思いつくまま、運命学に関するあれこれ
前回までで、ざっと見てきましたが、『焼餅歌』の後半および結末部分において、現代(2020年代以降)やその先の近未来を指していると、現代の予言研究家の間で特に注目されている部分をより詳しく紐解いていきます。2020年代以降の危機・世界的な大転換現代のネットや研究家の間で「2020年代のパンデミックや世界的な大不況、天変地異ではないか」と噂されるのが、以下の問答です。1. 「末劫(世界の終わり)」と人類の淘汰【原文】帝曰:末後道何人伝?基曰:有詩為証:不相僧来不相道、頭戴四両羊絨帽、真仏不在寺院内、他実散領真教主。【現代語訳】皇帝:「(世の終わりである)末劫の時代、正しい道(教え)は誰が伝えるのか?」劉基:「詩をもって証拠とします。それは僧侶のような姿でもなく、道士のような姿でもありません。頭には四両の羊毛の帽子(=普通の庶民の防寒具・現代的な衣服の比喩)をかぶっています。真の仏(救世主)は寺院の中にはおらず、彼は市井に散らばり、真の教主(リーダー)として領(みちび)くのです」2020年代以降の解釈: 既存の宗教(お寺や教会、権威)が力を失い、混乱する世界の中で、特定の宗教家ではない「一般の人間(在家の者)」が、人々に新しい生き方や真理を説き始めるとされています。2. 世界的な災難の時期(数字の暗号)この時期を特定する、漢字を使った奇妙な言葉遊びがあります。【原文】猴子背着狗、不見人、但見鬼。【現代語訳】猿(申)が犬(戌)を背負うとき、人は見えず、ただ鬼(死者や幽霊、あるいは悪しきもの)ばかりを見る。2020年代以降の解釈: 十二支(干支)の組み合わせを指しているという説があります。申(さる)の年: 2028年戌(いぬ)の年: 2030年これらを「2020年代後半から2030年代初頭にかけて、世界的な人口減少や大きな災厄、あるいは戦争による混乱がピークを迎える時期ではないか」と深読みする研究家がいます。未来の救世主(聖人)に関するさらなる詳細先ほどお伝えした庶民から現れる聖人について、皇帝と劉伯温はさらに詳しく問答を重ねます。3. 「木子」と三位一体(弥勒の降臨)【原文】帝曰:弥勒降凡在何地?基曰:太安中華。吉地、出生于寒門、木子為姓。【現代語訳】皇帝:「弥勒(未来仏・救世主)はこの世のどこに降臨するのか?」劉基:「泰安(やすらか)なる中華、吉なる地です。貧しい家(寒門)に生まれ、姓は『木子(き・こ)』を合わせるものです」測字(漢字パズル)の解釈: 「木」と「子」を組み合わせると、中国で最も多い苗字の一つである「李(り)」になります。そのため、「李という姓を持つ庶民の家から、世界を救う者が現れる」という具体的すぎる予言として解釈されます。4. 万法帰一:世界的な大同(ユートピア)【原文】帝曰:何時官民安楽?基曰:但等木子成林、天下太平。【現代語訳】皇帝:「いつになったら、役人も民衆も安楽になれるのか?」劉基:「ただ、木子が林を成す(=聖人の教えに賛同する人々が世界中に増え、団結する)のを待つのみです。そうなれば、天下は太平となります」5.結句【原文】帝嘆曰:惟卿明見、真為朕之得力助手。(或者:帝曰:卿真乃神人也。万民得福。)【現代語訳】皇帝はため息をついて言った。「ただ卿(あなた)だけが、未来を明確に見通している。真に我が右腕(得力助手)である」(※テキストによっては「皇帝は言った。卿は真に神人(神のごとき人)である。万民は福を得るだろう」と結ばれます)
焼餅歌(第3部:混乱と救世主の出現)1. 二つの世界大戦と現代の動乱清朝が滅びた後、世界規模の戦火が広がる様子を描写しているとされる部分です。【原文】草頭童子皆流血、倒掛門前剃却頭。此事伝来都一様、拆頂去底不用刀。【現代語訳】民(草頭)も若者も皆血を流し、門前に逆さに吊るされ、髪を剃られる(辱めを受ける)。このような事態はどこでも同じように伝わり、頂を壊し底を去るのに、刃物すら必要としない(思想や経済、新兵器による破壊)。解釈: 20世紀の戦争や内戦、あるいは物理的な刃物を使わない近代戦(情報戦や核兵器、経済戦)の恐怖を予言していると解釈されることがあります。2. 世界的な災難と人類の危機さらに未来、人類が大きな災難に見舞われる様子です。【原文】人気散尽、地気死、天運循環、不変則死。宇宙茫茫、誰是真主。【現代語訳】人の気(活力)は散り失せ、大地の気(自然)は死に絶える。天の運命は循環しており、自らを変革しなければ死を迎える。宇宙は茫茫(広大で果てしない)としており、一体誰が真の主(リーダー)なのだろうか。解釈: 環境破壊や、世界的なパンデミック、精神的な荒廃などを指しているのではないかと、現代のオカルト・予言研究家の間で深読みされている一節です。3. 未来の救世主「紫微聖人」の降臨『焼餅歌』の最後(予言の終着点)は、絶望ではなく、世界に平和をもたらす偉大な聖人の登場で締めくくられます。【原文】未来教主臨下土、不落宰府共官僚。不在升門与子鹿、不在皇宮為太子。在作一普通百姓、千言万語無人信。【現代語訳】未来の教主(聖人)がこの地上に降臨する。その者は大臣の家にも、官僚の家にも生まれない。出世の門にもおらず、皇宮(王宮)の太子(王子)でもない。ただの一般の庶民(普通の百姓)として生まれ、最初は彼が発する千言万語を、誰も信じようとはしない。解釈: 既存の権力者や宗教指導者ではなく、「名もなき一般庶民」の中から、世界を導く思想や真理を持った人物が現れるという予言です。中国の予言文学では、この人物をしばしば「紫微聖人(しびせいじん)」と呼びます。4. 万法の帰一(世界平和へ)聖人の教えが世界に広まり、人類が一つになる大団円です。【原文】弘揚正法、万法帰一。天下大同、不再殺戮。【現代語訳】正しい法(真理)が弘(ひろ)まり、すべての教えは一つに帰結する。天下は大同(平和な理想社会)となり、もはや殺戮(戦争)は行われなくなる。
焼餅歌(第2部:清朝の興亡と近代の足音)1. 満洲族(清)の入関と支配明が滅び、清軍が万里の長城を越えて中国本土に侵攻する様子です。【原文】雨水草頭真主出、赤頭童子皆流血。倒掛頂門剃却頭、満洲官将到中州。【現代語訳】「雨」と「水」と「草冠(草頭)」から真の主(=「満」の字の隠語)が現れる。赤い頭の童子たちは皆、血を流す。頭のてっぺんから髪を剃り落とし(=満洲族の髪型である辮髪(べんぱつ)の強制)、満洲の将軍たちが中原(中国本土)へとやってくる。解説: 漢字のパーツを組み合わせる「測字(そくじ)」という占いの手法で「満洲」を予言し、漢民族に辮髪を強制した歴史(「髪を留めんとせば頭を留めず」)を生々しく描写しています。2. 康熙・雍正・乾隆の黄金期清朝が最も栄えた三代の皇帝(康熙帝、雍正帝、乾隆帝)の時代についての予言です。【原文】胡人継続百年運、春帰草頭成字新。三元復転気運開、大修文武聖主裁。【現代語訳】北方の民(胡人=清)の運命は百年以上続き、春が巡り文字が新しくなる。三つの元(三代の聖なる皇帝)が巡って気運が開き、文武両道を修めた聖なる君主(康熙・雍正・乾隆)が天下を裁く。解説: 異民族王朝ながら、清朝が非常に文化・軍事ともに優れた全盛期を迎えることを肯定的に捉えています。3. アヘン戦争と西洋列強の侵略清朝末期、イギリスをはじめとする西洋列強が海から攻めてくる、いわゆる「アヘン戦争」以降の動乱です。【原文】海運即開、西北乾、東南坤外洋鬼子進中原、火器無情真可憐。【現代語訳】海の運が開け、西北は乾き、東南は揺らぐ(中国全土が揺れる)。外洋の「鬼子(西洋人の蔑称)」が中原に侵入し、火器(大砲や鉄砲)が無情に火を吹き、真に哀れな状況となる。解説: 伝統的な刀や弓矢ではなく、西洋の圧倒的な「近代兵器(火器)」によって中国が蹂躙される様子を予言しています。4. 清朝の滅亡と新しい時代の夜明けラストは、清朝の最後の皇帝(溥儀)が退位し、中華民国が成立(辛亥革命)する激動の予言です。【原文】手執鋼刀九十九、殺尽胡人方罷手。楼宇成灰光景一、改頭換面新世界。【現代語訳】手に鋼の刀を握りしめ、満洲族(胡人)を追い落としてようやく手を引く。古い楼閣は灰となり、風景は一変する。頭を変え、面を改めて、全く新しい世界(共和制)が誕生する。
焼餅歌 第一部前回の導入部分のお話と重複しますが、原文と比較してお読みください。主要部分のみの抜粋です。気になる人は、全文は中国書店などでで入手可能です。1. 導入:皇帝の食べかけの焼き餅ある日、洪武帝が内殿で焼き餅(シャオビン)を食べていたところ、劉伯温がやってきました。皇帝は餅に碗をかぶせて隠し、「この中に何があるか当ててみよ」と問いました。劉伯温は指を折って計算し、こう答えました。原文:半似日兮半似月、曾被金龍咬一缺。此食物也。現代語訳:半分は太陽のようで、半分は三日月のよう。かつて金龍(皇帝)にかじられて、一箇所欠けております。これは食べ物(焼き餅)です。碗を開けると、果たしてその通りでした。皇帝は劉伯温の知恵に感服し、明王朝の未来(国運)について問い始めます。2. 国運の問いと燕王(永楽帝)の靖難の変皇帝が「我が天下の行く末はどうなるか」と問うと、劉伯温は「天機(天の秘密)は漏らせません」と言いつつも、詩の形で予言を始めます。原文:我朝萬子萬孫、何足問也。基曰:茫茫天数、我主万子万孫。取頂大明、下属刺。現代語訳:皇帝:「我が王朝は、万子万孫(永遠に子孫が続く)である。何を問うことがあろうか」劉伯温:「(皮肉を込めて)広大な天の定め、我が主の天下はまさに万子万孫(※実際は万暦帝の子供と孫の代で明が傾くという言葉遊び)でございます。しかし、大明の頂(都)を奪う者は、下につくトゲ(刺=燕王、のちの永楽帝)でございます」3. 土木の変と都の危機明の正統帝がオイラトに捕らえられた「土木の変」や、北京が包囲される事件の予言です。原文:雖然社稷在明、安享国栄、但怕太平世界、失了天平。遷都北京、雖好、但有一木撑天、二十年、天下乱。現代語訳:国家は明にあり、栄華を享受しますが、太平の世にあって、天の均衡が失われるのを恐れます。(永楽帝による)北京遷都は良いことですが、一本の木が天を支えるような危うい状態が二十年続き、天下が乱れます。4. 明の滅亡(崇禎帝の最期)明の最後の皇帝である崇禎帝が、煤山(景山)の木で首を吊って自害する様子を予言したとされる一節です。原文:樹上挂曲尺、天下断、此時。現代語訳:木の上に「曲尺(直角の定規=首を吊るロープの形、あるいは文字の形)」が掛かるとき、天下はここで途切れます。
