安さに心を奪われ、
目的地に近いサンフランシスコ国際空港よりも離れた
ロサンゼルス国際空港行きの航空券を買いました。
こんなときに安さを優先にして
時間を無駄にしてしまったことを
後々後悔しました。
時は金なり。
次回からは気をつけます。
2週間の滞在予定で、
その間私は空港でレンタカーをして、
また帰るときに返そうと思っていました。
でも、
「何かとお金が掛かるから、
ここにいる間は僕の車を使えばいい。」
と彼が申し出てくれたので、
好意に甘えることにして、
「じゃ、ロスからそっちに行くまで、
1日だけレンタカーするわ」
なんて言うと、
「いや、僕の両親に
迎えに行ってもらうように頼むから心配しなくていいよ」
と言ってくれました。
彼の両親とは3回くらい会ったことがありましたが、
それは厚かましいと思って、
「えー!いいよ、自分で運転して行くって!」
と何度も言いました。
それに対し彼は「no」しか言わず、
結局迎えに来てもらうことになりました。
空港について、
入国審査などを終えて出口を出ると
彼のお父さんが立っていました。
お母さんはそのときトイレに行っていましたが、
すぐに会えて、
挨拶をしました。
そして手土産を渡しました。
長距離ドライブをしてくださるのに、
まさか手ぶらでは来れません。
でもこのお土産には凄く悩みました。
彼は
「お土産のことは心配いらない。
困ったときはお互い様でしょ」
と言いつつも、
せめてチョコレートか何か買って行くと言うと、
「食べ物よりも絵葉書とか
飾れるようなものの方が良いと思う」
と、出発数日前に言い出したので、
それはそれは悩みました。
結局は木で出来た手作りの味のある
十二支の飾り (5千円程度)を買いました。
あと、
彼には年頃の高校生の妹がいるので、
無印でポーチとちょっとした化粧品を買って
プレゼントしました。
ついでに 歴史のクラスで
日本の歴史を勉強しているとかで
ちょっと興味があるとチラリと 聞いたことがあったから
日本の新聞も買って渡してもらいました。
私たちは空港を発ちました。
長旅で疲れているだろうと、
ご両親は気を遣って枕を持ってきてくれていました。
私は久しぶりのアメリカの空気に興奮気味でした。
途中、タコベルというメキシカンファーストフードで
朝ごはんをご馳走になりました。
テイクアウト分も買って、
それから彼のお母さん方のお祖父さんの家に
お邪魔することが 出来ました。
お祖父さんは朗らかで優しい感じの人で、
出会ったときに両手で ぎゅっと握手してくださいました。
お祖父さんも彼と同じく
昔は軍隊にいて
日本にも 行ったことがあるらしかったです。
会っていきなり
「アメリカが日本に戦争で酷い事を して悪かった」
と仰って
思いの外の言葉に驚きました。
私たちが帰るときも
見えなくなるまで手を振ってくれて、
嬉しかったです。
会えて良かったな。
それからさらに私たちは目的地に向かいます。
ロサンゼルス空港から目的地までは
およそ333マイル(616キロくらいい)で、
まっすぐ行っても車で6時間くらい
掛かるこころでした。
途中、
少し寄り道をしたり、
タイヤがパンクするという 出来事もあって、
予定よりも遅めの時間でしたが
何とか目的地に 辿り着くことが出来ました。
彼の居る基地の門で警備員の人に彼を呼び出してもらって、
いよいよの再会でした。
久しぶりのご対面で緊張して、
私は待っている間はどんな顔して会えばいいのだろうかと
フワフワしながら
落ち着き無く考えていました。
数分待っていると、
遠くからだんだんと影が見えて来ました。
彼は、ショッキングピンクの
「Tough guy wears pink」 (だったかな?)
