大きなバッグに着替えやタオルを詰めて、私は
入院受付に向かった。

 受付の女性に書類と入院保証金を渡し、担当
事務員と一緒に病室へ。

 病室は6人部屋。そのうち3人がすでに居て、
私は4人目の患者となった。

 朝9時半位だというのに、すべてのベッドは
カーテンが閉められ何の音もしない。

 だが人の気配はある。

 自分に与えられた一番奥窓際のベッドに行き、
荷物を置いた。

 事務員は、「看護婦が来ますので、先に着替えて
待っていてください」とだけ言い残し、帰って行った。

 一人で残された私は、入院の事実を実感し始め、
それと共に今しなければならないこと“同室の患者に
挨拶する”を考えていた。

 しかし、カーテンを開けてまで挨拶すべきだろうか。
 相手がどんな状態なのかも分からずにカーテンを
開けて、もし話ができない様だったら…。

 自分にとっさの判断ができるか自信はない。
 ましてや、気持ちが悪い程静まり返っている。

 私は考えた末、何も言わないことに決めた。
 それからの数日、同室の人と一切会話を交すこと
なく、例外は部屋の中で偶然顔を会わせた時だけ。

 廊下で会ったところで、顔を覚えていないし、みんな
素通り。

 一日中カーテンを閉め、息を殺すかのような日々が
続いた。
 私は窓際だから気分は楽だが、そうでない人は…。

 薄暗いベッドの上で過ごす毎日は辛くないだろうか。

 一人を除いて、他の3人は(途中で1人増えたが、
やはり挨拶はなかった)点滴もないし、自由に歩き
回っている。

 健康な人でも、精神を病んでしまいそうな気さえする。

 そして、一人退院した。
 旦那さんが来て、荷物をまとめている気配がし、
その後いきなり「お世話になりました」と言う声が
入り口付近から聞こえた。

 当然のごとく、それぞれのカーテンは閉められたまま。
 誰も返事をしないし、退院する本人も返事を聞く気も
なく、そのまま歩いて行った。

 おそらく、私が退院する時も同じだろう。

 そして、町で偶然すれちがっても、お互い気付かない。