2022年4月掲載

2025年3月30日改訂・再掲載

2025年5月13日改訂

 

近年、老朽化によって後継品種に置き換わりつつある'染井吉野'。本項では、ソメイヨシノ系の品種について掲載します。

 

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【種間雑種・ソメイヨシノと栽培品種・染井吉野】

 ソメイヨシノ '染井吉野' の学名は、Cerasus × yedoensis ‘Somei-yoshino’である。

 学名はラテン語で表記され、Cerasus × yedoensis はエドヒガンとオオシマザクラの種間雑種・ソメイヨシノ、‘Somei-yoshino’は栽培品種・染井吉野(エドヒガンとオオシマザクラの種間雑種のうちの特定の1品種)を意味する。種間雑種・ソメイヨシノ(エドヒガンとオオシマザクラの種間雑種のサクラすべて)と区別するため、栽培品種・染井吉野を指す場合は'染井吉野'のように名前をシングルクォーテーションで括って表記することが望ましい。 

 

【染井吉野と後継品種】

ソメイヨシノ '染井吉野'  学名:Cerasus × yedoensis ‘Somei-yoshino’

 日本を代表するサクラの栽培品種であるが、その生い立ちはよくわかっていない。江戸時代末期に、江戸の染井村(現:東京都豊島区駒込)の植木屋から吉野桜の名で広まったことは記録されている。ただし、奈良県の桜の名所である吉野に多いヤマザクラとは異なることが明治時代に明らかになり、「染井吉野」と名付けられた。さらに、全国のサクラを調べた結果、野生では見られない栽培品種であることが明らかになった。韓国・済州島起源説も示されたが、1916年に日本のサクラを西洋に紹介したE.H.Wilsonはエドヒガンとオオシマザクラの雑種説を唱えた。そして、1960年代に竹中要が実際に育成した種間雑種などと比較した一連の研究成果から、エドヒガンとオオシマザクラの雑種説が広く認められるようになった。現在ではDNAの分析結果からもエドヒガンを母親(種子親)、オオシマザクラを父親(花粉親)とすることが確認されている。また、竹中は1959年に静岡県伊豆半島の船原峠・黒岩の山中でエドヒガンとオオシマザクラの自然雑種と推定される品種・船原吉野を発見している。伊豆半島にはエドヒガンが自生することに加え、オオシマザクラも南部に自生し、北部にも広く栽培されている。染井吉野の起源を研究していた竹中は、染井吉野が自然発生したものなら出生地は伊豆半島であろうと推察した。

 開花時に若葉が混じらない点はエドヒガン、花が大輪の点はオオシマザクラの形質である。接木によってクローン増殖されたため、元々は1本の個体である(サクラは自家不和合性のため、'染井吉野' の実生は他種との雑種である)。生長は早いが寿命は短く、てんぐ巣病に弱い。但し、適切な手入れをすれば100年以上生きる。

 戦後に広く植栽されたが、近年では寿命を迎えつつあり、ジンダイアケボノ(神代曙)やコマツオトメ(小松乙女)などの後継品種へ置き換えが進んでいる。てんぐ巣病拡大防止のため、公益財団法人日本花の会は2005年度から'染井吉野' の苗木の配布を終了し、2009年度からは販売も終了した。

'染井吉野'の花。桜の代表品種だが、今後は減っていくのだろうか?2019年4月7日、東京都稲城市にて撮影。

'染井吉野'の老木(2025年4月8日、東京都小金井公園にて撮影)。'染井吉野'は、植えてから約20~30年で最も見頃な状態となるが、その後は花つきが悪くなり、観賞価値が下がる。

青森県弘前公園には、1882年に植栽された'染井吉野'が現存する。青森県ではリンゴ栽培の技術をサクラにも応用し、大胆な剪定を行い、多量の肥料を与えることで、'染井吉野'の樹勢を維持している。

樹皮。

 