焼餅歌は、明の建国功臣・劉基(劉伯温)が皇帝・朱元璋に明の未来を予言したとされる、暗喩に満ちた中国の預言詩です。劉基は、子平推命の古典「滴天髄」、断易の「黄金策」、奇門遁甲の「天地書」の作者という説もあります。ある日、明の太祖(朱元璋)が内殿におり、焼餅(シャオビン)を食べていた。一口食べたとき、内官が国師の劉基(劉伯温)がお見えになったと告げた。太祖は器を伏せて餅を隠し、それから劉基を招き入れた。礼が終わると、帝は尋ねた。「先生は数理に精通しておられる。器の中にあるものが何か分かるか?」劉基は指を折って算じ、こう答えた。「半分は日の如く、半分は月の如し。かつて金龍に一口かじられた。これは食べ物ですな」。器を開けてみると、果たしてその通りであった。帝は直ちに、天下の後世の事はどうなるかと尋ねた。劉基は言った。「茫々たる天数(運命)において、我が主(陛下)は万子万孫(よろずの子孫)を得られます。何を問う必要がありましょうか」。帝は言った。「古来より興亡には一定の決まりがあるとはいえ、天下は一人の天下ではなく、徳のある者のみがこれを享受できるものだ。言っても差し支えなかろう。試みに語ってみよ」。劉基は言った。「天機を漏らすことは、臣の罪も軽微ではありません。陛下、臣の万死をお許しいただけるのであれば、あえて奏上いたしましょう」。帝は直ちに免死金牌(死罪免除の札)を与えた。劉基は恩に謝し、奏上した。「我が大明朝は世界を統一し、南方はついに滅び北方もついに終わります。嫡裔の太子は嫡裔であり、文星が高くそびえて日に西を警戒します」。帝は言った。「朕は今、都の守りを固くしている。何を警戒することがあろうか」。劉基は言った。「臣が見るに、都は堅固で防備も厳重であり、憂いはないように見えます。ただ、燕(燕子)が飛んで来るのが恐ろしいのです」。続けて三首の歌を詠んだ。「この城、御駕尽く親征し、一院の山河、永楽平。禿頭の人、文墨の苑に来たり、英雄の半分は尽く郷に還る。北方の胡虜、生命を残(そこ)ない、御駕親征して太平を得る。失算の功臣、あえて諫めず、旧霊は遮り隠れて主の魂を驚かす。国は瑞雲を圧すること七載長く、胡人はあえて賢良を害せず。相い送る金龍、故旧に復し、霊明なる日月、辺疆を振るわす」。帝は尋ねた。「その時、天下はどうなっているか」。劉基は言った。「天下は大乱となります」。帝は言った。「朕の天下を、誰が乱すというのか」。劉基は言った。「天下は飢寒にして怪異あり、棟梁の龍徳、幼児に乗ず。禁宮は広く大きく、勝手横行に任せ、長大なる金龍、太平の時。老いさらばえても金精は特に壮旺、相い伝わる昆玉、龍堂を継ぐ。宦官(阉人)を任用して社稷を保ち、八千の女鬼、朝廷の綱紀を乱す」。帝は言った。「八千の女鬼とは、朕の天下を乱す何者か」。劉基は言った。「忠良は殺害されて山が崩れるが如し。事なく水辺に異潭を成し、蛟龍の真の血肉を救い得ても、哀れかな父子は順当なり難し」。帝は言った。「もしや父子が国を争うのか」。劉基は言った。「いえ、樹の上に曲尺を掛け、順(順治)に遭えば止まる。ここに至るも天下はいまだ終わらず」。帝は言った。「何をもって終わらずと言うのか」。劉基は言った。「万子万孫が幾重にも重なり、祖宗の山上に貝の衣(崇禎)が行く。公侯は再び金闕に朝せず、十八の孩児(李自成の「李」)は難の上に難あり。卦に曰く:木の下に一の了の頭、目の上に一刀一戊丁。天下は文を重んじて武を重んぜず、英雄豪傑、総じて春なし。戊子・己丑は麻の如く乱れ、至る所の人民、家に在らず。たまたま飢饉に遭いて草寇(賊)が発し、平安に鎮守するは桂花なり」。帝は言った。「たまたまの飢饉や、並の賊臣などで天下が終わるというのか」。劉基は言った。「西方の賊が群がり乱れが前に到るも、一人の忠良としてあえて諫言する者なし。喜んで子孫を見るも、日を見るを恥じ、衰退する運気は早くに天に昇る。月の欠けたる両二(満清の「満」)吉は中にあり、奸人の機は発して西東へ去る。黄河を渡りて金闕を開き、梅花(呉三桂?)を奔走させて九重に上る」。帝は言った。「もしや梅花山が乱を起こすのか。今より人を命じて看守させてはどうか」。劉基は言った。「いえ、南に遷り北に遷りて太平を定め、帝王を輔佐するに牛星あり。運、六百半に至り、夢に奇なる字ありて心、驚きを得る」。帝は言った。「六百年の国祚があれば、朕の心は足れり。まだその半分があるというのか」。帝はまた言った。「天機を卿は明言し難かろう。錦嚢(にしきの袋)一通を残し、庫内に蔵して世々相い伝え遺すことなかれ。急ぎ難ある時にこれを開いて見よ、よろしいか」。劉基は言った。「臣もまたその意にございます」。遂にまた歌って曰く。「九尺の紅羅、三尺の刀、君に勧む、任意に自ら遊び招けと。宦官(阉人)は尊貴にして武を修めず、ただ胡人の二八(十六、満州族の八旗)の狄あり。臣は櫃の中に封じ、後で開く時を待つ。自ずから桂花の開放を験し、英雄たれ。万里の長城を壊して忠孝を尽くし、周家の天下に重複あり。李花を摘み尽くすも無駄に功を労す。黄牛の背上に鴨の頭の緑、国家の珍と粟を安らかに享受す。雲は中秋を覆いて行く路を迷い、胡人は旧に依りて胡人の毒あり。反覆して従来、桂の枝を折る。水は月宮に浸りて主の上に立つ(清)。禾米一木(秦)を併せ去り、二十三人が八方に居す」。帝は言った。「二十三人が朕の天下を乱すのか。八方は安らかに居せるか」。劉基は言った。「臣は万死に値します。隠し立てはいたしません。ここに至りて大明の天下、亡びて久しくなります」。帝は大いに驚き、直ちにその人はどこで育ち、どのような衣冠をまとい、どのような国号を称し、天下をどう治めるのかと尋ねた。劉基は言った。「やはり胡人の二八の秋。二八の胡人、二八の憂い。二八の牛飼い(牛郎)、二八の月。二八の嬌娥、土牛に配す」。帝は言った。「古来、胡人に百年の国運なし。それなのに、ここに二百余年の運があるというのか」。劉基は言った。「雨水、草の頭に真の主出で(満州)、赤頭の童子は皆、血を流す。三元を倒置して総じて初めて説く。すべからくこれ川の水、頁の台の闕(順治の「順」)。十八年間の水火の奪い合い。庸人は水火の臣を用いず、この中で自ら漢人を用う。卦は気数を分け、三数を欠く。親の上に親を加え、また親を配す」。帝は言った。「胡人がここに至り、人を用い水が奪い火が滅ぶ。親の上に親を加えるとは、もしや駙馬(帝の婿)が乱を起こすのか」。劉基は言った。「いえ、胡人の英雄は水火既済、太平を安らかに享受し、位もあり勢いもあり。時に昇平(泰平)に値し、盛世と称す。気数はいまだ尽きず、なお後継あり。宝剣を重ねて磨き、また重ねて磨く。家を差し押さえ一族を滅ぼすも、いかんともし難し。宦官の社稷、邪鬼を蔵し、孝悌、忠奸、殺戮多し。李花の実を結ぶは正に春に逢い、牛の鳴く二八、丁を倒し挿す。六十の周甲、一甲を多くし、螺角を逆に吹くも声なし。佳人を点画すれば、糸、自ら分かれる。一は当年に止まり、嗣、真を失う。泥の鶏が鳴くも空しく口なし。樹には霊枝産まれるも、枝に魂を欠く。朝臣は月なき光を乞い来たり、各人の口に首を叩くも茫々たり。一たび生の中に相い慶賀するを見れば、周甲を逍遥し飢饉を楽しむ」。帝は言った。「胡人はここに至り、敗亡するのか」。劉基は言った。「いまだです。治久なれば乱を生じ、この困苦に値し、民は異心を抱くといえども、然れど気数はいまだ尽きず。二十歳の力士、双口を開き(「善」の字の暗示か)、人はまた一心に短長を計る。時に俺(わ)が寺の僧、八千の衆、火龍、河を渡りて熱、当て難し。首を叩く時、頭は小にして兀(ハゲ)、娥(おとめ)に月あれど光なし。太極殿の前、卦に卦を対し、香を添え星を祭りて朝堂を騒がす。金羊・水猿の飢饉の年、犬は吠え猪は鳴き、涙は二行。洞の辺りから水を去り、台に水を用いれば、方(まさ)に旧朝の綱紀を復正し得る。火が鼠と牛を焼くはなお自ずから可なり。虎が泥の穴に入れば隠れる所なし。草の頭の家の上に十口の女(「苦」の字か、あるいは西太后の暗示か)、また幼児を抱いて主計をなす(垂簾聴政)。二四八旗は日を遮り難く、遼陽、旧家郷を思念す。東に北斗を拝し、西に旗を拝す。南に鹿を逐い、北に獅を逐う。南に分け北に分け、東に分け西に分く。たまたま異人に遭いて楚に帰る。馬は万里を行きて安らぎを求め、中女、四木の鶏を残害す。六一の人、識らず。山と水が逆さまに相い逢い、黒い鬼が早くに赤城の中で喪われる。猪・羊・鶏・犬、九つの家は空になり、飢饉と災害が皆、共に至る。あたかも豊作の如く民の物は同じ。金龍を見て民の心、開く。刀兵・水火が一斉に来る。一文の銭、一斗の米も粜(う)る人なく、父死して担ぐ兄弟もなし。金龍、馬を絆(つな)ぎ、半ば甲を乱す。二十八星、士人に問う。蓬頭の幼女、蓬頭に嫁ぎ、新君に譲りて旧君に譲る」。帝は言った。「胡人はここに至り、敗亡するのか」。劉基は言った。「手に鋼刀九十九を執り、胡人を殺し尽くして方に止まん。砲は鳴り火の煙は行く路を迷わす。南に遷り北に遷りて六三の秋。哀れかな、雁門関を渡り難し。李花を摘み尽くし胡を滅ぼし尽くす。黄牛山の麓に一洞あり、拾万八十の衆を投ずべし。先に到る者は安穏を得、後から到る者は半路で送られる。罪あるを許し難く、罪なきはなし。天下を計れば民は尽く精根を使い果たす。火風鼎、二つの火、初めて興りて太平を定む。火山旅、銀河の織女、牛星に譲る。火徳星君、下界に降り来たり、金殿楼台、尽く丙丁(火)。一人の髭の大将軍、剣を按じ馬を馳せて情形を察す。暴を除き患いを去りて人多く愛す。永く九州を享受し、金、満ちて勝つ」。帝は言った。「胡人はこの時、なお在るのか」。劉基は言った。「胡人はここに至りて亡びて久しくなります。四大八方に文星あり、品物ことごとく亨(とお)りて同じ形をなす。琴瑟、和諧して古道を成し、左に中興の帝、右に中興あり。五百年の間に聖君出で、天下を周流して賢良、輔佐す。気運、南方にありて将臣を出だす。聖人はよく乱の淵源を化し、八面の夷人、進貢して臨む。宮女は熱心に針仕事をして夜月を望む。乾坤に象(しるし)ありて黄金を集める。北方の胡虜、生霊を害するも、さらに南軍を会して誅戮を行わん。一頭の馬、単騎にて外国を安んじ、諸君、揖譲して三星を留める。上元復(かえ)りて気運開け、大いに文武を修めて聖主、栽(う)う。上下の三元、倒置なく、衣冠・文物、一斉に来たる。七元誤りなくまた三元、大いに文風を開いて対聯を考(と)う。猿は盤に浴し鶏は架から逃ぐ。犬は吠え猪は鳴く太平の年。文武全才の一戊丁。流離散乱し皆、逃民となる。民を愛すること子の如く親兄弟の如し。新君を創立して旧京を修める。千言万語、虚実を知る。蒼生のために残して証盟となす」。
16. 斉の景公と晏子(あんし)の死生観【出典】 昭公二十年<漢文> 「斉侯、飲酒、楽。……斉侯、曰、古而無死、其楽若何。……晏子、対曰、……古而無死、則古之楽也。……君、何得此其楽乎。」<訳> 斉の景公が酒宴の席で「昔から死というものがなかったら、どんなに楽しいだろう」とこぼしました 。名臣の晏子は「もし古人が死なずにずっと君臨していたら、今のあなたにこのような振る舞いをする席(君主の座)など回ってきませんでしたよ」と、痛烈な皮肉でたしなめました 。17. 恵王と弟の宰相就任占い【出典】 定公四年<漢文> 「楚子、使葉公、沈尹朱、卜其弟、為令尹。……沈尹朱、曰、吉、過其所望。……葉公、曰、王子、而為令尹、又過其望、将何為也。……乃卜、其弟之子。……」<訳> 楚の恵王が弟を宰相(令尹)にするか占わせると、沈尹朱は「望みを超えるほどの大吉」と答えました 。しかし葉公は「王族が宰相になり、さらにそれを超える(王位を脅かす)立場になるとは不穏だ」と危惧しました 。結局、さらに後日、弟の子を宰相にする案で占ってから任命しました 。18. 鄭の盟約と公孫舎之(こうそんしゃし)【出典】 襄公九年<漢文> 「晋人、執盟。……鄭、公子、加其不義。……荀偃、曰、改之。……公孫舎之、曰、昭答神明、不可以改。……若改之、則是許其背盟也。」<訳> 諸侯が鄭を包囲し、和議を結ぶことになりました 。晋が作った盟約文に対し、鄭の公子が「諸侯側にも非がある」と書き足したため、晋の荀偃が書き直しを命じました 。しかし公孫舎之は「これは神の前で誓ったもの。書き直せば、鄭が後で盟約を破る口実を与えてしまう」と反対しました 。19. 呂錡(りょき)の夢と楚王の射撃【出典】 成公十六年<漢文> 「呂錡、夢射月、中之。退、入於泥。占之、曰、月、異姓之王也。射而中之、退而入泥、必死。及戦、射共王、中目。共王、使工尹、穣、以金、射、中其項、遂卒。」<訳> 晋の呂錡は「月を射抜いて命中させたが、退くときに泥に嵌まる」という夢を見ました 。占うと「月は他国の王(楚王)であり、命中させた後に泥に沈むのは自分も死ぬ予兆だ」と出ました 。戦場で呂錡は予言通り楚王の目を射抜きましたが、その直後、王の配下に首を射抜かれて命を落としました 。20. 景公の死を予知した宦官【出典】 成公十年<漢文> 「小臣、有晨夢、負公以登天。及日中、負公、出自厠、遂以為殉。」<訳> 景公が亡くなった日の明け方、ある宦官(小臣)が「景公を背負って天に登る夢」を見ました 。しかしその日の昼頃、便所の穴に落ちて亡くなった景公の死体を背負い出す役を命じられてしまいます 。さらに、そのまま景公の埋葬に際して殉死させられるという皮肉な結末を迎えました 。21. 将軍の子反と占いのやり直し【出典】 宣公十二年(邲の戦い)<漢文> 「楚子、使令尹、卜、不吉。将軍、曰、有利焉、何故不吉。且将軍、事君者也、卜以決疑、不疑何卜。改卜、曰、余、雖死、師、其克。吉。」<訳> 楚が侵略された際、宰相が占うと不吉と出ました 。しかし将軍の子反は「我々は有利な地にいる。なぜ不吉なのか」と納得せず、占いのやり直しを求めました 。「私が死んでも軍が大勝するか」と改めて占ったところ、結果は吉と出ました 。実際に戦いでは将軍は戦死しましたが、楚は勝利を収めました 。
