15年前…


娘は8歳、息子は5歳だった。


私は、家計を助ける為と、根っからの働き者で…


子供が寝てる間に出来る仕事、新聞配達をしていた。


3年目だった。





あの日…1月17日…


私はいつもの様に4時に起きて、配達所に行き、200軒配達の段取りを取り、配達をスタートした。


なんだか、いつもと違う空気だった。


もう、配達も終わりに差し掛かる頃、他の新聞配達員(3人)と暗黙にあるマンションの駐車場に集まり、缶コーヒーを飲む習慣があった。


『なんか、今日、変ちゃう?』

『やんなぁ…市民病院のカラス、静かやな~』

『雨かな…空気重いわ…』

『早く配達して帰ろ!』

『じゃあ、また明日!』

『明日ね~』


と、3人は別れた。




私は、後、10軒ほど配達して終わりだった。


ワンルームのマンションの2階に配達し、階段を降り、マンションの入り口に手をかけた時…




5時46分を迎えた…



ガガガガガと揺れた…


上に下に右に左に…


生まれて味わった事の無い恐怖が、身体の真ん中に突き刺さった様に感じて…


ただただ、恐くて


入り口の手すりにしがみつきながら、ズルズルとしゃがまざるをえなかった!


マンションの部屋から『キャー』『助けて!』と悲鳴が聞こえた!


その間も、ダンダンダンと地面は弾み続く…


マンションの向かいの家がバキバキガラガラと音がするが、一体その家がどうなってそんな音がするのか分からなかった。


目をつむってしゃがみながら…


イタ○空港の飛行機が事故か何かで、住宅地に飛び込んできたんじゃないか!!


それか、この世の終わりの裁きの何かが走り去っていったんじゃないか!


と、頭の中は錯乱した…


やっと、地面の振動がおさまったが…足ががくがくして、這ってマンションのドアを開けて外に出たら…


土煙の匂いが鼻をついた。


私の自転車に瓦が積もってる…


(なんでなん?なんの瓦なん?)


見上げたら向かいの家の屋根が無かった…


家の人が外に出て『地震や~~!』と叫んだ!


私は(これ!地震なんや!)と初めて分かった。


家は?

家は?

どうなったん!?!?


色んな人が出てきだした。


私はやっと立てて、自転車にかぶさった瓦をどけて、もう配達せずに配達所に戻った。


娘は?息子は?


そう焦る気持ちが自転車を漕がせた。


まっすぐ走れなかった。


分からないけど、涙が出てきた。


配達所に戻ると配達を終えた人達が騒いでいた!


『すんません!10軒くらい配れてないけど帰ります!』


『ええで!はよ帰り!』




家の玄関を開けたら…玄関の下駄箱が倒れて家に入れない!


『皆、大丈夫なん!!返事して!!』


下駄箱を持ち上げて家に入るが…
壁が落ちて、家の中も砂だらけだ!


もう、靴まま家に入った。


相方が子供二人を抱いてた。


私はかけよって二人を抱きしめた。


二人はガタガタと震えていて、私の顔を見て、大きな声でやっと泣き出した。


恐くて泣けなかったのだ。


相方が隣や近所の安否に出掛けた。


私は子供達が落ち着いた様子を確認して、家を片付け、ガスや電話の確認をした。


それから、テレビで被害の大きさがだんだん分かりだした。


どうなったんだろう?

どうしたらいいんだろう?

どうなるんだろう?


と、今までと違う不安が襲ってくる。


なのに、睡魔が襲ってくる。


子供と抱き合って寝てしまった。






阪神大震災…


あれから15年も立つというのに…


忘れないものですね。


まだまだ、この震災にまつわる想いはたくさんありますが…


胸が痛くなるので、また今度機会があれば書きます。





震災で亡くなられた方々…ご冥福を祈ります。