2017年11月1日掲載

2022年10月8日改訂・再掲載

2025年8月26日改訂

 

和名:ナラガシワ(楢柏)

別名:カシワナラ

学名:Quercus aliena

分布:本州(岩手・秋田県以西)・四国・九州(対馬・壱岐を含む。鹿児島県を除く)。朝鮮・台湾・中国・インドシナ~ヒマラヤ。

樹高:15~25m 直径:90cm 落葉高木 陽樹

 

沖積低地・扇状地や山麓の沢沿い・林縁に自生する。生育標高はナラ類の中で最も低い。近畿地方中部から中国地方・九州北部には比較的多いが、中部地方以東(特に太平洋側)では極端に少ない。分布地点は全国的にも限られているが、ケヤキ・ハルニレ・エノキなどと河畔林を構成し、優占種になることもある。西日本では、雑木林でコナラやアベマキと混生することもある。

 

葉は葉身10~30cm、葉柄2~3cm、側脈9~17対。鋸歯は鈍形~鋭形まで変異が大きい。カシワの少ない東海以西では、柏餅の葉の代用とすることもあるが、乾きやすい。鋸歯が鋭いものをツクシオオナラ(別名:ノコバナラガシワ、学名:Quercus aliena var. acutiserrata)と扱うこともある。

また、葉はコガシワ(コナラとカシワの雑種)とよく似ており、しばしば混同されている。コガシワの葉はやや小形で葉柄が短く、葉身8~18cm、葉柄0.5~1.2cm、側脈8~12対。また、コガシワのどんぐりはナラガシワと違い、殻斗の鱗片・堅果の花柱がやや長い。

葉表と葉裏。基本種ナラガシワは葉裏に星状毛が密生し、灰白色に見える。葉裏に星状毛がなく、緑色に見えるものは変種アオナラガシワである(後述)。しかし、基本種ナラガシワでも幼木やひこばえ、陰葉は裏に星状毛がない。また、中間型も存在する。

 

花。4~5月に開花する。

 

どんぐりは10~11月に熟す。堅果は長さ2~3.5cm。個体によって形や大きさ、毛の有無など変異が大きい。

東京都八王子市北浅川で採集したどんぐり。東日本のナラガシワの堅果は、大粒で細長いことが多い。

大阪府三草山で採集したどんぐり。大阪府では生駒山と三草山に分布しているが、生駒山で見たどんぐりもこのタイプだった。西日本のナラガシワの堅果は、小粒で樽形・有毛であることが多い。

左の2個は大阪府三草山、右の2個は滋賀県愛知川河辺林で採集した堅果である。堅果の長さは、三草山産:2.2cm・愛知川産:3.6cmであった。ナラガシワの遺伝的地域性は、近畿地方を境に北と南で明確に異なっているという(※①)。このような堅果形態の違いは、遺伝的地域性に起因するのかもしれない。

 

樹皮は黒灰褐色で、縦に割れ目が入り、剥がれやすい。

 

枝はコナラよりも太く、あまり枝分かれしない。葉が大形で、枝も太いため迫力がある。


【関東周辺のナラガシワ(変種アオナラガシワを含む)分布地点】

関東周辺では極めて稀だが、ハルニレ・ケヤキ・エノキなどと混生して優占している場所もある。また、河川沿いの氾濫原に生えることが多いが、オニグルミやヤナギ類のように河道内に生えることは殆どない。ナラガシワの記録地点は以下の他にも存在するが、ナラガシワはコナラ属の交雑種と誤認されることが多いため、誤認と思われる地点(ナラガシワの生育環境に合致しない地点)は記載していない。小集団や後継樹が殆ど育っていない場所も多く、そのような場所では近年猛威をふるうナラ枯れによって、消滅する危険性がある。

福島県猪苗代町:猪苗代湖畔駅付近(優占林)

福島県会津美里町:伊佐須美神社(社叢は町指定天然記念物)

茨城県日立市:川尻町・蚕養神社(1本。※③)

群馬県安中市:碓氷峠アプトの道(横川駅西~

めがね橋。優占林)、麻苧の滝自然公園(10本)

埼玉県毛呂山町:平山の毛呂川沿い(優占林。10本以上)

埼玉県日高市:北平沢・新堀の高麗川沿い(数本。※③)

埼玉県秩父市:別所・下影森の荒川沿い(成木5本・若木4本。※③)

東京都八王子市:西寺方町・下恩方町の北浅川沿い(優占林。30本以上)

神奈川県相模原市緑区:中沢の沢沿い(3本)

長野県野沢温泉村:平林(村指定文化財の巨樹。現状不明)