11. 趙簡子の二度占わず【出典】 哀公九年<漢文> 「趙鞅卜戦……陽虎曰:『善。』……簡子曰:『是宜也。……去年志厲,今又志厲,必勝。……卜以決疑,不疑何卜?』」<訳> 趙簡子が斉を攻める際、部下が改めて占うよう進言した 。しかし簡子は「去年占って吉と出ている。占いは疑いを決めるためのものであり、疑いがないのに二度も占う必要はない」とそのまま出陣し、勝利を収めた 。12. 郊祭の延期と孟献子の教訓【出典】 成公七年<漢文> 「夏,不郊。……孟献子曰:『吾乃今知卜筮之無仮也。夫郊,祀后稷以祈農事也。……今茲既耕而卜郊,宜其不吉也。』」<訳> 郊祭(豊作祈願)の吉凶を3度占ったがいずれも不吉で中止となった 。孟献子は「占いが正しいことが分かった。本来、農作業の前に祈るべき祭りを、耕作を始めてから占ったのだから、不吉と出るのは当然だ」と、道理の重要性を説いた 。13. 鄭の文公と蘭のエピソード【出典】 宣公三年<漢文> 「文公妾燕姞……夢天使與之蘭……曰:『余為若女。蘭有國香,人服媚之如是。』……名之曰蘭。……穆公有疾,曰:『蘭萎,吾其死乎!吾所以生也。』刈蘭而卒。」<訳> 妾の燕姞は夢で天の使者から蘭を授かり、生まれた子を「蘭」と名付けた 。蘭(のちの穆公)は「蘭が枯れたら私も死ぬだろう。蘭のおかげで生まれたのだから」と語っていたが、晩年に蘭が刈り取られた際に亡くなった 。14. 鄭の子産と龍の戦い【出典】 昭公十九年<漢文> 「鄭大水,龍鬥於洧淵。國人請禬焉。子産弗許,曰:『我鬥,龍不我覿也。龍鬥,我獨何覿焉?……吾無求於龍,龍亦無求於我。』乃止。」<訳> 鄭で水害が起き、龍が戦っているのを見た人々がお祓いを求めた 。しかし子産は「我々が戦っても龍が見に来ないように、龍の戦いを我々が見に行く必要はない。こちらが龍に何も求めなければ、龍もこちらを煩わせることはない」と拒絶した 。15. 臧会(ぞうかい)と亀の占い【出典】 昭公二十五年<漢文> 「臧会、以其僂句、卜其仕也、曰、不誠於昭伯、其可乎、吉。……昭伯、将殺之。……会、奔季氏。……季氏、怒、遂逐昭伯。……会、曰、僂句之冠、不我欺也。」<訳> 臧会は「僂句(るく)」という名の名亀を使い、家長の昭伯に対して「不誠実な態度をとってもよいか」と占うと吉と出ました 。案の定、不遜な態度で殺されかけますが、逃げ込んだ先の季氏が昭伯を追い出してくれたため、臧会は家長になれました 。彼は「僂句の亀は嘘をつかなかった」と喜びました 。次回に続く
6. 不慮の事態への備え【出典】 文公六年<漢文> 「『備豫不虞,古之善教也。』……雖過備,他無害。」<訳> 「不慮の事態に備えよ」というのは古くからの良い教えである。準備が過剰であっても、害はない 。7. 陳の滅亡予言【出典】 昭公八年<漢文> 「陳,水屬也。……火出復復。……陳亡、楚實滅之。」<訳> 紀元前533年に陳で火災があった際、ある者が「陳は水属性だが、火の星(室宿)が巡る頃、楚によって滅ぼされるだろう」と予言した。実際、紀元前478年に陳は滅亡した 。8. 虢(かく)の神降臨と滅亡【出典】 荘公三十二年<漢文> 「神降于莘。……王曰:『何故?』内史過曰:『國之將興,明神降之,監其德也;將亡,神又降之,觀其惡也。』……虢公請命於神,神賜之土田。内史過曰:『虢必亡矣。虐而聽於神。』」<訳> 虢に神が降りた際、内史過(だいしか)は「国が興るときは神はその徳を、滅びるときはその悪を見るために降臨する」と説いた 。虢公は神に祈って土地を賜る約束を得たが、内史過は「民を虐げて神に頼るようでは滅亡する」と予言し、その通りになった 。9. 日食と叔輒(しゅくちょう)の死【出典】 昭公七年<漢文> 「六月甲戌朔,日有食之。公問於梓慎曰:『是何物也?禍福何為?』……梓慎曰:『二至二分,日有食之,不為災。日月之行也,分同道也;至相過也。其他月則為災,陽不克也,故常為水。』……叔輒哭日食。昭子曰:『子叔輒將死矣。非所哭也。』八月乙亥,叔輒卒。」<訳> 日食が起きた際、梓慎は「夏至・冬至や春分・秋分以外の日食は陽気が陰気に勝てず、水害などの災害になる」と述べた 。これを聞いて嘆き悲しんだ叔輒に対し、叔孫昭子は「泣くべきことではない、彼はもうすぐ死ぬだろう」と予言した。実際、その翌月に彼は亡くなった 。10. 南蒯(なんかい)の謀反と「黄裳元吉」【出典】 昭公十二年<漢文> 「南蒯將叛……筮之,遇坤之比。曰:『黄裳元吉。』……子服惠伯曰:『……忠信以為質,中正以為文。……夫易,不可以占險。』」<訳> 南蒯が謀反を企て占うと、「黄裳元吉(黄色い袴を履けば大吉)」という良い結果が出た 。しかし恵伯は「忠・恭・善の徳が揃ってこその吉であり、危険な企て(謀反)に占いは通用しない」と断じた 。結果、謀反は失敗に終わった 。次回に続く
1. 宋の襄公と叔興(隕石と鳥のエピソード)【出典】 僖公十六年<漢文>「十六年春,隕石于宋五,隕星也。六鷁退飛,過宋都,風緊也。……叔興曰:『君失問。是陰陽之事,非吉凶所生也。吉凶由人。』」<訳>宋に5つの隕石が落ち、6羽の鷁(ぎき)という鳥が風に煽られて後ろ向きに飛んだ。襄公が吉凶を問うと、叔興は「これは陰陽の変化による現象で、人の吉凶とは関係ありません。吉凶は人の行いによって決まるものです」と答えた 。2. 晋の景公(「病膏肓に入る」と最期)【出典】 成公十年<漢文>「公夢大厲……宣于室。……公疾病,求醫于秦。……醫至,曰:『疾不可為也。在肓之上,膏之下,攻之不可,達之不及,藥不至焉,不可為也。』……六月丙午,晉侯欲麥,使甸人獻麦,饋人之。召桑田之巫,示而殺之。將食,張,如廁,陷而卒。」<訳>景公は悪鬼の夢を見、秦の医師からは「病は膏(心臓の下)と肓(横隔膜の上)の間に入り、治療できない」と言われた。新麦を食べようとして、かつて「新麦は食べられない」と予言した巫を殺そうとしたが、急に腹が張ってトイレに落ちて亡くなった3. 呉の使者(楚王との対話)【出典】 昭公七年<漢文>「楚子欲殺呉使者。……使者曰:『……若殺臣,則呉興師伐楚。……是占い也,非為臣一人也,乃為呉国也。』」<訳>楚王が呉の使者を殺そうとした際、使者は「私が殺されれば呉はさらに攻めてくるでしょう。占いで得た吉は、私個人の命ではなく、我が国の勝利を告げるものです」と答え、難を逃れた 。4. 周の雲気の記録【出典】 僖公五年<漢文>「凡分、至、啓、閉、必書雲物,為備故也。」<訳>春分・秋分(分)、冬至・夏至(至)、立春・立夏(啓)、立秋・立冬(閉)には必ず雲の様子を記録した。災害に備えるためである 。5. 晋と楚の戦い(地雷復の卦と楚王の負傷)【出典】 成公十六年(焉陵の戦い)<漢文>「晋侯筮之,史曰:『吉。其卦遇復。……楚王、其一目。』……呂錡射共王,中目。」<訳>晋が占うと「地雷復」の卦を得た。占者は「楚王は目を負傷して敗れる」と予言。実際に戦いで晋の呂錡(りょき)が楚王の目を射抜き、晋が勝利した 。
行運で起こる病気、というのもあります。これは「疾厄宮」とは別で、四柱推命の考え方になります。『四柱推命術密儀』 (香草社刊 )の170ページ以降を見ていただくと、十干の干関係によってかかりやすい病気が列挙されています。一般にはこれを、「命式の中で」と考えがちですが、この関係は、行運の場合にも応用できます。171ページ、172ページには、癸が丙を剋せば、心臓衰弱丁が辛を剋せば、腸の病気というようなことが書かれています。命式にこうした干関係があればもちろんのことですが、行運でこういう関係が成り立った場合にも同様のことがいえます。ただ、命式は一生ですが、大運はその五年間、ということになります。ところで (話がとんで恐縮ですが )、紫薇の十二宮にあらわれた事がらは、人生の一時期である、という考え方は、ある程度「疾厄宮」にもあてはまります。こんなことがありました。関西の講習生の人に、「父の鑑定をしてください」と頼まれたので、紫薇の出生図を出してみました。くわしいことは憶えていませんが、何でも「疾厄宮」に失の「太陽」がはいっていたことだけはたしかです。そこで、「お宅のお父さんは、目が悪くありませんか」とたずねました。紫薇斗数では、「太陽」は目をあらわすからです。「いいえ。眼鏡もかけていません」というのが、相手の答えでした。「ああ、そうですか」と、その時はそれで引きさがって来ましたが、翌年行った時のことです。「先生、失明しました !」というのです。たしか、六十七歳ぐらいだったと思います。六十六歳まで目がなんでもなく、六十七歳で失明したのが、疾厄宮にでるというのが、紫薇の特徴ともいえましょう。つまり、紫薇は、人間のある一生の一部分が出るという事です。紫薇斗数は、こういう出方をすることもあるので、注意が必要です。さて もう一度、話はもどります。先の「子平の行運によって起こる病気」を考える場合、こういう応用の仕方もできます。紫薇の「疾厄宮」に「七殺」が出ているとします。「腸が悪 (弱)くありませんか」とたずねて、「いいえ」と答えられて、どぎまぎするようでは、まだ未熟です。この時、子平の命式を見て、命中に辛があり、行運で丁がめぐるような時があるとすれば、「そうですか。いまなんともないとすれば何歳から何歳までの間にその可能性があるので、注意してください」と答えられるわけです。また、そう答えて適中するはずです。さて (もう一度、さて、です )、紫薇、四柱、占卜をふまえての「疾厄」の話は以上ですが、実際に病気にかかっている場合には、占卜(もちろん命もふくめて)等で軽々しい判断をしては絶対になりません。なぜなら、「五術」の中には、「医」という分野があり、病気の場合は、「卜」よりも「命」よりも「医」が優先する、というのは、あたり前の話なのです。この点、占いをやる医者というのは、頭が狂っているとしか思えません。「命」や「卜」で出た結果に対して、投薬なり治療 (? )をするのです。命式の燥湿と体質の燥湿とは、まったく別の問題です。このことはくれぐれも肝に命じておく必要があります。こんなことでは、医者にかかる前に、「占いに興味がありますか」ときいてからでなくては、あぶなくてかかれないことになります。仮に、金寒水冷の人が温泉療法で治るどすれば、さしずめ私 (火炎土燥 )などは、寒中水泳をしなければならないことになってしまいます・・・(! )完
