたとするなら、『破』劇場公開時につけた「予告」は丸々“フェイク”であったと見るべきですよね(笑)。これもいかにも庵野さんがやりそうなことだから、それはそれで信憑性あるのだなあ~(困ったもんだ)。
「予告」では確かに加持も映っていたのに、ねえ~(ぶーぶー)。
まだまだ続ける気になったのではないか、とか、次回の完結篇で謎の全てを回収して貰える、だとか、色々と“希望的観測”がファンの間で囁かれているようですけど、
あっし個人として思うのは、続ける気も、謎を回収する気も、ないだろうな、ってことですね(苦笑)。みんなまだまだ庵野秀明って人をわかっちゃいねえなあ、と。『破』を観た時には「庵野さんも随分オトナになったんだなあ」って、その“開かれた”世界観にハッとさせられたものですが、
『Q』を観れば「ああやっぱり変わっちゃいないんだなあ」って、ほっとするやらがっかりするやら(失礼だなあ)。
『Q』が突きつけてくるものって、「もう何にも予測するな。無駄に終わらせてやる。黙って観に来い」って表明なのだなあ、ってね、あっしはそう感じます。「謎の回収だの何だのと、そんなのは知らん」と、テーブルの上の大量のモノを腕で一気にガガガ~って払い落としているようなね、「それ以上に面白いことにしてやるから、とにかくついて来い」とゆう、そんな態度をはっきり示していると思う。
だから次回作について、自分の望みだとかを抱くことは諦めたあたくしです(笑)。
あそこまでのことをやられると、もうスコ~ンとね、「どうにでもしてくれぇぇぇ~」って心境にもなるってば。予測だとか期待だとか、自分が考えることなんて到底及ばないってことを強烈に突きつけられたちゃったからねええ~♪
ただ。『序』『破』から、強引とも呼べる猛烈なシフトチェンジを図った『Q』は、確かに「全く違う新しいエヴァ」ではあるのだけれど、内容が進むにつれて「やってることは結局同じ、か」って、個人的にはもっともっと違う展開を観たかったとも思う。今回はテレビ・シリーズ24話~26話までを“焼き直した”のだなあって印象になってしまっているのが非常に勿体無いなあ、って。
でも逆に、そこをはずしてしまえばもはやエヴァではなくなってしまう、って想いも理解できる訳で。悩ましいですな。
これほど強烈な舵切りを図った『Q』なのに、真ん中辺りでは展開も少なくやや退屈でさえあったしね。
この“新しさ”のままにラストシーンまでをもっともっと(それこそ『破』並みの緩急を持って)展開に次ぐ展開で仕上げてくれていたのなら、あるいは尺をあと30分取ってもう少し先までを盛り込んでくれたのならば、あるいは『Q』にも『破』ほどの絶賛を素直に贈られたのかも知れないな、と。
この流れならば、旧劇場版のが完成度高いし充分であると思う。
「泣けた」って感想の多い碇シンジと渚カヲルの“運命”についても、個人的にはテレビ・シリーズ「最後のシ者」のが構成的にも場面的にもすんなりと心に響いて、あれで充分だと感じるしねえ。
非常に辛辣な云い方になるけれども、『Q』は旧エヴァを超えられていない、と思いますです。
いやもちろん凄まじい作品ではあるのですけど、ね♪
◎次回、新劇場版完結篇のタイトルは、
『シン・エヴァンゲリオン劇場版:|┃』
「ヱヴァンゲリヲン」から「エヴァンゲリオン」に表記が戻っているし、「新」ではなく「シン」が冒頭へ来てまるで「真ゲッターロボ」みたいな印象を受ける(ゲッターへのオマージュきゃ?)しカタカナだから「シンジ」にも思えるしやっぱり「真」かなあとかね、
あ、やっぱり憶測しつまっておる。悔しいなああ~。
末尾の何だかよく解らない記号、家に帰ってからパンフレットに記されているのをかみさんに見せたら即座に「ああ、繰り返し」ってつぶやかれたもんでびっくりした次第ですが、どうやら音楽記号のようですね、上記の表記では不足しておりますけど、「音楽記号 リピート」で検索掛けると出てくるもんでご確認いただきですが、
つまり「リピート」って意味だそうです。
「エヴァンゲリオン」に戻り、「新劇場版」から「新」が取れ、末尾には「リピート記号」。
これらの示すものってつまり…………。
何だか「F.S.S」や「ジョジョ」めいてくるなああ~(たはは)。
本当に来年なのかねえ~、出来ればまた2年ぐらい待ちたい心境なのですが、ねえ(笑)。
◎そんなこんなで日曜日、
ほんとはサクサクっと短く切り上げるつもりでいたのに、すっかり“本来のぴょん太堂。”な長文になっつまいました……。これでも抑えたつもりなのですが、ね(汗)。
そいだばほいだば、まったの~ん♪![]()
![]()
↑ネタバレ防止の袋入りパンフ(豪華版)。『破』のシール仕様から進化(笑)
↑ちょ、ちょとっ! よりによってマリの顔の上にミシン目つけないでよお~(涙)
↑お目当てだった、やっと買えた、UCCの最新エヴァ缶っ! マリマリ~♪
↑そんでもって6缶パック劇場限定付属のクリアファイルっ! マリマリマリ~♪♪
◎同時上映の『巨神兵東京に現わる』、庵野秀明館長特撮ミニチュア博物館で特別上映されていた短篇特撮映画ですが、
待ちに待ったこの作品、いやあ~、素晴らしいっっっ! 一見の価値、大ありでっす(号泣)!