長野県茅野市:北山・子之社(3本)、市民の森

長野県下諏訪町:高木津島神社(巨樹が1本)

長野県岡谷市:出早雄小萩神社(1本。社叢は市指定天然記念物)

長野県辰野町・塩尻市:矢彦・小野神社(成木3本・若木4本。社叢は県指定天然記念物)

新潟県柏崎市:宮川神社(社叢は国指定天然記念物)

新潟県見附市:西蓮寺(1本)、小丹生神社(4本)、耳取遺跡。中越地方の雑木林に多いとの情報あり。

新潟県津南町:津南浄化センター辺りの信濃川沿い(河畔林)

福島県猪苗代湖畔のナラガシワ。この林は、猪苗代湖からの強風を防ぐ目的で指定された防風保安林である。ナラガシワはケヤキに次ぐ第二優占種となっており、樹高20m・幹径1mくらいの巨樹も見られる。大木が多く、自然度の高い林である。

群馬県安中市碓氷峠のナラガシワ。林縁に生えることが多く、光を求めて歪な樹形になっていることが多い。碓氷峠のナラガシワは標高約380~580mに出現し、標高約500m以下の沢沿いで優占している。

東京都八王子市北浅川のナラガシワ。河川沿いの氾濫原で河畔林を形成している。堅果の成熟時期が秋の台風シーズンと重複することを考えると、河川氾濫時に水流散布もしている可能性がある。

大阪府三草山のクヌギ・アベマキ・ナラガシワ林。おそらくクヌギは植栽起源で、自然植生はアベマキ・ナラガシワ林と思われる。尚、コナラは少なかった。ナラガシワの生育地点は、生駒山では谷沿いや斜面に限られていたが、三草山では地形を問わず出現した。三草山の地質は石英閃緑岩帯である。三草山は兵庫県との県境に位置し、兵庫県では西播磨・但馬・丹波などに多く分布する(※④)。

ヒロオビミドリシジミ(通称:ゼフィルス)は幼虫がナラガシワの葉しか食べないため、この蝶の分布域(京都府北部・大阪府三草山~山口県東部に局所的)はナラガシワの分布の中心地と重なっている。里山の放置による遷移の進行や開発、スギ林への転換などでナラガシワ林が減少し、この蝶も減少の一途を辿っている。

 

尚、ナラガシワの天然林が少ないことの考察は以下を参照されたい。


【都道府県別保全状況】

中部地方以東では数が少なく、9都県でレッドデータ指定を受けている。神奈川県のように、レッドデータ指定を受けていない県でも個体数は極めて少なく、認知されていない可能性がある。

岩手県:準絶滅危惧(NT)。2020年。

群馬県:絶滅危惧ⅠA類(CR)。2023年。

埼玉県:絶滅危惧ⅠB類(EN)。2024年。

千葉県:絶滅危惧Ⅰ類。2023年。

東京都:絶滅危惧ⅠB類(EN)。2023年。

石川県:準絶滅危惧(NT)。2020年。

長野県:絶滅危惧Ⅱ類(VU)。2014年。

岐阜県:絶滅危惧Ⅱ類(VU)。2014年。

愛知県:絶滅危惧ⅠB類(EN)。2020年。


【変種・品種】

・アオナラガシワ 別名:オオミズナラ、アオミズナラ 学名:Quercus aliena var.pellucida

ナラガシワの変種で、葉裏は星状毛がなく緑色に見える。基本種ナラガシワと混生する。

葉は裏に星状毛がないため、基本種ナラガシワよりも薄く感じた。

・オウゴンガシワ 学名:Quercus aliena 'Lutea'

ナラガシワの園芸品種。若葉や花が黄金色で、葉は晩秋に黄色く色づく。葉に葉緑素が少ないため、生長が遅く、樹高5~10mほどにしかならない。庭木に利用される。

オウゴンガシワの若葉と花。黄金色の若葉が美しい。

黄葉。春と晩秋の2回、黄金色の姿を見ることができる。実生に親木の形質は表れず、接ぎ木で増やす。

 

<参考資料>

①津村義彦・陶山佳久 地図でわかる樹木の種苗移動ガイドライン 文一総合出版 2015年

②野嵜玲児 ナラガシワ群落について-沖積低地の自然林植生の一型として- 奥田重俊先生退官記念論文集 2001年

③須田大樹 関東地方におけるナラガシワの分布とその生育立地 埼玉県立自然の博物館研究報告 2018年3月

④橋本光政 兵庫県の樹木誌 兵庫県農林水産部林務課豊かな森づくり推進室 1995年