《109分》(2007.9.21投稿)
2005.7.13 1時間49分(109分)変形性股関節症のため人工股関節に入れ替えに要した手術時間です。左右両方の股関節に変形がひどく一度の手術で左右同時に人工股関節に全置換しました。このとき初めての手術でした。痛みから逃れたいの気持ちが一番で、仕事のことや費用のことや家族への負担など二の次になっていました。
私の両足にはこの人工股関節がはまっています。私の体を支えています。手術直後の写真です。あと10分早く手術が終わっていれば100分切ったのに今となっては少々残念。

《59,790円》(2007.9.22投稿)
この金額は、入院費用です。 
両側人工股関節全置換術に要した自己支払額です。 
更生医療制度の適用を受けました。(17年7月13日)。 
乳房温存術では、自己負担額179,500円。(17年9月14日)。 
腹式子宮全摘術、両附属器切除摘術では、186,115円。(19年1月9日)。
いずれも社会保険本人3割負担額です。 
18年1年間乳がん治療などに要した医療費169,980円。 
確定申告で12,560円の還付を受けました。

《2年半検診》(2007.12.16投稿)
昨日こけてしまいました。やはり右をかばったので、左半身青たん一杯です。腰も肩も打ったようです。幼少期にこけたときと同じ。思いっきりど~んでした。
明日、整形外科受診なのになんという真の悪さ。
外科の検査もあります。薬を10月に変更したのでその副作用のための検査です。外科は、検査だけで、1月11日が診察日になっています。とっさの動作が出来なくなっています。体重増加の副産物ですね。
整形外科の受診予約が9時30分です。17年7月の手術でしたから術後2年半目の検診ということになります。家からだとちょっとしんどい時間なので、今日から大阪へ行きます。遠いと大変です。予約時間であってもたぶん1~2時間待ちが当たり前なのですが、早朝だから大幅にはずれ込まないと思っています。
10時15分から外科の低塩定量測定検査なので、うまく時間がいけばいいと願っています。
そして、オーダーメイド医療実現化プロジェクト追跡調査に承諾をしているので、そのための採血もしなくてはなりません。がん患者の血液と問診とで今後のオーダーメイド医療を実現するためのデータ収集のようです。1年ごとに採血します。前回が18年12月26日でした。明日は2回目の採血になります。採血期間には幅があって10月26日~2月26日の間に採血をしてほしいということでした。次回1月11日外科の採血もあるので、時間の余裕がなければ、1月にしましょう。