この「天府・天空」「天府・地劫」が「疾厄宮」にはいりますと、胆のうをわずらいやすく、またノイローゼ、精神病、夭折の危険性なども出てきます。「天府」には、廟と旺だけけしかありませんので、他星との配合がいかに重要かが、おわかりになると思います。「紫薇・天府」「武曲・天府」「廉貞•天府」と組んだ場合は、いずれも良好です。しかし、凶星 (炎鈴羊陀空劫)が同宮しますと、やはり問題が起こってきます。「七殺」の場合、旺 (旺しかありません )にはちがいないのですが、「疾厄宮」にとって、望ましい星ではありません。「七殺」が「疾厄宮」にはいると、病弱であり、また腸や痔疾をわずらいやすくなります。凶星が同宮すれば、この傾向はいっそう助長されます。「羊刃」「陀羅」などと組めば、腸の手術もあります。しかし、「七殺」の場合、凶星とだけでなく、「文曲」「文昌」と組んでも悪い、ということは頭に入れておく必要があります。「七殺・曲昌」の組合せは、もともとあまりいい組合せではないからです。「紫薇・七殺」「武曲・七殺」「廉貞・七殺」と組んだ場合も、いずれも問題があります。「七殺」が単独で、辰戌の「疾厄宮」にはいった場合は、注意する必要があります。紫薇斗数にはさまざまな流派があり、透派では「七殺」はすべて旺 (こうとった方が便利な場合が多いのです )ととりますが、たとえば、『東洋占星術』 (佐藤文栞著・久保書店刊 )の流派によりますと、辰戌の「七殺」を陥としているからです。この流派にはこの流派の根拠があるわけですから、この辰戌の「疾厄宮」は、注意してみる必要があります。さて、「疾厄宮」で一つ、誤解されやすい点がありますので、それを書いておきましょう。それは、「疾厄宮のあらわす病気にかかった場合は重大だ」という考え方です。こういう考え方をするのもむりはありませんが、これは紫薇斗数というより気学の考え方です。気学ではたしかに、三碧の人が三碧の病気 (けいれん、咳などをともなう病気。神経の病気 )にかかった場合は重病だ、死病だ、といういい方をします。しかし、紫薇斗数ではこういう考え方はしません。紫薇の「疾厄宮」にはいった星のあらわす部位というものは、「弱い部位」ということなのです。「貪狼」が「疾厄宮」にはいった人の場合、腎臓で死ぬとか、腎臓になった場合は重病だ、ということではないのです。もちろん、そういう場合もないとはいえませんが、正しい考え方は、もともと腎臓が弱いとか、腎臓病ではないが、疲れると尿にたんぱくが出る、というようなことなのです。つまり、年中わずらいやすい、というようなことなのです。ただ、行運の悪い時に「疾厄宮」のあらわす病気にかかれば、これが重病、死病につながるおそれはあります。この、行運が悪く、「疾厄宮」のあらわす病気にかかった場合、占卜で、治る、と出たとしたらどうでしょう。これは一応、治る、とおさえてよいでしょう。ただ、経過が長びく、とか、治ってもまた再発する、というようなことはあるかもしれません。これはふつうの凶運の場合で、死期にあたっている場合は、一時的にもち直す、死期が若干のびる、というような考え方をすべきです。次回に続く
「疾厄」という言葉には、二通りの意味がこめられています。すなわち、「疾」と「厄」です。「疾」とは、疾病、病気のことであり、「厄」とは、災厄、災難のことです。「疾厄」といった場合、この二通りの意味があるわけですが、ここではおもに、「疾」について述べていくことにします。さて、紫薇斗数の十二宮の中に「疾厄宮」というものがあります。この宮にはいった星の種類、星の状態で、健康状態、病気の有無、わずらいやすい部位、などを判断するわけです。この「星」には、紫薇系の星と天府系の星、そして、炎星・鈴星•文曲・文昌・羊刃・陀羅、また副星、化曜星等があります。「疾厄宮」というのは、十二宮の中でもことのほか適中率の高いものですが、とくに天府系の星がはいった場合、目を見はるようなあたり方をすることがあります。紫薇系の星は、目・耳・鼻などの顔の部位を示し、天府系の星は臓器をあらわします。いま、天府系の星を全部あげてみますと、天府星は胆を貪狼星は腎を天相星は脾を七殺星は腸を太陰星は肝を巨門星は胃を天梁星は心を破軍星は肺をそれぞれあらわしています。この臓器をわずらいやすいというわけです。つまり、「疾厄宮」に「太陰」がはいった場合、肝臓をわずらいやすいことになります。一般に紫薇斗数の場合、十二宮にはいった星の廟陥旺失は非常に大事なことですが、「疾厄宮」にかぎっては、あまりこれにとらわれる必要はありません。はいった星のあらわす部位をわずらいやすい、とすなおにおさえればよいのです。なぜなら、天府系の星の中でも「天府」と「七殺」には失陥がなく、失陥が病気というような考え方をすると、胆のうと腸をわずらう人はいないことになってしまいます。ただ、そうはいっても、失陥はやはり病気にかかりやすいことにはちがいなく、廟旺の場合は、「ふだんは健康だが、病気になるとすれば——」といういい方になるでしよう。「天府」と「七殺」について、もう少し考えてみることにしましょう。紫薇斗数における十二宮の吉凶というものは、廟陥旺失だけで決まるものでなく、あと、「星と宮の関係」「星と星の配合」があります。「星と宮の関係」からいいますと、「疾厄宮」には、「天府」は大吉「七殺」は大凶というようになります。「天府」はおだやかな星であり、「七殺」はきつい星ですから、こういうことになるわけです。しかし、「天府」には、毛ぎらいする星の配合というものがあり、とくに「天空」と「地劫」がこれにあたります。もちろん「炎星」「鈴星」「羊刃」「陀羅」などとの組合せも悪いにはちがいないのですが、それ以上に「天空」「地劫」と組んだ場合には悪いことになります。「天府」のよさが殺されてしまう、ということです。以下次回に続く
豊かな国で遊ぶとは、楽しみが多そうだが、言葉の意味は逆で、世界大百科事典によると、泰山とならぶもう一つの中国的な死者の世界,羅鄷都(らほうと)(鄷都)の詳しいようすが述べられるようになるのは六朝中期ごろからで,もともとは中国北方海上の癸地(きち)という架空の地にある羅鄷山(らほうさん)にあるとされていたが、後に四川省(しせんしょう)の鄷都にあるとされるようになった。鄷都は、中華人民共和国重慶市に位置する豊都県(ほうとけん)の古い名称です。泰山が中国北方の黄河流域における地獄信仰の中心地だったのに対して、鄷都は四川省から長江(ちょうこう)中下流域における中心地だったといわれる。陶弘景の《真誥(しんこう)》にその地理的・官僚的組織が詳細に記述されている。ということで、五術の原文で用いられるときは、死亡するという意味で使われます。ちなみに、この死の国を管理するのが、鄷都大帝( ほうとたいてい)で、道教における冥界・地獄の最高神格で、紫微大帝の冥界における化身と解釈される。
六壬奇門皆有診法治法、然而病由医治爲正用、由卜治則誤用也。病之死於卜者多矣、豈可不慎耶。庸医殺人罪猶軽、卜者殺人罪最重。中国語翻訳サイトでみてみると、「六壬・奇門にはいずれも診断治療の法があるが、病は医で治すのが正法であり、卜で治すのは誤用である。病が卜によって死に至る例は多い。どうして慎重でいられようか。凡庸な医者が人を殺す罪はまだ軽い。占師が人を殺す罪は最も重い。」透派六壬大法心得の病医の中で述べられている内容です。一般の占卜(五行易、六壬神課、奇門遁甲など)では、病占の中で、病名を特定する方法があるのですが、透派十代・王文澤氏は、病占ではなく、病医占としています。王文澤氏は、高名な中医でもあったわけで、病気を占いでみることを嫌ったわけでしょう。それでも、医者には名医もあれ ば、藪医者もあるわけですから、医者と患者の関係を占うことを中心においたと思われます。故・佐藤六龍先生が教室でよく言われていたのは、天候占は、現在ではお天気ニュースを見たほうが確実であるし、妊娠占での男女の性別の区別は、産婦人科に聞いたほうが確実だということです。占いは、それでも不確実にならざるを得ない事態の場合のみ用いるのが正しい用法だと思います。
魯班丁蘭尺 丁 子供(跡継ぎ)に恵まれる 害 災害にあう 旺 運が盛んになる 苦 苦しみがある 義 金運がある 官 官位があがる 死 意外な死傷 興 盛んになる 失 破算する 財 お金がある 魯班丁蘭尺七言絶句 福星 丁蘭丈測準又真 福星光耀佑善人 與天合徳百吉聚 連年好運幸福臻 ていらんたけをはかるはじゅんにしてしんふくせいこうようよくひとをたすけてんをたすけとくをあわせてひゃくきちあつまるれんねんこううんこうふくいたる 平準であり真実である。光輝く星が人を扶け、多くの吉運が集まり、幸福が集まる。 多くの吉運が集まり幸福となる。及第 讀書求官有貴人 乃因丁蘭測地霊 金榜題名自可得 封官晋爵歩歩昇 どくしょきゅうかんきじんありていらんによりてちれいをはかるきんぼうだいめいみずからえるべくかんをほうじしゃくすすみほほにのぼる 知識を得て出世するには貴人の助けが必要で、、丁蘭尺で及第の長さなら、科挙に受かり、官吏となって出世コースを歩む 試験(科挙)に合格し、出世する。財旺 丁蘭尺丈霊地開 五鬼送来五路財 財旺更要積功徳 子孫代代黄金台 ていらんたけれいちひらくごきそうらいごろのざいざいおうさらにくどくをつむをようすしそんだいだいおうごんのだい 財旺の長さになっていたら、対人関係の良さがあり。この吉寸は功徳(くどく)を積むことで子々孫々まで繁栄する。 対人関係の良さで子々孫々まで栄える。 *五鬼=浄光鬼、皁王鬼、樹根鬼、月殿鬼、精神鬼 五路=東西南北と中央 登科 魯班登科秀才男 郷試通過郡試参 做了挙人又殿試 不但進士状傍探 ろはんとうかしゅうさいのおとこごうしつうかぐんしまいるきょじんをなしおわりまたでんしただしんしならずじょうぼうだん秀才=科挙の試験科目。郷試、会試(郡試)、殿試に通り、ただ進士になるだけでなく、1番2番3番で合格することも夢ではない。挙人=郷試に合格した者。進士=殿試に合格した者状元=進士に一番でなる。傍眼=二番、探花=三番 国家試験に受かり、人生まで向上する。口舌 魯班口舌不勝憂 是非謡伝到処流 明争暗闘不能止 吵閙牢騒何時休 ろはんくぜつうれいにかてずぜひようつたいたるところにながれるめいそうとあんとうよくとどまらずしょうえんろうそうはいつとどまるぞ争いごとやトラブルで心配事が絶えない。トラブル、デマが至る所に飛び交い、あらゆる争いが止むことはない。激しい争いや愚痴がいつ止まるのだろうか 争いやトラブルに巻き込まれます病臨 魯班病臨鬱蒸蒸 暑遇火炎寒遇冰 心有余而力不足 千意百志無一能 ろはんびょうりんうつとしてじょうじょうあつきにかさいにあいさむきにひょうにあうこころにあまりありてしかしてちからたりずせんいひゃくしいちのうなし 病の為、鬱陶しくて悶々とする。暑い時は火災に遭い、寒い時は氷にあう。やりたいことに力が足りず、いろいろ希望があるが、たった一つのことも出来ない 病いの為希望することが一つもできない。死絶 魯班死絶必伶仃 因何骨肉不長齢 子死丁絶誰継後 怱来地罰与天刑 ろはんしぜつかならずれいていなにによりてこつにくのよわいながからずやこがしにてい(あととり)がぜっしだれがあとをつぐやたちまちきたるはちばつとてんけい 後継者が死に孤独となる。どうして親族が長生きできようか。子供が死に、跡取りが絶えてしまう。すなわち地の罰と天の刑を受けることとなる。 子や後継者を失い、孤独となる。災至 魯班災至総不行 災禍険難路不平 創傷残廃諸不順 一生風雨永不晴 ろはんさいしすべていかずさいかけんなんみちたいらならずそうしょうざんはいもろじゅんならずいっしょうふううながくはれず 総てが上手くいかない。危険と困難で行く手は平坦でない。傷を受けたり身体障害になったりして順調でなく、一生風雨で晴れ間が少ない 色々な災難にあい、すべてうまくいかない。