特別展 平 清盛 (全国巡回展)
国宝「平家納経」など、世界遺産・厳島神社の至宝、堂々公開!
今から900年前、貴族政治が衰退して混迷を深めた平安時代末期に、平清盛は瀬戸内の制海権を手に入れ、武家の棟梁となり、太政大臣にまでのぼりつめます。海に浮かぶ華麗な厳島神社を造営し、一族の繁栄を願って「平家納経」を奉納しました。日宋貿易を推進し、東アジア世界とつながる新しい国のあり方を模索しました。
この展覧会では、世界遺産・厳島神社に伝えられる多数の至宝をはじめ、平清盛や平氏一門にまつわる作品、ゆかりの人々の肖像画や書、源平合戦を描いた絵画、この時代の文化を象徴する美術工芸品などを一堂に紹介し、平清盛の実像に迫ります。 ( 抜粋 )
出品点数 166点(会期中、展示替えがあります) 会期場所により 一部展示変更あり。
平清盛展が広島・東京・神戸・京都で開催、 広島県立美術館は4月から
広島県立美術館
開催期間:2012年4月21日から6月3日まで
京都府京都文化博物館
開催期間:2012年6月16日から7月17日まで
○図録 日本写真印刷
○展示品イヤホーンガイド 深田恭子さん (平時子役) レンタル
☆平清盛展 は、5つの章に分けられ 構成されていて
第1章 平氏隆盛の足跡 では
平清盛の生い立ちからの歴史を 事件や出来事を絵巻などで
辿りながら平氏の勢いが盛んになるその足跡を探る。
第2章 清盛をめぐる人々 では
平清盛をとりまく個性的な人物を紹介。
流行歌好きの後白河法皇、西行法師、鳥羽離宮らの
肖像画などが展示されます。
第3章 平氏の守り神 厳島神社 では
宮島・厳島神社に平清盛が平氏一門の反映を願って
奉納・寄進した 平家納経や宝物が大公開。
厳島神社に所蔵されていた 国宝たちが沢山展示されます。
第4章 平氏の時代と新たな文化 では
平清盛が中国・宋と交易を進めたことでもたらされた
先進的な文化の下で生まれた 磁器などが展示。
博多・神戸・京都で出土した青磁碗や磁器が登場。
第5章 平家物語の世界 では
平清盛が没してから、源氏の攻勢に追われて
壇ノ浦の合戦で平氏が滅亡するまでの歴史を絵画作品
を通じて感じることができます。
平氏・ 平清盛 と厳島神社
忠盛没後、清盛は父が携わっていた高野山大塔の再建工事を引き継ぎ、その落慶供養は1156年(保元6年)4月に執り行われた。この時、老僧が現れて清盛に厳島神社の造営を勧め、それによって官位昇進があると予言した。
正三位に列せられた清盛は老僧の言葉を実現すべく1160年(永暦元年)8月、初めて厳島神社に参詣した。
後、厳島神社が平氏崇敬を受けて平氏の氏神となった経緯には、清盛に対して様々な働きかけをした当時の神主・佐伯景弘(かげひろ)の功が大きく、彼は後に「平」姓を名乗ることを許されている。
平家の更なる繁栄を期して祖父・正盛が開始し、父・忠盛が携わった日宋貿易を拡大しようと図った清盛にとって、厳島神社は日宋貿易航路の守護神でもあった。 1158年(保元3年)太宰大弐に任ぜられた清盛は、太宰府に赴任することはなかったが、宋商船が運んでくる唐物に強い興味を抱き、やがて宋人を太宰府から瀬戸内海へと招いた。 |
瀬戸内へ宋人を招聘するような清盛の行動は当時の貴族達から驚異の目で見られたが、清盛は航路整備のために大輪田泊を整え、各地の津泊を整備する等、着々と交易拡大への行動を開始した。 平家一門や皇族・貴族の厳島参詣は年々頻繁になり、このための海上ルートがそのまま宋貿易へのルートとなっていった。 厳島神社へ貴人の参詣が頻繁になるにつれて厳島神社内の組織も整備され、社家方・供僧(くそう)方、内侍(ないし)方と呼ばれる社人組織により神社運営が行われた。 後、厳島内侍と呼ばれた巫女は本内侍と権内侍に別れ、本内侍は8階級に分けられて8人の巫女がこれを勤めた。内侍は巫女として神事に携わる一方、貴人の遊女としての役目も果たしていた。清盛の寵愛を受けて安芸御子姫君を産んだ厳島内侍も本内侍の一人と推測される。 |
1167年(仁安2年)清盛は太政大臣に昇進すると再び厳島神社を詣でて平家納経最後の経巻・般若心経を納めた。 平氏一門の参詣が頻繁になる中で、厳島神社の神主・佐伯景弘は清盛の援助を得て こうして海上に浮かぶ豪壮・華麗な寝殿造の社殿は平家一門の帰依を受け、安芸国の一宮となった。
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1170年(嘉応2年)、厳島神社の再修築、平家一門による納経、後白河法皇の参詣、中宮徳子の安産祈願のための奉幣使参詣・・・・清盛の厳島神社崇敬が深くなる一方、1177年(治承元年)鹿ヶ谷の陰謀発覚による藤原成親・藤原師光(西光)の殺害、藤原成経・平康頼・俊寛の鬼界ヶ島(現・硫黄島)への配流、この事件による後白河法皇との亀裂の深まり・・・と絶頂期の清盛の上にかげりが見え始めた。 (抜粋)
○『平家納経』(へいけのうきょう)は、平安時代 に平家 一門がその繁栄を願い、厳島神社 に奉納した経典 類の総称。 法華経 30巻、阿弥陀経 1巻、般若心経 1巻、平清盛 自筆の願文1巻と、経箱・唐櫃からなる。経典に施された装飾は絢爛豪華で、平家の栄華を今に伝えている。平安時代の装飾経 の代表作で、当時の工芸を現代に伝える一級史料でもある。 経典を筆写したのは平家の一族で、清盛・重盛 ・頼盛 ・教盛 など。それぞれ一巻を分担する形で筆写した。長寛 2年(1164年)に厳島神社に奉納されたが、各巻の奥書を参照すると、全体の完成には仁安 2年(1167年)までかかったことがわかる。
昨日博物館で展示を見たが、 私にとっては面白かった。 平家の相関図・血統図 をできれば、もって回っていきたかった。
五つの構成に わかれているので、 はいっていきやすかった。 展示を見るたび、 ドラマ平清盛 の影響を かなり受けているので、 登場人物、演技者 などに 重ねあわせながら、知らなかった歴史や関係を知ることができて 興味深かった。
特には、厳島神社の展示がかなり多いが、展示物も興味深かった。 なぜ、そこまで、平清盛が 厳島神社 を崇拝したのか。。。? もう少し知りたくなった。 厳島神社、 広島宮島にも旅行に出かけてみたくなった~♪。 今日も平清盛 を見よう~♪
神戸では、kobe de 清盛2012 ドラマ館・歴史館 開催中。 会期2013年1月14日まで。
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