というロゴの付いたTシャツを着て現れました。
そのTシャツは、
私が以前、ある店頭で着てほしいと頼んだもので、
そのとき彼は
「そんなものは着れない(というか筋肉質の人じゃないと似合わない(?))」
と言っていたTシャツでした。
まさか本当に買ってまで
着てくれるとは 思っていなかったので
可笑しかったです。
それからそれから
ご両親と彼と4人で一緒にお食事でも、、、
と思いきや、
ご両親はさっさと家路に附かれました。
私が空港に着いたのが午前9時前で、
目的地には午後の6時前に到着だったので、
ご両親は家を朝の6時には出られて
家に着いたのはきっと深夜だったでしょう。
本当にお世話になって申し訳ないくらいでした。
タイヤまでパンクしてしまいましたし。
その晩は、
軍の経営するホテルに一緒に泊まることになりました。
(寮には勿論泊まれないので。)
そのホテルは1部屋1泊たったの17ドル50セントです。
日本円にして2000円以下。
なんて安いのでしょう。
しかし難点は予約が出来ないということで、
その日のたびにロビーに行って更新です。
それでも安さには代えられません。
荷物を置いて、
留学していたころにホームステイ していた家に
遊びに行きました。
久しぶりに私の親友でもある元ルームメイトにも会えて、
ご飯もご馳走になって楽しかったです。
夜は久しぶりのラブラブっぷりで、
あんまりにもご無沙汰だった私は縮まり放題で
大変な一夜でした。
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目的地に近いサンフランシスコ国際空港よりも離れた
ロサンゼルス国際空港行きの航空券を買いました。
こんなときに安さを優先にして
時間を無駄にしてしまったことを
後々後悔しました。
時は金なり。
次回からは気をつけます。
2週間の滞在予定で、
その間私は空港でレンタカーをして、
また帰るときに返そうと思っていました。
でも、
「何かとお金が掛かるから、
ここにいる間は僕の車を使えばいい。」
と彼が申し出てくれたので、
好意に甘えることにして、
「じゃ、ロスからそっちに行くまで、
1日だけレンタカーするわ」
なんて言うと、
「いや、僕の両親に
迎えに行ってもらうように頼むから心配しなくていいよ」
と言ってくれました。
彼の両親とは3回くらい会ったことがありましたが、
それは厚かましいと思って、
「えー!いいよ、自分で運転して行くって!」
と何度も言いました。
それに対し彼は「no」しか言わず、
結局迎えに来てもらうことになりました。
空港について、
入国審査などを終えて出口を出ると
彼のお父さんが立っていました。
お母さんはそのときトイレに行っていましたが、
すぐに会えて、
挨拶をしました。
そして手土産を渡しました。
長距離ドライブをしてくださるのに、
まさか手ぶらでは来れません。
でもこのお土産には凄く悩みました。
彼は
「お土産のことは心配いらない。
困ったときはお互い様でしょ」
と言いつつも、
せめてチョコレートか何か買って行くと言うと、
「食べ物よりも絵葉書とか
飾れるようなものの方が良いと思う」
と、出発数日前に言い出したので、
それはそれは悩みました。
結局は木で出来た手作りの味のある
十二支の飾り (5千円程度)を買いました。
あと、
彼には年頃の高校生の妹がいるので、
無印でポーチとちょっとした化粧品を買って
プレゼントしました。
ついでに 歴史のクラスで
日本の歴史を勉強しているとかで
ちょっと興味があるとチラリと 聞いたことがあったから
日本の新聞も買って渡してもらいました。
私たちは空港を発ちました。
長旅で疲れているだろうと、
ご両親は気を遣って枕を持ってきてくれていました。
私は久しぶりのアメリカの空気に興奮気味でした。
途中、タコベルというメキシカンファーストフードで
朝ごはんをご馳走になりました。
テイクアウト分も買って、
それから彼のお母さん方のお祖父さんの家に
お邪魔することが 出来ました。
お祖父さんは朗らかで優しい感じの人で、
出会ったときに両手で ぎゅっと握手してくださいました。
お祖父さんも彼と同じく
昔は軍隊にいて
日本にも 行ったことがあるらしかったです。
会っていきなり
「アメリカが日本に戦争で酷い事を して悪かった」
と仰って
思いの外の言葉に驚きました。
私たちが帰るときも
見えなくなるまで手を振ってくれて、
嬉しかったです。
会えて良かったな。
それからさらに私たちは目的地に向かいます。
ロサンゼルス空港から目的地までは
およそ333マイル(616キロくらいい)で、
まっすぐ行っても車で6時間くらい
掛かるこころでした。
途中、
少し寄り道をしたり、
タイヤがパンクするという 出来事もあって、
予定よりも遅めの時間でしたが
何とか目的地に 辿り着くことが出来ました。
彼の居る基地の門で警備員の人に彼を呼び出してもらって、
いよいよの再会でした。
久しぶりのご対面で緊張して、
私は待っている間はどんな顔して会えばいいのだろうかと
フワフワしながら
落ち着き無く考えていました。
数分待っていると、
遠くからだんだんと影が見えて来ました。
彼は、ショッキングピンクの
「Tough guy wears pink」 (だったかな?)
というロゴの付いたTシャツを着て現れました。
そのTシャツは、
私が以前、ある店頭で着てほしいと頼んだもので、
そのとき彼は
「そんなものは着れない(というか筋肉質の人じゃないと似合わない(?))」
と言っていたTシャツでした。
まさか本当に買ってまで
着てくれるとは 思っていなかったので
可笑しかったです。
それからそれから
ご両親と彼と4人で一緒にお食事でも、、、
と思いきや、
ご両親はさっさと家路に附かれました。
私が空港に着いたのが午前9時前で、
目的地には午後の6時前に到着だったので、
ご両親は家を朝の6時には出られて
家に着いたのはきっと深夜だったでしょう。
本当にお世話になって申し訳ないくらいでした。
タイヤまでパンクしてしまいましたし。
その晩は、
軍の経営するホテルに一緒に泊まることになりました。
(寮には勿論泊まれないので。)
そのホテルは1部屋1泊たったの17ドル50セントです。
日本円にして2000円以下。
なんて安いのでしょう。
しかし難点は予約が出来ないということで、
その日のたびにロビーに行って更新です。
それでも安さには代えられません。
荷物を置いて、
留学していたころにホームステイ していた家に
遊びに行きました。
久しぶりに私の親友でもある元ルームメイトにも会えて、
ご飯もご馳走になって楽しかったです。
夜は久しぶりのラブラブっぷりで、
あんまりにもご無沙汰だった私は縮まり放題で
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