天徳 天心不因丁蘭測 道義相配自然来 品徳端正天賜福 行為背天必降災 てんしんはていらんのたけによらずどうぎはあいはいししぜんにくるひんとくたんせいにしててんよりふくをたまわるおこないてんにそむけばかならずわざわいおる 天徳の寸法になっていれば道理に背くことはない。人として行う行動が自然と備わり人徳と品格が備わり、道理に背く行いをすれば、災いがある。 道理に背かず、人徳と品格が備わる。喜事 喜従天降因徳積 壽高百歳善中来 丁蘭丈測進一歩 為善積徳福門開 きはてんよりおりとくをつむによるじゅたかきとなりひゃくさいぜんはあたりきたるていらんたけすすみていっぽはかりぜんをなしとくをつめばふくもんひらく この寸法になっていれば、徳を積むことで、寿命は長命で、天から降るように良いことが続く 徳を積み、長寿でよいことが続く。進寶 魯班進寶不疑嫌 物粗心細喜色添 等路何必金銀宝 一支乾柴引烈炎 ろはんしんぽううたがいきらわずものあらけれどこころほそくきしょくそえるひとしきみちはなんでかならずきんぎんのたからやいっしのけんしれつえんをひく汚職をしても疑いをかけられない。物が安ものでも気配りが良ければ喜んでもらえる。何も金銀財宝でなくても、まき一本でも火は起こせる。 汚職をしても捕まりません。人に信用される。納福 海納百川因為大 人有鴻福度量寛 行善積徳納百福 助人天助運萬端 うみひゃくせんをおさめてよりてだいとなすひとにこうふくありてどりょうはひろしよくおこないとくをつめばひゃくふくおさめるひとのたすけてんのたすけうんはばんたん この寸法になっていれば、海が多くの川から大きくなるように、人は大きな福があり度量広く、功徳を積むことですべてうまくいきます。 大きな心で、すべてうまくいく。失脱 魯班失脱尽成灰 遺落毀忘自招災 拾扒詐奪偸盗佔 怨天尤人最可哀 ろはんしつだつことごとくはいになるいらくきぼうみずからわざわいをまねくひろうぱーさだつちゅうとうせんてんをうらみひとをうらむもっともかなしむべし ことごとく灰となる。持っていくのを忘れたり、落としたり、壊れたり、どこかに忘れたり、自分で災いを招き、他人に拾われたり、すり取られたり、だまし取られたり、奪い取られたり、盗まれたり、強盗に遭ったり占有されたりする。天や人を恨んでも仕方ない(自分が原因である) 物事が役立たずになり、すべてを奪われる。官鬼 魯班官鬼百事乖 微比賦税最関懐 抄家査封更可怕 満山良材変枯柴 ろはんかんきひゃくじそむくちょうひとふぜいもっともかんかいしょうかとさふうさらにおそるべしやまにみつるりょうざいもかれしばにかわる 百事つまづく(トラブルが起きる)。徴用や税金が最も心配で家宅捜査や差し押さえは更に恐ろしい。山に満る良材も枯柴となる。 官害にあい、徴用や税金の差押で駄目になる。劫財 魯班劫財財不斉 甜言蜜語令人迷 非但野花貪朋友 加上逆子与悪妻 ろはんごうざいざいととのわずてんげんみつごひとをまよわしむただやかむさぼるほうゆうにあらずぎゃくしとあくさいがうえにくわわる 持っている財が減ってしまう。甘い言葉に迷って金が出ていく。外の女性や欲深い友人にだけでなく、親不孝の子や悪妻に金をむしり取られる。 甘い言葉に迷って、女性・友人・親不孝の子、悪妻にお金をむしり取られます。無嗣 無後無嗣真可憐 前世作悪種罪衍 臨終死後無人送 再世應該善當先 あとなくこなくしんいあわれむべしぜんせあくをなしおおくのつみをしくりんじゅうしごおくるひとなしさいせおうがいぜんまさにさき後を継ぐ子供に恵まれない。前世の悪行の報いであり、臨終にあたり送ってくれる人もない。吉寸にすれば、来世では良いことがあると約束される。 前世の報いで後継ぎが生まれない。大吉 魯班大吉不為難 不貧不賤不孤単 壽比南山又康健 無災無禍保平安 ろはんだいきちなんとなさずまずしからずいやしからずこたんならずじゅなんざんにひしまたこうけんむさいむかへいあんをたもつ 平穏無事で、逆境ではない。貧でなく、身分が下落せず、淋しくなく、寿命が長く健康である。災いがなく平安である。 家庭が安定し、身分の転落がなく健康である。財旺 既出 益利 魯班益利由克勤 事業成就益利群 益又招益利招利 地上緑茵天錦雲 ろはんえきりこっきんによるじぎょうはじょうじゅしてえきりのぐんえきがまたえきをまねきりまたりをまねくちじょうのりょくいんてんのにしきぐも一生懸命働いて益利を産む。事業が成功して大きな利を産む。利が又利を産み、その素晴らしさは、地上の霊草、天上の雲のようだ 事業、仕事、商売で利益を得ます。天庫 天庫儲福萬萬端 世人誰能識得清 生要行好死要正 衆善奉行才是真 てんこちょふくばんばんたんせじんだれかよくせいをうるをしらんせいはこうこうをようししはせいをようししゅうぜんほうこうさいはこれしん 福が溜まりすべて順調に行く。世間の人が、この人が曲がったことをしないことを知っています。真面目に生きたなら死ぬときに後悔しない。多くの良いことがあり、生まれ持った才能がある。 すべて順調で、正しい人であることを知られ真面目で死ぬときに後悔がない。富貴 魯班富貴金銀巣 乾卦九二九四爻 九二為富九四貴 堪称天龍与神蛟 ろはんふうききんぎんのすけんかのくにくしのこうくにをとみとなしくしをきとなすてんりゅうとしんこうにたとえるにたえる 金が溜まる。乾卦の二爻は財で、四爻は官鬼。非常に出世する人物となる。 お金と非常に高い地位を得ます。進寶 既出 横財 魯班横財財相連 孤注一擲幾万千 不同凡眼知未到 先知先覚似神仙 ろはんおうざいざいあいつらなるこちゅういってきにしていくまんせんぼんがんとおなじからずいまだいたらざるをしるさきにしりさきにおぼえることしんせんににる 大財を得る。一発大勝負で大金を得る。目の付け所が良く先見の明がある。まるで神仙の如く予見できる。 一過性の大金を得ます。順科 魯班順科過三関 聞一知十必朝班 挙一反三多才子 栄華富貴見聖顔 ろはんじゅんかさんかんをすぐいちをきいてじゅうをしりかならずちょうはんすいちをあげてさんにかえりたさいのしえいがふうきせいがんにまみゆ 三関(郷試、会試、殿試)に合格し、非常に頭が良く、出世する。また、頭が良くて才能に恵まれる。栄華と富貴を得て、天子にまみえる。 試験に合格します。頭が良くなる。結果出世する。離郷 魯班離郷又離家 流浪飄零心似麻 万里作客頗寂寞 愁望浮雲嘆落花 ろはんりきょうまたいえをはなれるるろうひょうれいこころはあさににるばんりきゃくをつくりすこぶるせきびゃくうれいてうきぐもをのぞみらっかをなげく 自分の住む家や会社を離れる。さまようことで心が縮れる。定住せずにすこぶる物寂しく、浮雲を見て愁い、落花を見て嘆く 自分の家や現在の会社を離れるざるを得ない死別 魯班死別不用刀 愛別離苦必悲号 骨肉同胞労与燕 為何悽惨不能逃 ろはんしべつかたなをもちいずあいべつりくかならずかなしくなきさけぶこつにくどうほうろうとえんなんのためぞせいさんでにげるあたわず 死別は刀を用いず。親しい人との別れは悲しく、家族、夫婦の別れが避けることができない 親しい人との生別・死別があります。退丁 中途退丁夭折殤 白髪送黒断人腸 如今丁蘭測福地 壽命綿廷見安康 ちゅうとたいていようせつのしょうはくはつくろをおくるはひとのちょうをたついままさにていらんでふくちにはかればじゅみょうめんえんにしてみはあんこう人生半ばで夭折する。老人が若い人を見送る断腸の思いをする。もし吉寸にすれば、寿命は長くなり、心身は健康でいられる。 夭折する。断腸の思いをする。失財 生不帯来死有常 註定失財莫心傷 不義之財毋苟得 善財才能永久蔵 せいはたいらいせずしはつねにありしつざいはさだめなくばくとしてこころいためるふぎのざいいやしくもえるなかれぜんざいはさいのうにしてえいきゅうにぞうす 人生で、生がついて回らずに死が常にある。財を失うことが続き、大いに痛手を感じる。道に外れた方法で財を得てはならない。吉寸にして、自然に身につく財を得れば才能と能力で財が溜まるようになる 凶運がついて回り、失財で大きな痛手を負う。登科 既出 貴子 魯班貴子又貴孫 礼楽詩書大中論 十年寒窓無人問 一挙成名震乾坤 ろはんきしまたきそんれいがくししょだいちゅうろんじゅうねんかんそうとうひとなけれどもいっきょなをなしけんこんにふるう 子供・孫の出来が良くなる。礼記、楽記、詩経、書経、大学、中庸、論語などの学問で、誰も問う人の無い状態から、一生懸命勉強して、一発の試験で世間に名の知れた人になる。 子供が非常に出来の良い子に育ちます。添丁 魯班添丁加一人 念年之後七尺身 不孝有三除其大 謝天謝地謝百神 ろはんてんていひとりくわわりねんねんののちにはななしゃくのみふこうにさんあるもそのだいなるをのぞくてんにしゃしちにしゃしひゃくじんにしゃす いい男児が生まれる。二十歳になれば、堂々たる体格で、不孝(親に悪いことをさせる。親に貧しい暮らしをさせる、後継ぎがない)の中で最も大きい後継ぎがないのを避けることができ、天地百神に感謝をする。 いい跡継ぎを得ます。興旺 魯班興旺六畜咸 多生少死不平凡 山上更是果材盛 桃李梅柑槐松杉 ろはんこうおうりくちくことごとくよくおおくうまれすくなくしにへいぼんならずさんじょうさらにこれかざいさかんとうりばいかんぎしょうさん家畜農産物が良くできる。多く生まれ死ぬものは少ない。山には様々な果実や材木が産する。 家畜、農産が盛んになります。孤寡 魯班弧寡哀有余 生離死別婦寡居 棄養孤児何処去 悲嘆歳月総不如 ろはんこかあわれむにあまりありせいりしべつおんなはかにおりやしないをすててこじいづくにいくやひたんざいげつすべてしからず 非情に悲しいことになる。生別死別、女性はひとり身になる。親と死に別れ、行き所がなくなる。悲しみに嘆く年月が続いてすべてうまくいかない。 夫や親を失い、悲しみ嘆きでうまくいかない。牢執 魯班牢執多是非 鬼纏万事与願違 官符刑災不可免 可憐牢内披囚衣 ろはんろうしつぜひおおしおににまとわればんじねがいとことなるかんぷけいさいまぬがれずあわれむべしろうないにてしゅういをかぶる トラブルが多い。何をやってもうまくいかず、万事願い通りにならない。法に触れ刑罰を受け、牢に入る。(病院に閉じ込められるのも含まれる) トラブルが多く、法に触れ刑罰を受ける。公事 魯班公事不可為 民間相争向官移 衛門出入敗者損 勝者也損有誰知 ろはんくじなすべからずみんかんあいあらそいかんにむかいてうつすえいもんにでいりすればはいしゃはそこねるもしょうしゃもまたそこねるをだれかしるや 何をやってもうまくいかない。民間の争いは裁判に持ち込まれ、裁判所に出入りすれば負けても勝っても損をする。 是非で裁判沙汰になり勝敗に関係なく損をする。退財 魯班退財財運降 堤崩黄河潰長江 出多入少当貧困 家似夷戎狄蛮邦 ろはんたいざいざいうんおろすつつみくずれしこうがとつぶれしちょうこうでおおくいりすくなくしてまさにひんこんいえはいじゅうてきばんのくにににる 金が減って貧乏になる。黄河と長江の堤が破れて、支出が多く収入が少なく貧困となる。家は野蛮人(東夷、西戎、北狄、南蛮)のように貧しい。 金が段々無くなり、貧しい家となる。迎福 魯班迎福福重重 四季皆春没有冬 財子寿禄夢一欠 乗騎神鳳与神龍 ろはんげいふくふくがじゅうじゅうしきみなはるふつはなしざいしじゅろくのゆめはひとつもかけることはなくしんぽうとしんりゅうにのる 良いことが重なり、一年中良いことばかり起こる。財・子孫・寿・禄の夢は一つもかけることはなく、そのため天にも昇るような良さがある。 良いことが重なり、天にも昇る良さがある。六合 魯班六合友西東 北狄南蛮心必同 四海之内皆兄弟 不起波浪不起風 ろはんりくごうともにしひがしほくてきなんばんこころかならずおなじしかいのうちみなきょうだいはろうおこらずかぜおきず友があちこちから集まってくる。育ちが違っても心は一つ。平穏無事である。 信用が増し、友人が増えます。進寶 既出 財徳 魯班財徳信為功 光明正大天下公 不用欺騙与権勢 只用耕牧与商工 ろはんざいとくしんをこうとなしこうめいせいだいてんかにこうとなりぎへんとけんせいをもちいずただこうぼくとしょうこうをもちいる 信用第一で財を成す。正直で公明正大で後ろめたいことがない。騙したり汚職をしないで、ただ真面目に田を耕し、牧畜をし、商いをすることでよい。 信用第一で、地道な方法で収入を得ます。以上
