基督教はパウロが始めたといふ説を本で讀むだ。これも西洋中心史觀の一つであらう。西洋に基督教を廣めたのはパウロだが、オリエントの基督教はパウロが廣めた訣ではない。

 

 

オリエント世界に基督教を廣めたのは、イエスの雙子の兄弟とも云はれるトマスである。印度や一説には支那まで布教して歩いた。そして少くとも五百年前には、この宗派が基督教の最大派閥だつた。

 

 

日本人は基督教に疎い人が多いので、イエスの兄弟と聞くと驚くかも知れない。マリアは處女ぢやないの、といふ訣だ。だが、聖書(マルコの福音書)によれば、イエスには少なくとも四人の男兄弟の名と名前は不明だが複數の女の兄弟がゐた事が明記されてゐる。

 

 

勿論、カソリックなどでは、この「兄弟」は從弟の事だと解釋されてゐる。日本人なら平氣で聖書を書換ただらうが、西洋の文化は註釋だけで本文を書換たりはしないのである。

 

 

話をオリエントの基督教に戻す。この宗派は五世紀くらゐに公會議で異端とされてゐる。だがどう考へても正統な夲體よりは廣範囲に布教せられ、信徒の數も本體より多かつたはずだ。

 

 

このオリエントの基督教は景教といふ。日本にも奈良時代に傳來してゐる。誰ですか、基督教はフランシスコ・ザビエルによつて戰國時代に傳來したなんて言つてゐるのは。それは西洋中心史觀ですよ。

 

 

トマスが布教した印度や支那は、已に猶太人の共同體が存在していた。パウロと異り、トマスは猶太教徒以外には布教しなかつた。だつて、基督教つて本來は猶太教の諸派だもの。

 

 

しかし、時代が下るとオリエント世界にも明らかに猶太人以外の基督教徒が現れてゐる。例へば元史などを讀むと澤山の基督教徒が出て來るが、かれらはほとんどが猶太人ではない。

 

 

江戸時代に平田篤胤が書いた基督教の解説書には、「煉獄」などの西洋の基督教では重要な概念が出て來ない。何故なら篤胤は、支那の景教の文獻を種本にしてゐるからだ。

 

 

僕にはかうしたオリエントの基督教がパウロによつて作られたやうには想へないのだが、如何なものだらう。因みに西洋世界では景教の事をネストリウス派と呼ぶ。

 

 

正式名稱はアッシリア正教會とかいつて、現在でも百萬人くらゐの信者がゐる。囘教徒の多いイラクでいぢめに會ひ乍ら信仰を守つてゐる。イエスが話したとされるアラム語の聖書を使用する人々である。