東ティモールの文化って | NGOピースウィンズ・ジャパン スーダン駐在スタッフのブログ ナイルでまいる!南スーダン“こにょこにょ”レポート

東ティモールの文化って

皆さんこんにちは!



レテフォホの朝。市場に向かう人びと(文章と関係ないけど)

助成金の報告書を作成していて、ちょっと忙しくしていました。全体から言ったら、本当に小さな金額ですが、申請書作成から事業を行って、報告までの一連の作業を担当することができ、良い経験ができました。(といっても、まだ提出まで書き直しが続きそうですが・・・)

真実和解委員会の報告書を元に、インドネシアが1999年の人権侵害について正式に認める動きが始まりました。

侵害されたのは、人権だけではなく、文化の独自性もではないか、と感じます。歴史的な建物は保存がされず、騒乱があるごとにどんどん破壊され、観光で訪れたりする場所が本当に少ないと思います。また、食文化も多様性が無く、ポルトガルやインドネシアの影響を受けた食べ物が中心で、これこそ「the東ティモール」と呼べるものがあまりありません。日本や中国、ヨーロッパを旅したときには、独自の文化を継承していることの素晴らしさを感じましたが、今まで東ティモールの文化はどのように継承されてきて、これからどのように変化していくのでしょうか?

東ティモールから飛行機で2時間ほどのインドネシアのバリ島はオランダに占領されながらも、独自のバリ・ヒンズー教を中心とした文化が継承され、訪れる人びとにも新しいものに触れた感動を与えます。しかし、ポルトガルの東ティモール占領はあまりその点を重視しなかったのか、言語と織物のタイス以外、東ティモールらしい部分は見つかりません。占領するということは、政治と経済を握るだけではなく、彼らのアイデンティティーをも奪ってしまうことなんですね。

これからの東ティモールの国づくりが進む過程に置いて、経済発展や生活の近代化だけを重視するのではなく、口承されている歴史や物語、自然崇拝の文化、手工芸、独自の言語、料理など、残っているものは保存し、途切れてしまったものは再発するといった点にも重点を置いて欲しいなと思います。

20年後、50年後、東ティモールの人が、他の国の人に尋ねられた時、「東ティモールってこんなところだよっ」と、胸を張って紹介できる独自のものがたくさんあるようになったら素敵ですね。

あー日本の文化とか話してたら、おすし食べたくなっちゃったなー♪


モンゴリアン