2017年11月掲載

2022年11月23日改訂・再掲載

2024年5月3日改訂

 

和名:イチイガシ(一位樫)

学名:Quercus gilva

別名:イチガシ

分布:本州(千葉県以西の太平洋側、島根・山口県)・四国・九州(対馬を含む)。済州島、台湾、中国。

樹高:20~30m 直径:150cm 常緑高木 陰樹

 

房総半島以西の温暖多雨な地域に分布し、低地~山麓の照葉樹林に自生する。土壌が深く湿潤な場所を好み、沖積低地・扇状地や谷底などに生育する。紀伊半島・南四国・九州には多いが、南九州では古くから植栽され自然分布が曖昧になっている。東海~関東では少なく、殆どが社寺林である。西南日本の遺跡で堅果や木材が多数出土しているが、今日では九州を除くと天然林は少ない。これはイチイガシの生育環境が、古くから水田や住居として開発されてきたためと考えられている。

 

葉は葉身6~14cm、葉柄0.8~1.5cm。細長く、上半分に鋭い鋸歯がある。葉裏は白に近い黄褐色の毛で覆われる。

黄褐色の葉裏は、風で翻った時や木を下から見上げた際によく目立ち、特徴的である。

 

花は4~5月に開花する。

どんぐりは11~12月に熟す。堅果は球形~楕円形で長さ1.5~2cm。縦縞が目立ち、上の方には毛が密生する。殻斗には黄褐色の毛が見られる。堅果は食用となり、救荒食であった。

 

樹皮は灰褐色で、成長するにつれて剥がれ落ちる。材は農具や舟の櫓にも利用された。西日本では有用樹として造林されている。

幹は通直で大木になり、寿命は400~600年とされる。奈良盆地周辺の扇状地の極相種で、春日大社境内で多く見られる。どんぐりはシカの好物である。生育標高は他のカシ類よりも低く、春日山原始林ではツブラジイ・ツクバネガシが優勢であった。

イチイガシ林は他に、三重県伊勢神宮・伊雑宮、長崎県大村、大分県宇佐神宮などが有名である。

神社に植栽されることが多い。和名の由来は諸説あり、カシ類の中で最も材質が良いため「一位樫」、神聖な木を意味する斎樫(いちがし)が訛ったもの、よく燃えることを意味する最火樫(いちびがし)などの説がある。

 

【交雑種】

イチイアラカシ 学名:Quercus gilboglauca

イチイガシとアラカシの雑種で、大分県で確認されている(※⑨)。

 

【ソハヤキ要素とハマオモト線】

 九州・四国・紀伊半島に分布の中心がある植物をソハヤキ要素という。ソハヤキとは九州南部を指す「熊襲」の「襲」、豊予海峡の古称である「速吸瀬戸」の「速」、「紀伊」の「紀」を繋げた造語である。紀伊半島からさらに伊豆半島、房総半島まで分布を伸ばしているものもある。九州・四国・東海以西の本州太平洋側は、第三紀(約6000万年前)から現在まで陸地だった地域で、中国大陸西南部とも関係の深い植物が多くある。
 ソハヤキ要素と類似したものにハマオモト線がある。ハマオモト線はハマユウ(ハマオモト)・ハマボウ・ハマナタマメ・ソナレムグラなどの分布北限を結んだ線で、年平均気温15℃・年最低気温平均-3.5℃の等温線とほぼ一致する。房総半島は黒潮の到達する北限域にあたるため、黒潮のもたらす温暖な気候に依存する暖地性の植物は房総半島を北限とするものが多い。

 

【関東周辺のイチイガシ記録地点】

★:植栽起源と思われる地点

・茨城県:筑波山神社裏、★古河市恩名(県指定天然記念物)、常陸太田市・素鵞神社(詳細不明)

・埼玉県鳩山町:★高野倉八幡神社(町指定天然記念物)

・埼玉県熊谷市:★徳蔵寺(2本。市指定天然記念物)

・東京都八王子市:多摩森林科学園(3本)、高尾山、東高尾に稀

・千葉県:笠森寺自然林(1本。社叢は国指定天然記念物)、清澄山系(高宕山・元清澄山・清澄山・内浦山など。※⑦)

・神奈川県伊勢原市:日向薬師

・神奈川県松田町:★寒田神社(かながわの名木100選)

・神奈川県南足柄市:★南足柄神社(1本)

・神奈川県:愛川・清川村別所・山北・南足柄・小田原・湯河原など(詳細不明。※⑤⑥)

