「花火しようよ」

浴衣を着込んだ君は花火大会の約束から3時間ほども遅れてようやく帰って来た僕を見て、特に怒ることもなくそう言った。

 

あまりに素っ気無いその態度が少し気になったが、楽しみにしていたイベントをすっぽかした身としては否も応もない、黙って君の提案に従った。

 

近所の小さな公園で、君が用意していたささやかな花火セットを開く。

線香花火と幾らかの噴射系。

 

ひとしきり噴射系の花火に交互に火をつけては夏の夜の粘っこい大気に火花を迸らせた。

花火大会の夜空を焦がす大玉の花火のように壮麗という訳には行かなかったが、ふたりで楽しむささやかな花火大会もそれはそれでいいものだった。

 

 

「線香花火って大好き」

最後に残った線香花火に火をつけてやると、君はそう言い、ばちばちと爆ぜるそれをすぐに落としてしまわないように集中した。

 

牡丹――

表面張力で球状になろうとする硫黄の玉はひどく不安定だ。

松葉――

玉はばちばちと激しく火花を散らしながら次第に安定するが、少し気を抜くと偏ってぽとりと落ちてそこで終わってしまう。

柳――

玉は丸まり、安定して、先ほどのように激しくはないが、ばちっ、ばっちっと雅な火花を散らす。

散り菊――

終わったと思いきや、最後に何度か火花が散って……

 

「あっ……」

花火を持つ君の指の先で、力尽きたように小さな火の玉が離れてぽとりと地に落ちた。

もう少し粘れたような気もしたが、最後のひと爆ぜまで余すことなく火花を散らしきったようにも思える。

 

「……終わっちゃった」

君が玉の落ちた線香花火を目の前に掲げて、残念そうにそう呟いた。

その横顔はとても綺麗で、それでいてどことなく寂しそうで、思わず抱きしめたくなる。

 

 

 

 ※

 

「また、一緒にしようね花火」

帰り道、君が小さな声で言った。

 

もしかしたら、君は玉を落とすことのないように、僕らの線香花火もその指で握り締めてくれているのかも知れない。

今日のように怒りたいことも我慢して、不用意に揺らせて落としてしまぬようにひたすら耐えているのかも。

 

「ああ、そうだな」

そっと君の手を捉まえると、合わさった僕らの手は新たな玉を産んでたちまち火花を爆ぜさせる。

 

終わらないものなどないが、終わらせない努力は出来る。

だとするなら、僕もまた、もう少し努力をしてもいいのかもしれない。

 

僕らの作りだした不安定な玉を落とさぬように、いつか最後のひと爆ぜが爆ぜ終わるそのときまで。