アメリカ 旧名:アケボノ(曙) 学名:Cerasus × yedoensis ‘America’

 ワシントン州で栽培されているソメイヨシノの実生選抜とも、カリフォルニア州サンノゼ市で発見したものから作出したものともいわれる。日本にはアケボノの名で導入されたが、同名の品種があったためアメリカに改名された。花は大輪で'染井吉野'より色が濃く、満開時には若葉が若干出る。樹皮や枝振りは'染井吉野'に似る。

アメリカの花。2025年3月30日、東京都新宿御苑にて撮影。撮影時はアメリカが9部咲き、染井吉野は5部咲き程度であった。

 

ジンダイアケボノ(神代曙) 学名:Cerasus × yedoensis ‘Jindai-akebono’

 原木は東京都神代植物公園にある。同園で栽培されていたアメリカのうちの1本が異なる特性を現し、1991年に命名された。花弁先端の紅色が濃く、葉形や枝振りにエドヒガンの形質が強く現れている。'染井吉野'より花期は若干早く、樹高も低い。てんぐ巣病に罹りにくく、'染井吉野' の代替品種として推奨されている。

神代曙の花。2024年4月2日、東京都国立劇場にて撮影。

2023年3月21日、東京都国立市・さくら通りにて撮影。さくら通りは染井吉野の並木であったが、近年では老朽化した個体から神代曙に順次置き換えられており、2024年3月現在では染井吉野と神代曙の比率が半々程度になっている。撮影時は神代曙が満開、染井吉野が5分咲き程度であった。花は開花が進むと白っぽくなる。

 

コマツオトメ(小松乙女) 学名:Cerasus spachiana ‘Komatsu-otome’

 原木は東京都上野公園の小松宮銅像付近にある。学名はエドヒガンの栽培品種となっているが、'染井吉野'とエドヒガンとの子と考えられている。花期は神代曙より遅く、'染井吉野'より早い。花色は'染井吉野'とほぼ同じだが、花弁が丸い。葉形・枝振り・樹皮にはエドヒガンの形質が強く現れている。

小松乙女の花。2023年3月20日、東京都・国立劇場にて撮影。同所には神代曙も植栽されているが、神代曙が7~8分咲きなのに対し、小松乙女は5分咲き程度であった。花は'染井吉野'や神代曙より若干小さい。 

2024年4月7日、東京都上野公園にて撮影。満開時は花が白っぽくなる。

 

【ソメイヨシノ系の品種】

 ソメイヨシノ系の品種には、他に以下のような品種がある。

A:エドヒガンとオオシマザクラの実験的交配の実生

アマギヨシノ(天城吉野) 学名:Cerasus × yedoensis ‘Amagi-yoshino’

 1957年に竹中要が、静岡県三島市・国立遺伝学研究所でエドヒガンにオオシマザクラを交配させて育成した品種。染井吉野の起源の研究に多くの材料を提供してくれた伊豆半島の天城山に因んで名付けられた。

2024年4月2日、東京都上野公園にて撮影。撮影時は天城吉野が満開、染井吉野が3~5部咲き程度であった。

 

イズヨシノ(伊豆吉野) 学名:Cerasus × yedoensis ‘Izu-yoshino’

 1957年に竹中要が、静岡県三島市・国立遺伝学研究所でエドヒガンにオオシマザクラを交配させて育成した品種。'染井吉野'より萼などに毛がやや少ない。研究に関係が深い伊豆半島の「伊豆」と染井吉野の「吉野」を組み合わせて名付けた。

2024年4月2日、東京都上野公園にて撮影。天城吉野と同様に、大輪の花をつける。

 

ミカドヨシノ(御帝吉野) 学名:Cerasus × yedoensis ‘Mikado-yoshino’

 静岡県三島市・国立遺伝学研究所で染井吉野の起源を研究していた竹中要により、オオシマザクラにエドヒガンを交配して育成・選抜された。大輪で香りがある。

2024年4月2日、東京都小石川植物園にて撮影。上野公園にも植栽されている。

 