魯班門公尺七言絶句 財徳魯班財徳信為功 光明正大天下公 不用欺騙与権勢 只用耕牧与商工 ろはんざいとくしんをこうとなし こうめいせいだいてんかにこうとなりぎへんとけんせいをもちいず ただこうぼくとしょうこうをもちいる信用第一で財を成す。正直で公明正大で後ろめたいことがない。騙したり汚職をしないで、ただ真面目に田を耕し、牧畜をし、商いをすることでよい。 信用第一で、地道な方法で収入を得ます。寶庫 魯班寶庫収珍奇 銀花玉葉与金枝 家宝不比国宝貴 適可適当最相宜 ろはんほうこちんきをおさめる ぎんかぎょくようときんしかほうはこくほうのきにくらべられず てきかてきとうもっともあいよろし 珍しい宝物をあつめて利を得る。良い宝物を集める。家宝は国宝とは比べられないが、無理をしないでやれば儲けることができる。 珍しい良い物が集まる。無理せず儲ける。六合 魯班六合友西東 北狄南蛮心必同 四海之内皆兄弟 不起波浪不起風 ろはんりくごうともにしひがし ほくてきなんばんこころかならずおなじしかいのうちみなきょうだい はろうおこらずかぜおきず 友があちこちから集まってくる。育ちが違っても心は一つ。平穏無事である。 信用が増し、友人が増えます。迎福 魯班迎福福重重 四季皆春没有冬 財子寿禄夢一欠 乗騎神鳳与神龍 ろはんげいふくふくがじゅうじゅう しきみなはるふつはなしざいしじゅろくのゆめはひとつもかけることはなく しんぽうとしんりゅうにのる良いことが重なり、一年中良いことばかり起こる。財・子孫・寿・禄の夢は一つもかけることはなく、そのため良いことが重なり、天にも昇る良さがある。退財 魯班退財財運降 堤崩黄河潰長江 出多入少当貧困 家似夷戎狄蛮邦 ろはんたいざいざいうんおろす つつみくずれしこうがとつぶれしちょうこうでおおくいりすくなくしてまさにひんこん いえはいじゅうてきばんのくにににる 金が減って貧乏になる。黄河と長江の堤が破れて、支出が多く収入が少なく貧困となる。家は野蛮人(東夷、西戎、北狄、南蛮)のように貧しい。 金が段々無くなり、貧しい家となる。公事 魯班公事不可為 民間相争向官移 衛門出入敗者損 勝者也損有誰知 ろはんくじなすべからず みんかんあいあらそいかんにむかいてうつすえいもんにでいりすればはいしゃはそこねるも しょうしゃもまたそこねるをだれかしるや 何をやってもうまくいかない。民間の争いは裁判に持ち込まれ、裁判所に出入りすれば負けても勝っても損をする。 是非で裁判沙汰になり勝敗に関係なく損をする。牢執 魯班牢執多是非 鬼纏万事与願違 官符刑災不可免 可憐牢内披囚衣 ろはんろうしつぜひおおし おににまとわればんじねがいとことなるかんぷけいさいまぬがれず あわれむべしろうないにてしゅういをかぶる トラブルが多い。何をやってもうまくいかず、万事願い通りにならない。法に触れ刑罰を受け、牢に入る。(病院に閉じ込められるのも含まれる) トラブルが多く、法に触れ刑罰を受ける。孤寡 魯班弧寡哀有余 生離死別婦寡居 棄養孤児何処去 悲嘆歳月総不如 ろはんこかあわれむにあまりあり せいりしべつおんなはかにおりやしないをすててこじいづくにいくや ひたんざいげつすべてしからず 非情に悲しいことになる。生別死別、女性はひとり身になる。親と死に別れ、行き所がなくなる。悲しみに嘆く年月が続いてすべてうまくいかない。 夫や親を失い、悲しみ嘆きでうまくいかない。長庫 魯班長庫有若無 屯積如山又何須 没人問津脚底貨 腐爛浸蝕最鳴乎 ろはんちょうこあるもなきがごとく とんせきはやまのごときもまたなんですべきやつをとうひともなくきゃくのそこのか ふらんしんしょくもっともああ品物があっても無いが如し。商品がいっぱいあっても何の役にも立たない。欲しがる人はなく、売れ残る。そのため腐ってしまい、ああ悲しい思いする。 商売がうまくいかず、在庫は売れ残り腐り悲しむ劫財 魯班劫財財不斉 甜言蜜語令人迷 非但野花貪朋友 加上逆子与悪妻 ろはんごうざいざいととのわず てんげんみつごひとをまよわしむただやかむさぼるほうゆうにあらず ぎゃくしとあくさいがうえにくわわる 持っている財が減ってしまう。甘い言葉に迷って金が出ていく。外の女性や欲深い友人にだけでなく、親不孝の子や悪妻に金をむしり取られる。 甘い言葉に迷って、女性・友人・親不孝の子、悪妻にお金をむしり取られます。官鬼 魯班官鬼百事乖 微比賦税最関懐 抄家査封更可怕 満山良材変枯柴 ろはんかんきひゃくじそむく ちょうひとふぜいもっともかんかいしょうかとさふうさらにおそるべし やまにみつるりょうざいもかれしばにかわる 百事つまづく(トラブルが起きる)。徴用や税金が最も心配で家宅捜査や差し押さえは更に恐ろしい。山に満る良材も枯柴となる。 官害にあい、徴用や税金の差押で駄目になる。失脱 魯班失脱尽成灰 遺落毀忘自招災 拾扒詐奪偸盗佔 怨天尤人最可哀 ろはんしつだつことごとくはいになる いらくきぼうみずからわざわいをまねくひろうぱーさだつちゅうとうせん てんをうらみひとをうらむもっともかなしむべし ことごとく灰となる。持っていくのを忘れたり、落としたり、壊れたり、どこかに忘れたり、自分で災いを招き、他人に拾われたり、すり取られたり、だまし取られたり、奪い取られたり、盗まれたり、強盗に遭ったり占有されたりする。天や人を恨んでも仕方ない(自分が原因である) 物事が役立たずになり、すべてを奪われる。添丁 魯班添丁加一人 念年之後七尺身 不孝有三除其大 謝天謝地謝百神 ろはんてんていひとりくわわり ねんねんののちにはななしゃくのみふこうにさんあるもそのだいなるをのぞく てんにしゃしちにしゃしひゃくじんにしゃすいい男児が生まれる。二十歳になれば、堂々たる体格で、不孝(親に悪いことをさせる。親に貧しい暮らしをさせる、後継ぎがない)の中で最も大きい後継ぎがないのを避けることができ、天地百神に感謝をする。 いい跡継ぎを得ます。益利 魯班益利由克勤 事業成就益利群 益又招益利招利 地上緑茵天錦雲 ろはんえきりこっきんによる じぎょうはじょうじゅしてえきりのぐんえきがまたえきをまねきりまたりをまねく ちじょうのりょくいんてんのにしきぐも 一生懸命働いて益利を産む。事業が成功して大きな利を産む。利が又利を産み、その素晴らしさは、地上の霊草、天上の雲のようだ 事業、仕事、商売で利益を得ます。貴子 魯班貴子又貴孫 礼楽詩書大中論 十年寒窓無人問 一挙成名震乾坤 ろはんきしまたきそん れいがくししょだいちゅうろんじゅうねんかんそうとうひとなけれども いっきょなをなしけんこんにふるう 子供・孫の出来が良くなる。礼記、楽記、詩経、書経、大学、中庸、論語などの学問で、誰も問う人の無い状態から、一生懸命勉強して、一発の試験で世間に名の知れた人になる。 子供が非常に出来の良い子に育ちます。大吉 魯班大吉不為難 不貧不賤不孤単 壽比南山又康健 無災無禍保平安 ろはんだいきちなんとなさず まずしからずいやしからずこたんならずじゅなんざんにひしまたこうけん むさいむかへいあんをたもつ 平穏無事で、逆境ではない。貧でなく、身分が下落せず、淋しくなく、寿命が長く健康である。災いがなく平安である。 家庭が安定し、身分の転落がなく健康である。順科 魯班順科過三関 聞一知十必朝班 挙一反三多才子 栄華富貴見聖顔 ろはんじゅんかさんかんをすぐ いちをきいてじゅうをしりかならずちょうはんすいちをあげてさんにかえりたさいのし えいがふうきせいがんにまみゆ 三関(郷試、会試、殿試)に合格し、非常に頭が良く、出世する。また、頭が良くて才能に恵まれる。栄華と富貴を得て、天子にまみえる。 試験に合格します。頭が良くなる。結果出世する。横財 魯班横財財相連 孤注一擲幾万千 不同凡眼知未到 先知先覚似神仙 ろはんおうざいざいあいつらなる こちゅういってきにしていくまんせんぼんがんとおなじからずいまだいたらざるをしる さきにしりさきにおぼえることしんせんににる 大財を得る。一発大勝負で大金を得る。目の付け所が良く先見の明がある。まるで神仙の如く予見できる。 一過性の大金を得ます。進益 魯班進益財不凋 門前若市利高超 推金積玉陶朱富 一生快楽又逍遥 ろはんしんえきざいしおれず もんぜんいちのごとくりたかくこえるたいきんせきぎょくとうしゅのとみ いっしょうのかいらくまたしょうようす 財しおれず。仕事が繁盛して利益が上がる。門前市を成すが如く、予定していた利益を超す。一生の快楽で悠々自適である。 仕事が非常に繁盛して利益が上がる。富貴 魯班富貴金銀巣 乾卦九二九四爻 九二為富九四貴 堪称天龍与神蛟 ろはんふうききんぎんのす けんかのくにくしのこうくにをとみとなしくしをきとなす てんりゅうとしんこうにたとえるにたえる 金が溜まる。乾卦の二爻は財で、四爻は官鬼。非常に出世する人物となる。 お金と非常に高い地位を得ます。死別 魯班死別不用刀 愛別離苦必悲号 骨肉同胞労与燕 為何悽惨不能逃 ろはんしべつかたなをもちいず あいべつりくかならずかなしくなきさけぶこつにくどうほうろうとえん なんのためぞせいさんでにげるあたわず 死別は刀を用いず。親しい人との別れは悲しく、家族、夫婦の別れが避けることができない 親しい人との生別・死別があります。退口 魯班退口恨不多 奴僕豈能張網羅 一人二人三人去 天時地利欠人和 ろはんたいこうおおからずのうらみ ぬぼくはあによくもうらをはれどもひとりふたりさんにんさる てんじちりひとのわをかく 恨みがなくても使用人がやめていく。辞めるのを止めようとしても次々辞めて、天時、地利は得ても人和が欠けるからである 人の和が欠け従業員が次々やめていきます。離郷 魯班離郷又離家 流浪飄零心似麻 万里作客頗寂寞 愁望浮雲嘆落花 ろはんりきょうまたいえをはなれる るろうひょうれいこころはあさににるばんりきゃくをつくりすこぶるせきびゃく うれいてうきぐもをのぞみらっかをなげく 自分の住む家や会社を離れる。さまようことで心が縮れる。定住せずにすこぶる物寂しく、浮雲を見て愁い、落花を見て嘆く 自分の家や現在の会社を離れるざるを得ない。財失 魯班財失景不長 人怕老衰珠怕黄 事倍功半大勢去 卯時太陰酉太陽 ろはんざいしつけいながからず ひとはろうすいをおそれたまはこうをおそれるじばいこうはんたいせいさり うどきのたいいんとりのたいよう 財を失い、良い景気が長く続かない。人は年取ることを恐れ、玉は黄色くなることを恐れる。努力が倍かかり成果が半分で、状況は朝方の月や夕方の太陽のように弱い 多労少功で、時流に乗れず収入を得られない。災至 魯班災至総不行 災禍険難路不平 創傷残廃諸不順 一生風雨永不晴 ろはんさいしすべていかず さいかけんなんみちたいらならずそうしょうざんはいもろじゅんならず いっしょうふううながくはれず総てが上手くいかない。危険と困難で行く手は平坦でない。傷を受けたり身体障害になったりして順調でなく、一生風雨で晴れ間が少ない 色々な災難にあい、すべてうまくいかない。