YouTubeの動画で転売ヤーが、「よくないことを自覚しているが、こっちも努力している」的な発言をしてました。
それに対して、「努力の方向が違う」や「転売行為を正当化してるだけ」のようなコメントがありました。
確かにそうだと思いますが僕は、「努力してるから何?」と思いました。
多分、「努力していればそれは良いこと」、もしくは「努力自体がいいこと」のようになるのでしょうか。
僕は努力とは「目的を達成するための確率を上げる行為」だと思います。
それ自体に「良い」とか「悪い」はないと思います。
「努力」=「美徳」のような風潮はこのような言い訳や、免罪符につながってしまうと思うのですが?
(ただ、「結果」だけを求めると不正などの可能性があるために、「ちゃんと努力しなきゃダメだよ」と言って過程を重要視したのではないかとも思います。)
例えば常人からしたら想像を絶するような努力をした人は「偉い」というより、言ってみれば「それだけその目的に執着していた」ということだと思います。
公益のために努力をした人などは社会が積極的に讃えるべきだと思いますが、自分の欲望を満たすための努力は私利私欲を追求しただけの個人的なものでしかないですよね。
そんなもん「だから何?」としか思えないし、言い訳にもならないだろ🤣。
そうなると、重要なのは「努力をしたか?」ではなく「社会に価値を生んだか、迷惑をかけたか」なのではないでしょうか?