入院生活(整形外科編1) << 作成日時 : 2008/02/27 20:10 >>
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入院生活(整形外科編)変形性股関節症→人工股関節全置換術
34日も入院するとなると、いろんな物品を準備しなければなりません。 入院までの5ヶ月半、ネットで入院グッズを調べまくり、S字フックや折れ曲がりストロー、洗濯ばさみ等々買い込みベットに持ち込みました。 いずれのグッズも役に立ちましたが、ベットに寝ていなければならないということはないので、売店でなんでも揃い、売店では人に会える楽しみもあり、あまり持ち込まなくても良かったかなという感想です。 そんな中、持ち込んだ物の中で一番良かったのが、テレラジオでした。テレビをラジオで聞くのですが、見たいドラマをベットで聴くことができました。(単4電池2本入りですが、切れるのが早くって入院中に20本くらい使いました) 手術の翌日は、少し熱もあったのでベットに寝ていましたが、トイレは自力で歩行器頼りに歩いていっていました。 私の場合、左右両方の股関節を一度に手術をしたものですから、「術後の足をかばってよいほうの足を軸にして」などと看護師さんから教わっても、両方術後の足なのだから関係なく、好き勝手に歩行をしていました。 松葉杖になってからは、廊下で歩行訓練を朝5時~6時と夜8時~9時と本当に良く歩き回りました。夏のせいもありましたが、ずっぷり汗をかいて熱いタオルで体をふくとすっきりしたものです。 廊下の次は、階段に挑戦でした。のぼりは楽なのですが、くだりの怖いこと怖いこと。 当時の入院日記から 7/7(木) 入院。貯血400ml、鉄剤点滴400ml 7/8(金) 骨盤レントゲン 7/9(土) 外泊 7/10(日) 7/11(月) 骨密度検査、手術説明麻酔科医師より説明、18時50分~19時主治医より手術説明(午後から説明のため病院に来ていた主人はあまりにも待ち時間が長いためいらだちはじめ、説明も十分聞かず承諾書に印を押し、急いで帰りました) 説明内容:①人工関節は、チタン、セラミック、セメントレス ②骨盤位置を元に戻します。内転筋切り1㎝ ③膝位置を同じにするように努力する ④術後3日目から全体重加重可能な手術をするので歩いてください。 ⑤両側同時の手術は年間5~6件行っている ・時間がかからない変形であること ・貧血のない良い体調の人 ・片側だけの手術ではメリットがない場合 ⑥手術時間2時間~2時間半の予定 7/12(火) AM8:50主治医回診「緊張しとるなあ」、睡眠剤10時服薬 7/13(水) AM5:00排便 よく眠れた 36.0℃ この時、書きとめていたこと 《今日やっと足の痛みから解放される。親からもらった体にメスを入れ股関節を切り除くことに少し抵抗はあるが、私の股関節は、誰の股関節よりもよく動いてくれたと思う。重い体を支え、日本中をICカード普及のため飛び回り、活動的な私の一部であった。これからもっと動き回り今までより一層の私の人生を助けてくれると思う。 願いは、両足の長さが揃い、着物を着て子供達の結婚式に出席し正しい姿で歩ける事。両足の太さが揃えば、スーツを着て歩きたい。若い頃颯爽と自信持って仕事をしていた私に戻りたい。体型に変形があると少し引っ込み思案になり思い切った仕事も出来なかった。両側同時手術という事にも恵まれた今の体調は万全。今日のために人間ドックを受け貧血を治し、歯を治療し、9月という忙しい時期から比較的休めそうな7月に手術日が決まり、生理も済み、乳がん一次検診も受診でき、今までのところ一応はトントン拍子。手術への不安はない。ちょっとだけ、15日の外科細胞診結果、そして8/4のMRI検査、診察と丁度整形外科退院時期と重なるけどどうしようという心配が残る。》 手術13:27~15:16「両側人工股関節全置換術」 この日の娘の記録 12:10 病室出発 12:20 4F手術室着、部屋の手前で「ここまでです」と言われて、母と別れる。「お母さん頑張って」 15:40 手術終了 ICUに入る 18:00 執刀医助手から説明を受ける。 レントゲン写真を見ながら(執刀医はまだ次の手術中のため)手術は無事終了。 両足に人工関節を入れた。 管から自分の血を体に送り込んでいるので後2時間くらいICUにいる。 意識は戻っていて、本人は元気。 家に電話をする。 ICUに母を見に行く。意識がはっきりしていてとっても元気。 20:00 主治医「きれいにはいりましたよ」ここで握手をしました。 17年7月14日(木)術後1日目、入院8日目 17年7月15日(金)術後2日目、入院9日目 入院日が決まったことで、仕事の手順、家の事、入院準備など計画を立て万全の体調で望みたく人間ドックも受け、結果貧血を指摘されたので、診療所で鉄剤の薬を頂き、入院日に備えました。出産以来入院したこともなく、まして、手術なんて始めてのことでしたが、痛みから解放されたい、の気持ち一杯で楽しみでした。貯血のために血液を抜いている間、病棟の主治医(K医師)は心を解きほぐしてくれるかのように、会話してくれました。そして手術、手術室に入ると9名の先生方が準備して待っていてくれましたが、どうしてもO先生の宇宙服姿(手術着)が見たく、麻酔科の先生には少し待って頂きました。 「先生完璧に治してよ。」 あとは意識が遠のいていきました。 右足を触って、「済んだよ。」O先生の声がかすかに聞こえていました。回復室に移ると寒さで体中が震え、その震えで気分が悪く肩が痛く自分の体なのにどうすることも出来ません。電気毛布をいれていただきやっとぬくもりを感じ、ふと足下でなにやら作業をしているK先生を発見しました。なにをしているのか寝ている私には見えませんが気になって聞いてみることにしました。すると、手術中に出た血液を体に戻すための洗浄をしているということでした。回復室から病室へK先生がベッドを押して行ってくれる途中に何針くらい縫ったのか尋ねてみると、36針って先生は言いましたが、あとでわかったことですが、28針でした。家族の顔を見たときはうれしかった。(2005/7/13 手術時間13時27分~15時16分 1時間49分) お尻が痛くソフトマットを敷いていただき術着から私服に着替えです。午後から微熱が出ました。午後8時主治医が様子を見に来ました。このとき術後1日だというのに「足を上げてみて」ですって。上がるはずもなく、しかし、「甘えないで足上げて」またもや急かすような言葉です。腹が立ちますよ。「クソっ」思いっきり力を入れて足を上げてみました。 するとどうでしょう。あがっちゃいましたよ。しかし、微熱は丸一日続きました。 S医師にドレーンを抜いていただき、(ロキソニン服薬)歩行開始です。職場からお見舞いのお花が届きました。「どうもありがとう」シャンプーし、体を拭き午後から熱も下がり(しかし水枕ははずせません) 昼食のカレーライスをおいしく食し、夕食も完食しました。
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