死絶 魯班死絶必伶仃 因何骨肉不長齢 子死丁絶誰継後 怱来地罰与天刑 ろはんしぜつかならずれいてい なにによりてこつにくのよわいながからずやこがしにてい(あととり)がぜっしだれがあとをつぐや たちまちきたるはちばつとてんけい 後継者が死に孤独となる。どうして親族が長生きできようか。子供が死に、跡取りが絶えてしまう。すなわち地の罰と天の刑を受けることとなる。 子や後継者を失い、孤独となる。病臨 魯班病臨鬱蒸蒸 暑遇火炎寒遇冰 心有余而力不足 千意百志無一能 ろはんびょうりんうつとしてじょうじょうあつきにかさいにあいさむきにひょうにあうこころにあまりありてしかしてちからたりず せんいひゃくしいちのうなし 病の為、鬱陶しくて悶々とする。暑い時は火災に遭い、寒い時は氷にあう。やりたいことに力が足りず、いろいろ希望があるが、たった一つのことも出来ない 病いの為希望することが一つもできない。口舌 魯班口舌不勝憂 是非謡伝到処流 明争暗闘不能止 吵閙牢騒何時休 ろはんくぜつうれいにかてず ぜひようつたいたるところにながれるめいそうとあんとうよくとどまらず しょうえんろうそうはいつとどまるぞ 争いごとやトラブルで心配事が絶えない。トラブル、デマが至る所に飛び交い、あらゆる争いが止むことはない。激しい争いや愚痴がいつ止まるのだろうか 争いやトラブルに巻き込まれます。財至 魯班財至何必尋 銭財不求自来臨 風平浪静頗順利 一生如意又称心 ろはんざいしいずこかかならずたずぬるやせんざいはもとめざるもみずからきたりのぞむかぜたいらにしてなみしずかすこぶるじゅんりいっしょういのごとくまたしょうしん 金銭に対してあくせくしなくてよい。求めなくとも自然と入ってくる。波風がなくすべて順調に進む。すべて意の如く望み通りになる 金が自然に順調に入ってきて順調に進む。登科 魯班登科秀才男 郷試通過郡試参 做了挙人又殿試 不但進士状傍探 ろはんとうかしゅうさいのおとこ ごうしつうかぐんしまいるきょじんをなしおわりまたでんし ただしんしならずじょうぼうだん 秀才=科挙の試験科目。郷試、会試(郡試)、殿試に通り、ただ進士になるだけでなく、1番2番3番で合格することも夢ではない。挙人=郷試に合格した者。進士=殿試に合格した者状元=進士に一番でなる。傍眼=二番、探花=三番 国家試験に受かり、人生まで向上する。進寶 魯班進寶不疑嫌 物粗心細喜色添 等路何必金銀宝 一支乾柴引烈炎 ろはんしんぽううたがいきらわず ものあらけれどこころほそくきしょくそえるひとしきみちはなんでかならずきんぎんのたからや いっしのけんしれつえんをひく 汚職をしても疑いをかけられない。物が安ものでも気配りが良ければ喜んでもらえる。何も金銀財宝でなくても、まき一本でも火は起こせる。 汚職をしても捕まりません。人に信用される。興旺 魯班興旺六畜咸 多生少死不平凡 山上更是果材盛 桃李梅柑槐松杉 ろはんこうおうりくちくことごとくよく おおくうまれすくなくしにへいぼんならずさんじょうさらにこれかざいさかん とうりばいかんぎしょうさん 家畜農産物が良くできる。多く生まれ死ぬものは少ない。山には様々な果実や材木が産する。 家畜、農産が盛んになります。次回は丁蘭尺を
AIによると、魯班(ろはん)は、中国春秋戦国時代の伝説的な「大工の神様」「工匠の祖」として知られる偉大な発明家・建築家。魯の哀公(前494-前468)の時代の人で,魯の昭公の子ともいわれる。本名は公輸盤(こうしゅはん)。墨子の著作に登場し、雲梯(うんてい)(攻城兵器)や鉤拒(こうきょ)(攻城兵器)、魯班鎖(パズル)、鉋や錐などの道具を発明したとさます。後世には建築・工芸の守護神として崇拝され、魯班尺(風水メジャー)や「魯班工坊」など、その名が多くの技術や文化に受け継がれています。魯班尺(ろはんしゃく)は、風水に基づいて物の寸法(長さ・幅・高さなど)の吉凶を判断するための特殊な物差し(メジャー)です。家や家具などの寸法を測り、赤い目盛り(吉)に合わせて良い運気を呼び込むために使われます。目盛りには門公尺(もんこうしゃく:陽宅・建物用)と丁蘭尺(ていらんしゃく:陰宅・家具・仏壇用)があり、測る対象によって使い分け、赤が吉、黒が凶を示します。メジャーなんかが、風水グッズ屋さんで売っていますが、Magic Wandsさんのサイトでは、https://www.magicwands.jp/calculator/scale/?len=5&unit=cm長さを入力すると、魯班尺に変換してくれます。これは便利です。佐藤六龍先生の教室では、秘伝の漢詩を講習しており、私の知る限りでは、一般の中国書籍には掲載されていないものです。まずは五言絶句から。財 魯班財神動 倉足蔵不空 一本万利来 金銀銅満桶 莫大な利益を得ます病 魯班病憂恐 焼痛倦疹腫 看医応趁早 晩来入青塚 病気の憂いがあります離 魯班離孤港 無情当頭棒 労燕各分飛 怨別最離講 孤独、夫婦の別離義 魯班義最美 正正当当是 諸悪莫作為 青雲与清水 義理人情をわきまえ、 立派な志を持ちます官 魯班官英偉 抬頭不揺尾 晋昇尽権貴 勢掌一車鬼 出世します。劫 魯班劫離禦 煩似寒与暑 只知利来源 不知財出処 お金がいつの間にか 無くなっていきます害 魯班害当路 偏偏神不遇 却与鬼相逢 此生多謬誤 障害だらけの人生となる本 魯班本伝世 年年必豊歳 根固枝葉張 花開果可計 家業がしっかりします。次回は七言絶句を紹介します。
昨日の続きとなります。5.日支と方位(震源地の見方) 長野県諏訪湖近辺杖突峠を日本の中心と定め、時計の数字に月を当てはめ、その方 向または 反対の方位が震源地となりやすいということです。 事実、関東大震災は九月1日なので、中心から見てほぽ時計の九時方位の真反対の三 時の方向 の関東中心部で発生しております。 地震発生の年月ですでに成立条件が達成している時があります。こうした時に日支 が方位を 表している事が多いようです。 ただすべての地震がこの法則に当てはまるとは限りませんが、歴史に残るような大 地震では、 ほぼ当てはまるようです。「東日本大震災」の場合は日支の方位で出ているようです。丑方位に当てはめると今 回の震源地に対応します。 注意していただきたいのは月方位は十二支方位ではない事です。日支方位は十二支 方位になります。6.日干支の役割「東日本大震災」の項で言いましたように18日の壬申の日でも地震発生の条件は出て いるのに、なぜ11日に発生したのかということです。それは前項で述ペたように日 支が震源方位を指しているからです。18日では申方位や寅方位での震源地になりま すから本来起きるべき震源地から外れてしまうことになります。 丑方位を示すことで震源地を特定している訳です。この年の三月にあそこで地震が 起きる爲には丑の日でないとまずいからです。 でもそうなると23日の丁丑の日でもよいではないかという疑問も出ます。確かに23 日ならぱ裏干を用いなくても火性干が出ます。地支は裏支酉と丑の会局を用いて成 立条件が出来ます。 これ以上は干支条件だけでは絞り込めません。 干支条件だけでは可能性の日は何日かあるということです。その中のどの日に出る のかは地殻の状態との関係もありますが、干支以外の七政の星配列等、情報を詳し く重ねていくとさらに詳しく絞れます。 ただいずれにしても、このように年月で地震発生条件が成立していても相互干支で 日干支の空亡が必要であるとか、条件の絡みの中で日干支は独特の働きを持ってい ます。7.干支暦と大地震 これまでの解説から、干支を用いる事で相当な確率で大地震を予知することは可能 であると御理解いただけたと思います。 ではなぜ干支によってそれが可能になるのかということです。 こうしている間にも地球上のどこかで大小を問わず地震は発生しております。地震 の無い日は無いのです。 そう考えてみると干支による予測は地球上の地震そのものの予知では無いというこ とです。つまり干支は人間が作り出した一つの時間軸である訳です。しかし、闇雲 に勝手に設定したのではなくて、日照時間の長短や寒暖の変化等を観察していく中 から考え出されたものといえます。そこには自然との接点があるともいえます。 自然界においては単なる自然現象の一つに過ぎない地震でも、人間にとっては被害 の大小が必ずあります。同じ地震でも、つまり人間の側から見て被害甚大な大地震 は何日に出易いのかを見ているのが干支による予測であるといえます。 我々人間の側からは地球の意志は知る由もありませんが、もしかしたら地球そのも のにも意志があるとするならぱ干支曆を通じて人間には被害が出るよと言っている のかも知れません。8.過去の事例 火性干支は▽、庚と申には▼の印を付けています。・関東大地震 大正12年9月1日 癸亥 年 ▼庚申▼月 ▽丁丑 日・鳥取大地震 昭和18年12月7日 甲申▼ ▽丙子 乙巳▽・東南海大地震 昭和21年12月21日 ▽丙戌 ▼庚子 己巳▽・福井大地震 昭和23年6月28日 戊子 戊午▽ 甲申▼・新潟大地震 昭和39年6月16日 甲辰 ▼庚午▽ ▽丙申▼・十勝沖大地震 昭和43年5月16日 戊申▼ ▽丁巳▽ ▽丙戌・伊豆大島近海地震 昭和53年1月14日 ▽丁巳▽ 癸丑 ▽丙子・宮城県沖大地震 昭和53年6月12日 戊午▽ 戊午▽ 乙巳▽・日本海中部大地震 昭和58年5月26日 癸亥 パターン③で、年月が天剋地冲 ▽丁巳▽ 天干に丁がある。 甲寅・釧路沖大地震 平成5年1月15日 壬申▼ 癸丑 ▽丙申▼・阪神淡路大地震 平成7年1月17日 甲戌 ▽丁丑 戊申▽ 以上は「関東大震災」から「阪神淡路大震災」までの間、国内で発生した大地震で 死者が二桁以上出したものを掲載致しました。これをみると「日本海中部大地震」 の法則③パターンを除いて皆、法則①②パターンで発生していることが分かります。 これらの例題は都合の良い例ばかりを選んでいる訳ではないのです。 いかにこの干支の地震法則が高い的中率を持つのかが理解されるはずです。 次に海外で注目された大地震を含めて「阪神淡路大震災」以後から「東日本大震災」 までを順に掲載していきます。・「台湾、集集地震」1999年9月21日 死者2413 人Mw7.7 己卯 パターン③ 癸酉 丙子 ・「新潟県中越地震」2004年10月23日 死者68人 Mw6.6 甲申世 パターン④ 甲申年 甲戌月 乙亥日・「インドネシア、スマトラ大津波地震」 2004年12月26日 死者283100人以上 Mw9.0 甲申▼ 典型的なパターン②ですが、日干支から出した空亡支 ▽丙子 申が年支に出ます。 己卯 空亡が重なると、被災が大きくなるようです。・「インドネシア、スマトラ津波地震」 2005年3月28日 死者1303人以上 Mw8.6 乙酉 パターン③ 己卯 年月が天剋地冲 辛亥 日干支辛亥から出した空亡支卯が月支にある。・「新潟県中越沖地震」2007年7月16日 死者15人 Mw 6.6 丁亥年 パターン④ 丁未月 辛亥日・「中国、四川地震」2008年5月12日 死者69227人 Mw7.9 戊子 パターン①、月干は倍加干合で、合計3個以上▽▽丁巳▽ 壬子・「ニュージーランド地震」2011年2月22日 日本人が多数死亡被害 死者185人 Mw6.1 甲申世 パターン③ 辛卯年 庚寅月 戊申日・「東日本大震災」2011年3月11日 Mw9.0 辛卯年 パターン⑤ 辛卯月 乙丑日 結果論といえぱそれっきりの話になりますが、実例を見ていただければ90%以上の 確率で大地震配列の日に大地震は起きております。************************************** 内容的には、以上ですが、これが信用できるか? 確認してみました。 1912.1.1~2011.4.30までの間(この講義を受けた直前)までの間の36280日の中 で、マクロで、5条件に該当する日の割合と、日本での死者2桁以上の地震の発生 を比較します。 危険日は15071日(全体の41.5%)、以外の日は21209日(58.5%) 危険日に起こった地震は24回(60%)、以外の日に起こった地震は12回(40%)で す。 結果的に、危険日に大地震が起きる確率のほうが少し高いことがわかります。 しかし、この先生が言うように、9割の確率で危険日に大地震が起きるようではな いです。 したがって、起きた地震に対して、危険であったとは言えても、事前に予知するのは 困難です。 他の占いをやっている先生でも、大事故がおきた日が、破壊数の危険日であったと 自慢げに書かれている方がおられますが、結果的にそうであったとしても、事前に 確実にこの日に気を付けるべきといえなければ、予知としての意味はないのではな いでしょうか。 そういう意味で、こういう類の占いには懐疑的にならざるをえません。
