夜中にふと目が覚めた。
時間を確認するためスマホに手を伸ばそうとするも動かない。痺れているのかと思うのも束の間、腕どころか全身が動かせないことに気が付いた。

「……。……?……!?」

(声も出ん……)

金縛りだと思い至る。動かせる部位を探るも見つからず、目は開いているのかどうかもわからない。耳はキンキンと鳴っている。痛い。
腹部には違和感。何かが乗っている。勘違いだろうか。わからない。
飼い猫ならいいが、幽霊であれば厄介である。

金縛りは睡眠障害が原因で起こるのだと聞いたことがある。しかし、それが霊の否定につながるとは私は思わない。金縛りの原因が一つだなどと誰も言っていないからだ。
故に私は、身体を動かそうともがいた。怖かったからだ。
しかしピクリともしない。まるで死体である。耳が痛い。

(くそったれが、全く動かせやしねぇ。どうしたもんかね。耳痛ぇし)

力が入らない。何も見えない。耳が痛い。

(幽霊に怨みなんぞ買ってないつもりなんだがなぁ……)

耳が痛い。

(…………)

── ブチッ ──

(耳が痛ぇんだよクソがぁッッ!八つにバラすぞクソ幽霊がぁッッ!!)

怒りに任せて幽霊を殴る。何度も。何度も。何度も。何度も。
無論頭の中での話だ。現実は無情である。拳どころか指の1本も動いてはいない。役立たずめ。

(んぎぎぎぎッッ!! 動け俺の腕ェッッ!!)

やはり動かないのか……?

(絶対にぶん殴ってやるからなぁッッ!!)

知ったことではない。

(クソッタレがぁッッ!!)

動け。

(俺の身体ならァ!)

動け。

(俺にィ!)

動け!
(逆らってんじゃねぇぞおらぁッッ!!」

金縛りが解けた瞬間。放たれた矢のように目の前を殴りつける。手応えは、ない。

「クソボケがぁッッ!!」

もう一度殴りつける。やはり手応えはない。不愉快だ。

「ん"あ"あ"あッッ!!」

次は手応えがあった。壁に当たったからだ。めちゃくちゃ痛い。

「ん゛ん゛ん゛ん゛ッッ!!」

怒りで狂いそうだった。いや狂っていた。本気で幽霊をぶん殴ってやろうと思っていた。
頭をガリガリと掻き毟る。歯がギシリと軋んだ。

「……潰す」

ふらつきながら立ち上がる。壁を伝い台所へと歩を進めた。

「舐めてんじゃねぇぞクソが……」

一つの瓶を取り、手を濡らしたあと中身を振りかけた。
目的はひとつ。

ゲ ン コ で ボ コ る

「成仏しろやゴラァァッッ!!」

塩をまぶした拳で暴れまわる私は、この瞬間誰よりも狂っていたに違いない。将来どころか既に黒歴史である。いっそ殺せ。

※こんなことをしても除霊はできません




朝になると、何事もなかったかのように目が覚めた。
結局幽霊はいたのだろうか。私にはわからない。

ただひとつだけ言えることは、部屋が塩まみれだということ。



足の裏が

ざらついた。