万葉の頃、花見といえば梅だったらしい。
春という季節も、暦的にも感覚的にも今よりも少し早かったのだろう。
それが平安の頃には桜を愛でるようになったというから、外から入ってきた風習が少しずつ日本様式にカスタマイズされていったのだと思われる。
そして、濡れ縁から静かに梅を眺めていたであろう万葉の昔から、桜の儚さを愛でつつどんちゃん騒いで今を楽しむというスタイルへ。
今では有名なポトマック川の桜を始め、いろんな国でサクラを楽しむようになっているのだから、世はうつろうものである。
だがしかし、花見の主役の座は奪われたとはいえ、道真公始め梅の花のファンも多い。
何といっても「春告げ」といえば、梅に鶯なのである。(梅に止まるのはメジロだそうだが……まあシングルよりダブルの方がなんかめでたいもんなあ)