※駄文、長文、曖昧な記憶、飛び飛びな話にご注意ください
石原直樹
初めてその名前を聞いたのはいつで、初めてプレーを見たのはいつだったか、私は覚えていない。どういうきっかけで好感を持ったのかもわからない。
一番古い記憶はJ2湘南時代。確か外人さんと2トップを組んでいて、得点ランキング上位にその名前はあり続けた。荒田(当時水戸)や藤田(当時鳥栖だったかな?)とともに、当時のJ2で最も優れた日本人FWの一人だったと記憶している。
彼ら3人はJ1へと期待されていた。奇しくも同じ年に移籍が決まり、荒田は磐田、藤田と直樹は大宮でJ1に挑むことになったんだったか。
この時点ではJ1で通用するか興味があって、 ひっそり応援している程度。呼び名はすでに「直樹」に変わっていたけれど(少しの間だけフルネームで呼んでいた(笑))、好きと言うと大袈裟なくらいだったと思う。
どれも曖昧な記憶になってしまうが、J2では荒田と藤田の方が点を取っていた。そのためか、大宮で先にチャンスが与えられたのは藤田だったはずだ。
そして直樹にはなかなかチャンスが巡って来なかった。
しばらくして少し出場するようになって、途中出場してはゴールに絡む、ということが不思議と続いた。当然徐々にその存在は大きくなり、気付いたら相手にとって脅威のスーパーサブになっていた。
少なくともその頃には好きだった。(ちなみに当時の大宮も好きだった。)
昔からシャイで、テレビとか出るのは苦手な人だと思っていたのに、懐かしの「アフターゲームショー」に単独スタジオ出演して、びっくりしながらいつもの3倍真面目に見たっけ。
当時24歳くらいで、まだ独身だったよね。遠回しにもうすぐ結婚する発言してて意外と大胆だなと思ったこと、覚えてるよ。
大宮と対戦したときは、勝っててもベンチに直樹がいるのが怖かったなあ。実際直樹にPKを献上させられたこともある。そのときすでに直樹はPKもらう職人で、ボールの置き処とかめちゃくちゃ上手くて、のちにファウルした周作も認める完全なるPKだった。
私にとって石原直樹は長く他チームで一番好きな選手だった。
2011~2012のオフ。
サンフレに直樹獲得の意思があることは知っていた。けれど来るわけがないと気にもしていなかった。
しかし何気なく見ていた夕方のニュースで、直樹の広島加入が伝えられた。
信じられなくて、何度も「石原直樹」と「大宮から」を確認した。
なんで直樹は広島に来てくれたのか、正直今でもわからない。
ひとつ言えるのは、これほど驚かされたと同時に嬉しくて仕方がなかった加入はないということ。
移籍初年度から直樹は重要な戦力になった。
大宮ではスーパーサブだったから、スタメンは向いていないのかと少し疑っていたけど、全くそんなことなく、いつも90分間ハードワークしてくれた。こんな人をベンチに座らせていた大宮ってすごいなと思ったくらい、欠かせない選手になった。
直樹自身は12年はサンフレサッカーに戸惑い、悩み、納得のいくシーズンではなかったと言うけれど、直樹なしでは優勝できなかった。
13年からは、絶対的な2人目のストライカー。
豊富な運動量、一瞬の抜け出しの速さ、ファウルを受けてすら止められないドリブル、守備にも労を惜しまない献身性、ここぞというときには必ず仕事をする勝負強さ。
ピッチ外ではマイペースで和ませてくれて、ナチュラルなソフトツンデレも発揮。
ピッチ内外で直樹は日に日にサポーターを魅了していった。
当初「石原さん」なんて他人行儀だったサポーターも、気付けば直樹を大切に思っていた。
2014年最終節。
直樹チャントあと、場内一周のとき、幾度となく響いたサポーターの“声”は、直樹への想いと彼の存在の大きさを端的に表していた。
その想いは間違いなく、届いた。直樹は受け取ってくれた。
けれど、叶わなかった。
大きな存在を失った。
直樹のコメントは、何の言い訳もせず、すべてをわかった上で決めたことと、感謝の意が十分伝わった。
相当悩んだのも痛いほどわかっている。
選手たちや監督の言葉も、サポーターの想いも、すべて受け止めてくれてるんだよね。でも家族のこと、将来のことを考えて考えて考え抜いた上での結論は、移籍だったんだね。
来年からブーイングを受けることも、恨まれることも、わかってるんだね。
一番辛いのはきっと直樹だよね。
大切な直樹が決めたこと。
その決断を、尊重するよ。
プレーも、人柄も、好きにならずにいられない。
直樹はそういう人。
だから、どこに行っても、大丈夫。
直樹が広島に来てくれたことは、サンフレにとって、私にとって、そしてきっと直樹にとっても、非常に大きかった。
サンフレはふたつの大きなタイトルを勝ち取ったし、直樹自身も代表候補や月間MVPに選ばれた。
3年で明らかに成長したと言ってくれた。
広島に来てよかった。そう言ってくれたこと、忘れてない。
直樹が広島に来てくれて一番嬉しかったのは、いつでも直樹を応援できることだった。相手がどこだろうとどんな状況だろうと、直樹のゴールを素直に喜べる幸せを忘れたことは一度もなかった。直樹がゴールするたびに、幸せを噛み締めてたんだ。
これからは、直樹を応援できなくなる。ゴールを喜べなくなる。
大宮ではできていたし、大宮だったらこれからもできたのに。
今までの幸せのすべてを失う。
“直樹を見たくない”
来年、きっとそう思う。
そんなこと初めてで、それがとても辛い。
元々ずっと広島にいるとは全く思っていなかったし、広島に大して愛着がないのもわかってた。
みんなそうなんだろう、あっさりしてる人もいる。
でも、私は変わらない。変われない。
直樹に「さよなら」なんて、言えるはずがないじゃんか。
広島に関係なくても好きだった直樹を、どうやって忘れるの。
この気持ちをなくすことなんてできない。
どこ行ったって、それがあんなチームだって、やっぱり好きだよ。
たった3年。
直樹を好きになって、半分にも満たない短い時間。
その中で直樹がもたらしてくれたものは、とてつもなく大きなものだったよ。
サンフレの直樹を応援できる日が来るなんて予想だにしていなかった。
優勝したり、決勝で負けたり、ハットトリックしたり、2年連続二桁取ったり、嬉しいことも、悔しいことも、色々あったね。
寿人や浩司から学んで、すごい成長したね。
直樹がいなかったら連覇なんてできなかったし、ACLで上に行くこともなかったよ。
今振り返ってみると、本当にあっという間で、夢のような時間だった。
直樹を側で見ていられて、応援できて、幸せだった。
3年間、とても、とても、幸せだった。
広島に来てくれてありがとう。
連覇に多大な貢献をしてくれてありがとう。
直樹と獲ったタイトルを、直樹が決めたゴールの数々を、直樹と過ごした時間を、紫の石原直樹を、私は永遠に忘れない。
本当に本当にありがとう。
また応援を再開できる日を、楽しみにしています。
直樹の原点、緑と青の勇者なんてどう?
title 君と歩いた季節 / いきものがかり