女の晩秋になってから新たな道を切り開いていくなんて過酷だ。

でも小学生のころ書道では賞を何回も取っている。好きと才能があるとは違う。

もしかしたらそちらのほうに才能があったかもしれない。

しかし、わたしの家の裏で叔母が書道塾をやっていたので、どうしてもその苦労を知っているので好きではなかった。

洗っても墨が取れず、学校へねずみの足のままに行ったので良く笑われれたりした。

 小説家を志したために人生39年も誤った。ほんと苦しい!牢獄にはいっていたようだ。

小説家の先生にわたしの苦しみがわかるか? 

 

 

 

 

 

 年を重ね、ますますしがらみが多くなり、わたしはあれだけ命をかけていた小説を書くペンを捨てた。決していいわけではない。

わたしはどんな時でも3時に起きて勉強していた。

認められられなかったのが一番の 理由かもしれない。

 

わたしも人格のある人間だ。ゴミのように扱わないで。

大人になってもコミュ二ケーションが苦手だから

文章で書く。

努力が勲章にならないときもある。.