B:'染井吉野'の子

スルガザクラ(駿河桜) 学名:Cerasus × yedoensis ‘Suruga-zakura’

 竹中要が1951年に静岡県三島市・谷田城の内にあった'染井吉野'の実生から育成した品種。オオシマザクラが交雑したと推定される。

2024年4月2日、東京都国立劇場にて撮影。オオシマザクラの特徴がよく現れており、大輪の花をつける。

 

ミシマザクラ(三島桜) 学名:Cerasus × yedoensis ‘Mishima-zakura’

 竹中要が静岡県三島市・谷田城にあった'染井吉野'の実生から育成した品種。オオシマザクラが交雑したと推定される。

2024年4月2日、東京都小石川植物園にて撮影。撮影時は5部咲き程度であった。

 

ソメイニオイ(染井匂) 学名:Cerasus × yedoensis ‘Somei-nioi’

 竹中要が伊豆大島・大島公園の'染井吉野'の実生から育成した品種で、オオシマザクラが交雑したと推定される。

2024年4月10日、東京都小石川植物園にて撮影。花期は'染井吉野'より少し遅い。

 

ナニワザクラ(浪速桜) 学名:Cerasus × yedoensis ‘Naniwa-zakura’

 伊豆大島・大島公園の'染井吉野'の実生から1957年に育成した品種で、オオシマザクラが交雑したと推定される。

2024年4月10日、東京都小石川植物園にて撮影。花期は'染井吉野'より数日遅い。

 

ショウワザクラ(昭和桜) 学名:Cerasus × yedoensis ‘Shōwa-zakura’

 竹中要が1959年に静岡県三島市・国立遺伝学研究所で、伊豆大島・大島公園に植えられている'染井吉野'の実生から育成した品種で、'染井吉野'とオオシマザクラとの雑種と推定されている。

2024年4月10日、東京都小石川植物園にて撮影。花期は'染井吉野'より1週間ほど遅い。

 

ウスゲオオシマ(薄毛大島) 学名:Cerasus × yedoensis ‘Candida’

 神奈川県真鶴町で発見された品種で、栽培されている'染井吉野'と野生のオオシマザクラとの間に生じた自然雑種と推定されるが、'染井吉野'が自家受精して生じたという説もある。真鶴地方にはこの品種に近い型のものが比較的多く、伊豆半島や房総半島でも近似のものが見られている。

2024年4月10日、東京都小金井公園にて撮影。花期は'染井吉野'より数日遅い。

 

ソトオリヒメ(衣通姫) 学名:Cerasus × yedoensis ‘Sotorihime’

 1957年に静岡県三島市・国立遺伝学研究所で、伊豆大島・大島公園に植えられている'染井吉野'の実生から育成した品種で、'染井吉野'とオオシマザクラとの雑種と推定されている。

写真は東京都小金井公園にあるソトオリヒメに似るサクラである。この個体は開園前の農家の土地であった頃に実生で誕生したサクラで、樹齢80年を超す。'染井吉野'とオオシマザクラの雑種と思われ、'衣通姫に似る'という名で呼ばれてきたが、2025年3月30日に新しい呼称として'春のきせき'という名がつけられた。2025年3月30日撮影。撮影時は'春のきせき'が満開、'染井吉野'が3~5部咲き程度であった。

 

<参考文献・ホームページ>

・大原隆明 サクラハンドブック 文一総合出版 2009年

・浅田信行 さくら百科 丸善 2010年

・勝木敏雄 桜 岩波新書 2015年

・勝木敏雄 桜の科学 サイエンス・アイ新書 2018年

・多摩森林科学園 桜めぐりマップ サクラ保存林で見る染井吉野の仲間

日本花の会ホームページ

春を彩る桜を知ろう!