2017年12月3日掲載

2023年2月5日改訂・再掲載

2024年1月27日改訂

 

和名:ハナガガシ(葉長樫)

学名:Quercus hondae

別名:サツマガシ

分布:四国(高知・愛媛県)・九州(大分・熊本・宮崎・鹿児島県)。日本固有種。

樹高:20~30m 直径:80cm 常緑高木 陰樹

 

四国南西部・九州中南部のみに分布するソハヤキ要素の植物。低山の照葉樹林の谷筋の斜面下部に自生し、ツブラジイ・イチイガシ・ツクバネガシなどと混生する。宮崎県中南部の低山では比較的多いが、他では少なく多くは社寺林である。四国では2018年に、高知県須崎市で初めて社寺林以外で生育が確認された。生育標高は約400m以下で、カシ類では最も低い。熊本県天草で初めて確認され、1902年に牧野富太郎によって学名・和名が与えられた。種小名は、日本最初の林学博士である本多静六に献名したものである(※①)。

本種は環境省レッドリストの絶滅危惧Ⅱ類に指定されている。生育場所がスギの造林適地と重なるため、人工林化やダム建設などで減少したと考えられている。

 

葉は長さ5~13cm。上半分に鋭い鋸歯があり、裏は緑色。和名は葉が細長いことに由来する。冬芽は細長く尖る。

 

花は3~4月に開花する。高知県須崎市上分では、胸高直径約30cm以上の個体で開花が確認されている(写真提供:古庵様 2023年4月14日撮影)。

 

どんぐりは翌年の11~4月に熟す。堅果は長さ2~2.5cm。豊凶が激しい。発芽時期は早く、3~4月に発芽する。

東京都・林試の森公園にて採集したどんぐり。色が薄いこともある。

高知県土佐市で採集したどんぐり。2月でも艶のあるどんぐりが採集できた。2019年度は、高知県全域でハナガガシが豊作であった。

 

樹皮は暗灰色で、老木になると縦に浅く裂ける。近縁のツクバネガシと違って、樹皮は剥がれない。

生長は早く、幹は真っ直ぐに伸び、大木になる。萌芽力も旺盛である。材は荒く割れやすいが、かつては槍材として利用され、植栽された。バカガシと呼ぶ地方もある。

根元は板根になる。土壌の浅い場所でも生育でき、岩場に生えた個体もあった。

 

【天然記念物】

・高知県土佐市甲原:松尾八幡宮(市指定天然記念物)

成木57本と多数の若木が生育している。土壌が浅く、岩盤が露出した場所もある。植生はハナガガシが優占種で、アラカシ・ツブラジイ・ヤブニッケイ・タブノキ・ミミズバイ・タイミンタチバナ・ヤブツバキ・サカキ・アセビ・イヌマキなどが見られる。1965年、高知大学の山中二男氏によって群生が確認された。尚、土佐市高岡町乙にも同名の神社があるので注意。

・宮崎県日向市:福瀬神社(県指定天然記念物)

幹周り1m以上のハナガガシが27本確認されている。御神木は幹周り約5.3m・樹高40m・樹齢約300年で、ハナガガシとしては世界最大である。これほど大木がまとまって生育している場所は他には確認されておらず、後継樹も多く育っている。植生はハナガガシが優占種で、イチイガシ・アラカシ・ツブラジイ・オガタマノキ・バリバリノキ・ヤブツバキ・チャ・サカキ・ヤマビワ・ルリミノキ・カンザブロウノキ・ミミズバイ・リンボク・アオキ・シュロ・スギ・ナギなどが見られる。ハナガガシはツクバネガシが変化したもので、宮崎県南部の内陸部で誕生したといわれる。

・大分県佐伯市:堅田郷八幡社(国指定天然記念物)

ハナガガシは西斜面に多く、スダジイ・ツブラジイなどと混生している。皆伐されたことがないといわれており、樹高25m・直径1m近い個体も存在する。

・大分県佐伯市:八坂神社(県指定天然記念物)

 

【交雑種】

チンゼイガシ 学名:Quercus×kiusiana

ハナガガシとアラカシの雑種で、宮崎県で確認されている。東京都小石川植物園で発見されたが、現存しない。

ハナガツクバネガシ 

ハナガガシとツクバネガシの雑種で、鹿児島県紫尾山で確認されている。

 

【都道府県別保全状況・分布状況】

・高知県:絶滅危惧ⅠB類(EN)。2010年。

高知市・朝倉神社、土佐市・闇谷神社、甲原松尾八幡宮、四万十町広瀬・八坂神社、須崎市・上分甲の計5箇所で確認されている。仁淀川町二子野・中山神社にも生育していたが、現存しない。

・愛媛県:絶滅危惧ⅠA類(CR)。2014年。

愛南町・八幡野八幡神社に2本生育するのみ。社叢は町指定天然記念物。

・熊本県:絶滅危惧Ⅱ類(VU)。2014年。

天草市に多く、人吉市にも少数ある。

・大分県:絶滅危惧ⅠB類(EN)。2011年。

別府湾沿岸域、豊後水道域、豊後水道後背地域に分布。

・宮崎県:準絶滅危惧(NT)。2015年。

霧島山系御池、北諸県、南那珂、宮崎市、綾町などに多い。日向市福瀬、延岡市北方町藤の木にも分布。

・鹿児島県:絶滅危惧Ⅱ類(VU)。2015年。

志布志、末吉、大口、紫尾山、阿久根、鶴田、樋脇、祁答院、姶良、蒲生、冠岳などに生育。

 高知県土佐市闇谷神社、須崎市上分は21世紀に入って確認された生育地点である。幹が真っ直ぐに伸びる点はツブラジイやシラカシに似ており、葉が高い所につくので特徴を掴みにくい。また、認知度が低いことも相まって、気づかれにくいのかもしれない。大分県では、隣接するスギの切り出しの邪魔になるということで伐採されたこともある。スギ人工林内に生育している場所もあるため、四国南部・九州中南部の丘陵帯や社叢をくまなく探せば、まだ見つかる可能性がある。

 最近の研究で、ハナガガシは四国集団と九州集団で遺伝的に異なっており、また各集団も互いに分化していることが明らかになった。これは個体数の少ない集団が孤立しているためと思われる。ハナガガシの遺伝的多様性は小さく、アラカシの2/3程度である。個体群の大きさが小さくなり、遺伝的多様性が低下すると、近交弱勢によって更なる個体数の減少が危惧される。

 

【ハナガガシの植栽】

・東京都:林試の森公園

林試の森公園のハナガガシは、林業試験場時代の大正時代中期に植栽されたもので、樹高20mほどに育っている。

・和歌山県:和歌山県植物公園緑化センター

比較的若いハナガガシが多数植栽されており、2017年1月の訪問時には沢山のどんぐりを落としていた。近畿地方では他に、大阪府堺市・荒山公園(1本)、京都府立植物園(若木が1本)にも植栽されている。

 

〈参考資料〉

①高知県立牧野植物園での説明文より

②伊藤哲 リレー連載 レッドリストの生き物たち 41 ハナガガシ 森林技術 No.779 2007年

③山下寿之 ハナガガシの個体群構造と立地環境 富山県中央植物園だより 2000年7・8・9月号