人工股関節(変形性股関節症) << 作成日時 : 2008/02/17 08:22 >>
昨年10月某社に応募し落選した体験談です。

「運命2005/1/27」
両足で真っ直ぐに立って、歩いています。毎日、感謝をしながら楽しく歩き回っています。長い間歩ける喜びを忘れていました。この喜びを思い起こさせてくれた執刀医のO医師に感謝をしています。O医師との出会いは運命的で摩訶不思議なきっかけでした。
2004年9月から暮れにかけて、痛み止めの薬の量を増やしながら勤務を続けていましたが、新年を迎えるともう歩けなくなっていました。病名両変形性股関節症、びっこを引きながら、不自然な姿で歩く為、体中に痛みが走り顔は歪んでいました。限界を感じた時、大阪城の見える病院に股関節の手術の上手な医師がいるという噂を耳にしました。わずかその二日後、国立O病院の整形外科へ出向いていました。噂の名医の名前もわからず大阪城の見える病院が、本当にこの病院なのか確信もなく、半信半疑のまま診察を待っている患者さん達に聞いてみることにしました。皆さん口々にO医師が名医であると言います。続いて、受付にいた綺麗な看護師さんに尋ねました。
「この病院に股関節専門の有名な先生はいますか。」
「それは、O先生ですよ。今日は外来の初診です。診て頂けますよ。診察しますか。」
紹介制度の病院で紹介状もなく飛び入り受診をする事になり、レントゲン撮影後、O医師との対面です。この先生が噂の名医なのだろうか、疑問のまま診察です。レントゲンフィルムと私の顔とを交互に見ながら、O医師は、左右同時に人工股関節全置換の手術をしましょうと勧めました。噂の真意を確かめに来ただけなのに、7月7日入院が決定しました。
 その後、6月11日(土)病院内でO医師の変形性股関節症についての講話がある事を知り、参加してみると大勢の方々が集まってきているのにびっくりし、ここで改めてO医師の人気ぶりと股関節症で悩んでおられる方が多いのを知りました。この日手術に必要な意見書が、手違いで、様式の違うものが郵送されてきたのを正しい書類に書き直しをO医師にお願いをしてみると、講演会が終われば書いてあげると気軽に請け負っていただき、ほっとしました。病院の文書係の手落ちなのにO医師に文句をぶつけると
「そんなに怒りな。まだ慣れてない職員もいる。今書くから。」
O医師は気さくであり、安心しました。休日の整形外科外来は暗く私一人のために診察室の鍵を開け書類に記入をしてくれました。あの日、病院を訪れなければ、また、あの綺麗な看護師さんに受診を促されなければ、そしてO医師の診療日でなければ、O医師との出会いはなかったし、今、痛みも無く綺麗に歩いている姿はなかった。運命の2005年1月27日忘れることが出来ない日となりました。                           
いよいよ、手術日、手術室に入ると9名の先生方が準備をして待っていてくれました。O医師は宇宙服姿(手術着)でした。
「先生完璧に治してよ。」
あとは意識が遠のいていきました。
右足を触って、
「済んだよ。」
O医師の声がかすかに聞こえました。手術時間は両足で1時間49分でした。家族の顔を見た時はうれしかった。3週間の入院生活では、颯爽と歩いて帰るという強い意志で自主トレーニングに励みました。その結果、杖もつかず8月退院出来ました。しかし入院中に検査をした乳ガン検査の結果、
「左乳ガンです。手術しましょう。」
と外科の先生からあっさり告知され、耳を疑いましたが、逃れることが出来ず
「何故私が癌なの、何故」
頭の中でこの言葉が堂々巡りをしていました。素直に病気を受け入れることができず、気が付いたときには、O医師を訪れていました。
「人工関節の寿命と癌の再発による寿命と・
・・もう仕事もできない・・・」
O医師は、とぎれとぎれの私の言葉をじっと最後まで聞いてから
「大丈夫やで、人工関節は15年はもつ」
カルテを見ながら、
「大丈夫と書いてある。」
先生の言葉を聞いて少しずつ少しずつ気分が落ち着き、午後外科に入院をしました。逃げ出したかったこの日、もしO医師の言葉を聞くことが出来なかったら、今の私は無かった。9月14日乳房温存手術を受けホルモン治療を続けながら、職場復帰も出来、癌再発の恐れはあるものの、術後2年目を迎えた2007年、7月両股関節に入れた人工関節は私の体と一体化し、O医師の診察では
「歩き方、格好いいよ」
の言葉と合格印をいただきました。まだまだ、乳ガンの治療は続きますが、来年7月11日整形外科3年目の診察予約日、O医師に元気良く歩く姿を見て頂くのを楽しみに、現在水中ウオ-キングで筋肉強化中です。

変形性股関節症 術後経過 << 作成日時 : 2008/02/21 05:53 >>
人工股関節のコキコキ音
執刀医は、異常音は、4ヶ月続くのは稀であり、その後3ヶ月続くなら受診しなさい。とのコメント。
この期間が丁度今日。しかし、首をかしげると音が出る。指を折ると音が出る。と同様歩くと人工関節から「コキコキ」?????
痛みがあるときと、ないときと(無いときの方が多い)あるけど、凄く心の中で葛藤中。
執刀医助手に聞いてみると、歩幅を小さくして歩いてください。との事。
執刀医も同じ回答。
これらの言葉の物足りなさがわかりますか?
私はすっごく、不安です。(すぐ冷める性格なので大丈夫。)
乳がんの再発の不安もありますが、それ以上に、稀にしか起こらない現象がなぜ私に起こるの???