軽くお酒を飲んでから外へ出ると、街路樹に施されたイルミネーションが私たちを迎えてくれた。
 

「寒いね」
両の手を口許にあてて息を吐き出すとそれは僅かに白かった。
 

「そうだね」
彼の手がそっと伸びて私のウエストの辺りにまわされる。
「でも、こうするとあったかくなる」
私は少し驚いて、頭ひとつ分高い彼を見上げる。と、全てを蕩かしてしまいそうな笑顔が待っていた。
 

「そうかも」
ついさっき知り合ったばかりの男である。
(まあ、たまにはクリスマス気分を味わってもいいよね……)
 

私はちらともう一度イルミネーションを見てから、居心地の良さそうな彼の胸に頭を預ける。
私の態度を了解の印ととったのか、しばらくして何も言わないまま彼はゆっくりと歩き出した。

 

 ※

 

「ねえ」
イルミネーションの光を彼が外れたところで、私は足をとめる。
 

「なんだい」
訝しげに彼が私の方を見下ろした。
 

「こっち」
彼の手をほどいて、そのほどいた手を掴まえると、ゆっくりと人目につかない暗がりへと彼を誘導する。
 

「えっ、どこにいくつもり?」
人目に付かないところまで来た事を確認して、私は返事をする代わりに目を閉じ唇を差し出した。

 

「なんだよ、待ちきれなかったのか」
会ってからずっと付けてきた彼のソフトな仮面が少し外れて、醜悪な雄の素顔が見えた。やはり、男はこうでなくては。
彼の手が私の両肩を掴まえて、ゆっくりとその顔が近づいてくる。

 

「うっ!」
彼が驚いたような声をあげ、すぐにその身体が硬直した。
まず間違いなく、何が起こったのか分かっていないだろう。

 

細い牙が突き立てられた喉から、血に象徴される彼の生のエネルギーが私に流れ込んでくる。
恍惚に似た感覚を十分に味わった後、私は自制を取り戻して彼から牙を抜く。

ほんの小さな、蚊に刺された程度の傷口が二つ。少しだけ血が流れ出たが私がそれを嘗めとると、残ったのはそれだけだった。
 

 ※

 

ぐったりと私に寄りかかってきた彼の身体をゆっくりと地に下ろす。

私に生気を抜かれた上に、こんなところで寝ていたら風邪のひとつもひくかもしれなかったが、まあ、それ以外は別段生活に支障は残らない。
 

かつて、私の眷属のなかには獲物から摂れるだけの生体エネルギーを吸い取ってしまい、結果として憐れな木偶を量産してしまった者がいたが、私はそんなに愚かではない。

必要な時、必要なだけ分けてもらえばいいのだ。

この程度であれば精神に変調をきたすこともなく、傷跡に気づいたところで悪い夢を見たということでおさまるだろう。

 

「ごちそうさま」
そんなに悪い男ではなかった。少しだけクリスマス気分も味わえたし。
少し蒼ざめた彼の頬にそっとキスする。
 

「じゃあね、色男さん」
残念ながら、少なくとも一月ぐらいは彼が男性として機能することはないだろう。
 

「そうそう、忘れるところだったわ。少し早いけど、メリークリスマス」
すっかり回復する頃にはクリスマスは終わっているだろうけど、これまで散々遊んできたようだから、いいよね。