大地震予知の干支学干支の並び方によって、地震の予知を行おうとするものです。内容的には、疑問を感じるところもありますので、今回公開して、皆さんに検証してもらおうという訳です。もちろん、透派ではありません。五術的には、測局でしょうが、年月日の干支を使うので、他の測局の術とは、かなり体系が異なります。**************************************1.大地震の干支配列 大地震は独特の干支配列日に発生します。 ①火性干支(丙、丁、巳、午)が年月日の内で三個以上出る。 ②火性干支が二個以下の場合は庚か申のどちらかが年月日の中に出る。 ③天剋地冲が年月日の中に発生して、 さらに日干支からみて月支か年支が空亡になるか、 または天干に火性干が出る。(㊟稀に世干支がからむ時がある) ④天干と地支をずらしても、また同じ干支が出てくる相互干支になる。 ⑤裏干、裏支にした時に上記の条件に入る。 以上の五条件になります。2.天剋地冲と地震 実は「阪神・淡路大震災以降の大地震は①と②の条件のものは少なく③の条件以降 の地震が多くなっています。 天剋地沖がからむ近年の大地震は以下のものが有名です。 ・「台湾、集集地震」1 9 9 9年 9月21日 死者2413人 Mw7.7 己卯年 年干支と月干支が天剋地冲 癸酉月 日干支丙子から見て月支が空亡となります。 丙子日 ・「インドネシア、スマトラ津波地震」 2 0 0 5年3月28日 死者1303以上 Mw8.6 乙酉年 年干支と月干支が天剋地冲 己卯月 日干支辛亥から見て月支が空亡となります。 辛亥日 ・「ニュージーランド(カンタベリー)地震」 2011年2月22日 死者185人 Mw6.1 甲申世 世干支と月干支が天剋地冲。 辛卯年 日干支からみた空亡の寅卯が年支、月支に出る 庚寅月 戊申日 これは珍しい例で世干支がからんでいます。 五年毎に一回は世干支と天超地冲になる月が出ます。 これは月干から剋の形ですが世干から剋の形もあるはずです。 通常は年月日の条件で見ますが本当に稀なパターンです。 天剋地冲と空亡が重なると一種の爆発運になります。 こうした起孃力が大地震につながります。 また天剋地冲は地震に関しては庚や申と同じ働きがあるようで、 これと少ない火性干支が絡むと地震の運になります。 なを、人の命式を見る場合は剋や冲合は隣同士の干支に対しては見ますが、 離れた干支の作用は見ません。 しかし、地震の場合は例題のように年干支と日干支、世干支と月干支のよう に一つ飛ばしの剋冲も見ます。3.相互干支と地震 相互干支というのは天干と地支の並びはそのままに互いにずらした時に同じ 干支配列が出てくるものをいいます。 例題の地震を記載した後で解説致します。 ・「新潟県中越地震」2004年10月23日 死者68人 Mw6.6 甲申世 甲申年 甲戌月 乙亥日 相互干支とは、下記のようにずらしてみて、同じ配列が出るのかをみます。 世干を上位にずらす。 ↑ 甲 甲申世 ⇒ ☆甲申 ☆印2か所に元と同じ配列が出る。 甲申年 ☆甲申 甲戌月 乙戌 乙亥日 亥 ・「新潟県中越沖地震」2007年7月16日 死者15人 Mw 6.6 年支を上位にずらす ↑ 亥 丁亥年 ☆丁未 ☆印2か所に上下入れ替わるが同じ 丁未月 ☆丁亥 干支が出てくる。 辛亥日 辛 この干支がずれるパターンはまさしく断層がずれる形そのものです。 ですからこの形式の地震は断層のズレが中心になった地震と考えられます。※この相互干支としてずれるかどうかは、日干支から出した空亡支が年支か月支に 出るか、年干支から出した空亡支が月支か日支に出ることがポイントです。 例題の「新潟県中越地震」の場合は日干支乙亥の空亡支の申が年支に出ています。「新潟県中越沖地震」の場合は年干支の丁亥の空亡支の未が月支に出ています。 この空亡がからむというのは、ジョイント部分が欠如する意味にとらえると理解し やすいと思います。「新潟県中越地震」は年月干支の配列ですでにずれる要件を満たしていますが、 その月の何日になるのかは年支か月支を空亡する干支日が決定している訳です。 また「新潟県中越沖地震」は年干支からの空亡支を月支は持っているので、あとは ずれた時に相互干支になる地支を持つ干支の日が決定日となるのです。4.裏干支と地震 裏干支というのは、天干の場合に甲甲というように同じ干が並ぶと干合干が出ると いうものです。この場合は己がでます。 地支の場合は子子と同じ支が並ぶと対沖の支が出るというものです。この場合は対 支の午が出ます。 この裏干支は前述の相互干支と重なる部分もある訳ですが、相互干支の見方を 優先させて、相互干支に入らない場合にみます。「東日本大震災」のパターンが裏干支から出る型になります。・「東日本大震災」2011年3月11日 Mw9.0 辛卯年 辛卯月 乙丑日 年干と月干に辛が並ぶので丙が出ます。次に年支と月支に卯が並ぶので酉が出ま す。 この酉と日支の丑が会になり金局と見ます。この場合の酉と丑の金は一つの金性の 作用とみますから申の代用になります。 つまり丙の火性干支が一つ、申が一つという条件②に入ります。これが酉の日だと 酉が二つということで金局はしません。丑か巳の日でないと成立しない訳です。 これが18日の壬申の日でも可能性はあった訳です。なぜ11日丑の日になったのかと いうことです。この辺の事情は次項「日支と方位」「日干支の役割」の中でヒントが 出てきます。 ここで技術的に再考していただきたいのは、人の命式の場合には裏干支を出した り、さらにそれをまた会局させたりといった事は一切やりませんが、地震を見る場 合には、こうした技法が認められるということです。 人の運命を見る方法と地震という人間ではない自然界の事象を見る方法とでは異な るという認識をして下さい。 逆に言えば、人間を見る時にはこうした技法は用いてはいけないということでも あります。 明日へ続く。
手相特別秘伝「金面玉掌」の中の「玉掌流」手相術には、その判断の根拠、原理に「奇門遁甲」が応用されています。奇門遁甲には、三奇・六儀から成る「九干」というものがあり、三奇乙奇・丙奇・丁奇六儀戊儀・己儀・庚儀・辛儀・壬儀・癸儀の九つをいいます。この「九干」を掌の線とその状態にあてはめたものが、玉掌流手相術なのです。線を地盤、状態を天盤として、遁甲の原理にしたがって判断するわけです。「九干」ですから、線は九本であり、いままでそのことに何のふしぎも感じなかったのかもしれません。しかし、奇門遁甲には「甲尊」というものがあり、「玉掌」が奇門遁甲の原理を応用したものである以上、当然「甲尊線」というものがあってしかるべきなのです。これがあるのです。「甲尊線」ですから、その線にょって判断する事がらは、当然、地位なり身分に関するものです。いままで意識的に「甲尊線」について触れなかったのは、「甲尊線」がきれいに刻まれている人、線の状態のよい人が、ほとんどといってよいくらい、いないからにほかなりません。「甲尊線」自体がめずらしい、ということではありません。「甲尊線」は、だれにでも出ているほど平凡なものですが、きれいに刻まれている人が少ない、というだけのことです。さて、その「甲尊線」ですが、「乙奇線」の内側、天任位(西洋流でいう金星丘 )に、横一文字に刻まれる線をいいます。西洋流では「保証線」とよばれ、生活を保証する線とされますが、「玉掌流」では、そうした見方はせず、身分と地位をつかさどる線、としています。ただ、この「甲尊線」ですが、はっきりと刻まれている、ということが条件で、ふつうの人の場合、何本かのただの「しわ」である場合が大部分です。それだけ、地位に恵まれる人が少ない、ということの証左でもありましょう。「甲尊線」がはっきりと出ている場合、今度はその状態が問題となってきます。「甲尊線」が、すっきりと一本きれいに刻まれている場合は、「甲尊線」が甲状になっている、とみます。つまり、奇門遁甲でいう「甲甲」ですが、この場合、いずれかの分野でかならず一流となります。「甲尊線」が弧を描いて下がり、末端で二又に分かれる場合を乙状といいます。「甲乙」ですが、いずれの分野でも高い地位につくことができます。「甲尊線」に平行して、それを補佐するような線が出ているのを丙状とします。「甲尊線」がこうした状態になっていますと、いずれの分野でも目上からの引き立てが大きく、とんとん拍子で出世します。これが奇門遁甲でいう「青竜返首 (甲丙 )」です。「甲尊線」が切れ切れになっている場合を庚状とします。いずれの分野においても、えらい人や目上からきらわれて、地位が転落することを意味します。奇門遁甲でいう「飛宮格 (甲庚 )」です。「甲尊線」をまたいで障害線が出ている場合を辛状とします。いずれの分野においても、いろいろな障害があって、地位がなかなか上昇しません。これが奇門遁甲でいう「棍棒粉砕 (甲辛 )」です。「甲尊線」においては、以上のような状態がよく出やすいものです。』玉掌流」ほ、奇門遁甲の原理を応用しているだけあって、線とその状態においても、「格局」を構成しているものは、非常によく適中します。「甲尊線」が丙状になっていればすばらしく発展しますし、きれぎれの庚状になっている場合などは、むしろ「甲尊線」が出ていない方がいいとさえいえます。以上が「甲尊線」とその状態による判断ですが、「甲尊線」がもっともよく作用するのは「木型」の手型である、ということも憶えておくとよいでしょう。「木型」の手型というのは、指の節々の大きい手型のことです。「木型」の手における「甲尊線」は、ちよつとした吉相をしていても大吉の相になり、いずれの世界においても、高い地位に長期にわたってついていられるようになります。最後に「甲尊線」と「記号」の組合せについても触れておきましよう。この場合、「甲尊線」ですから、「記号」も当然、天任位にあることになります。「記号」には、奇門遁甲の「八門」がわりあてられ、線の上や線にそってあらわれたり、丘位にあらわれたりする、細かい線でできた形のことをいいます。「甲尊線」にとって、もっとも好ましいのは「開号」とよばれる「記号」で、その他は、いずれも何らかの問題があります。「開号」とは、細かい線が集まつて、正方形または正方形をつくる•「記号」です。天任位に「開号」がありますと、富貴双全の相となります。富と地位を二つながらにして手にすることができますし、人望も高まり、非常に楽しい人生を過ごすことができるようになります。