短い中で展開される物語の切なさに鷲掴みにされまっす! 是非とも劇場にてご覧くださいませませ~!
それにしても巨神兵、デカ過ぎない?(笑) 「ナウシカ」ではクシャナ殿下を足元に確認できるほどのスケールだったのに、なにこの巨大さっ! 素敵すぐるぅ~!
◎さてさて観て参りましたわよ、全世界待望っ! 本日初日の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』、たまたま隣合わせた方と上映後に熱く語り合っていたもので、ブログもすっかりこの時間(笑)。
しかしまあ、ネタバレは御法度なもんで、実はあまり語れない(そりゃそうだ)。
以下、設定や物語に関することには触れずに、主にあっしの率直な感想のみ書いておりますが、
それでも一切何にも知りたくはない、って方々は、今日はここまでで読むのやめていただけたらと思います。
また明日ねっ! (明日も来てね(切望)!)
◎『破』の“続き”な物語が観たかったなあ、と。まずはそれが率直に正直な感想。
もちろん正統なる“続篇”には間違いないのだけれど、観たかったのはもっと違うベクトルの物語。『破』で魅了された圧倒的な世界と物語性の延長線上にある、そんな“続き”が観たかったなあ、と。勝手な期待であると承知しながらも、ここまで裏切られるとさすがに、ね。
『破』公開時の「予告」に出たシーンはひとつもなかったし、ナレーションされていた内容ともまるで違う。あの後で構想を大幅に変えたのではないかとさえ思われる(印象)。
同じキャラクターを登場させた、全く別物な印象。前作までの流れにはない、スタンドアロンな物語。
テレビシリーズ以来の、とある事柄が初めて公式に「言葉」として語られたことが、個人的には非常に印象的でしたね。
ファーストシーンから呆気に取られ、最終的にはきょとんとさせられる。突き放されたようなひっくり返されたような置いてけぼりを食わされたような。ここまでされると「もう、好きにしてぇ~」って放り出すように身を任せる他ない気分(もちろん肯定的な意味で)。
個人的には、『破』を150点とするなら『Q』は70点かな。『破』の怒涛のような構成に比べ、『Q』の静寂とも呼べる印象には、あれほどの高揚感が得られなかったもので(あくまであたくし的には、ってことですが)。
『破』は6回も観に行ったもんで、公開前には「何回行くことになるのだろう……」と『破』のあとから要らぬ不安(とわくわく)を抱いていたあたくしですが、
『Q』はあと1、2回でいいかな(苦笑)。
もちろん、最高のクオリティで紡がれる凄まじいアニメーション作品でっす!
王立でノーチラスでガンバスターでトップ2な“ガイナックスてんこ盛り”な印象の本作、ずぇひっ! 今すぐ劇場へ!
見逃すなよぉ~!
◎そんなこんなで雨の土曜日でござました、っと。
ふう、
一息ついた感じだなあ~(やれやれ)♪
そいだばほいだば、まったの~ん!![]()
![]()
新宿バルト9にて世界最速午前零時上映まであと約5時間っ! この日に向けて制作していたイラストはとうとう完成には至らず、でもとにかく『Q』公開前には上げておきたかったので、大急ぎで“とりあえず”の形に仕立ててみた次第っ! 完成版は後日お披露目いたします(涙)。マリの服だって、色も柄もアイディアあるのに実現でけとらんし、レイアウトももっとビシッと決めたいし、塗りもベタ仕上げだからまだこれからの段階です(号泣)! なのに見せてしまって申し訳なっしん……! 「こぉれがぁぁぁ、わたしのぉぉぉ、あたらしぃぃぃ、スタンドぅぉぉぉぉぉ~!!!」ってえイメージで描いた、マリと8号機なりぃ~♪ (眼鏡が新しくなった事実には描いてから知った……)
上の文章はイラスト投稿サイトpixiv用につけたキャプションです。まま抜粋(苦笑)。
先日来、ちょこちょこ紹介していたイラストですが、ちと間に合わなかったもので、突貫作業にて「未完成版」を上げた次第(とほほ)。
ハイビジョン画質な(サイズだけね)巨大なのをご覧になりたい方は、こちらのpixiv内ページ
までよろしくお願いしまっす!
さあてっ! 本当に明日、なのだなあ~♪ 何だか年越しを迎えるかのような神妙な高揚感(笑)。
どんな展開が待っておるものか、とにかく楽しみですっ!
そいだばほいだば、まったのぉ~ん♪![]()
![]()