・静岡県函南町:長源寺(成木2本・若木多数)、★春日神社

・静岡県伊豆の国市:★守山八幡宮(1本)、★日枝神社(1本)

・静岡県伊豆市:★日枝神社(3本。県指定天然記念物)、大宮神社(成木3本・若木多数。社叢は市指定天然記念物)

・静岡県伊東市:八幡宮来宮神社(7本。社叢は国指定天然記念物)

・静岡県静岡市:安東熊野神社(5本)、★羽高津嶋神社(2本。1本は巨樹)、北浅間神社(成木1本・若木数本)、木枯ノ森(2本)、大原神明神社(複数の成木と若木あり)、大原八幡神社、水見色大井神社など

・静岡県焼津市:林叟院(若木が2,3本)、★坂本神社(成木1本・若木1本・実生数本)

・静岡県藤枝市:子持坂浅間神社(2本)、子持坂熊野神社(成木5本・若木1本)、青山八幡宮(優占林。静岡県ふるさとの森自然百選)、★若一王子神社(2本。社叢は県指定天然記念物)

・静岡県川根本町:奥泉大井神社、元藤川大井神社、大泉院

・静岡県御前崎市:比木賀茂神社(社叢は県指定天然記念物)

・静岡県掛川市:★山王神社(1本)、事任八幡宮(8本)、★龍尾神社(4本)、六所神社(4本)、雨櫻神社(4本)

・静岡県森町:小國神社(低木層)

・静岡県浜松市天竜区:米沢諏訪神社(県指定天然記念物。静岡県最大のイチイガシ)、★水窪小学校(県指定天然記念物)

・静岡県浜松市北区:正明寺、細江神社、三ヶ日町神明宮、方広寺

・静岡県湖西市:若磯神社

 関東では茨城県筑波山(筆者は未確認)、千葉県、東京都八王子市、神奈川県西部で僅かな記録があるのみである。千葉県では重要保護生物、神奈川県では絶滅危惧Ⅱ類に指定されている。

 千葉県では元清澄山の南側斜面に多く、幹径80cmくらいの大木もある(※①)そうだが、筆者は確認できなかった。登山道から離れた谷筋に生育しているのかもしれない。また、清澄山の本沢沿いにはイチイガシ・バクチノキ・バリバリノキ・オガタマノキ・ホルトノキなどの暖地性樹種が生育している(※⑧)そうだが、東大演習林内のため立入禁止であった。いずれにしても、イチイガシなどの暖地性樹種は暖かい南斜面に多いようである。

 静岡県では川沿い・谷沿いや浜名湖周辺の神社に分布する傾向があり、静岡県中部がイチイガシ群落の東限となる。

 房総半島と東京都多摩・伊豆半島のイチイガシは、それより西の個体群とはハプロタイプが異なる(※②③)そうだが、外見には特に違いは見られない。埼玉県鳩山町・高野倉八幡神社のイチイガシは、ハプロタイプが愛知~宮崎県の個体群と一致するそうで、西南日本から移入・植栽されたものと思われる(※④)。神社で神木とされることもあるが、神道との関係はあるのだろうか?

静岡県藤枝市青山八幡宮のイチイガシ林。静岡県にはイチイガシが点在するが、まとまった林は珍しい。風が吹くとイチイガシの葉が翻って、林全体が黄金色になる。林内は湿潤な環境で、ルリミノキ-イチイガシ群集の東限と思われる。

 

【参考リンク】

 

 

<参考資料>

①藤平量郎 房総の植物 うらべ書房 1986年

②齊藤陽子 先史時代における有用樹種クヌギおよびイチイガシの遺伝構造

伊豆市観光協会中伊豆支部ホームページ

④杉浦奈実・齊藤陽子・湯定欽・井出雄二 葉緑体DNAシーケンスによるイチイガシの遺伝構造 第124回日本森林学会大会 2013年

⑤能城修一・佐々木由香・鈴木三男・村上由美子 弥生時代から古墳時代の関東地方におけるイチイガシの木材資源利用 植生史研究第21巻第1号 2012年

⑥神奈川県レッドデータブック2022

⑦熊谷宏尚・高橋啓二・沖津進 千葉県における木本植物の分布 千葉大園学報 1992年

⑧倉田悟 原色日本林業樹木図鑑 第1巻 地球社 1971年

⑨荒金正憲 大分の自然に生きる植物 豊の国 大分の植物誌 増補 2006年