領土と戦争を巡る思考実験
  そんな脅威は存在しない

                          前川喜平(現代教育行政研究会代表)

 インドとパキスタンの間でまた武力衝突が起きた「両国ともカシミールは我々の領土だ」と思っているからだ。
 プーチンは「ウクライナはロシアのものだ」とネタニヤフは「パレスチナはイスラエルのものだ」と思っているから戦争をためらわない
 中国は「台湾は我々の領土だ」と思っているから軍事侵攻を否定しない。
 「一つの中国」を尊重する立場の日本にとっては「台湾有事」は中国の内戦だ。

 朝鮮を侵略した日本帝国の指導者は「朝鮮は日本のものだ」と考え、「神功皇后の三韓征伐」や「日鮮同祖論」にその正当性を求めた。
 吉田松陰も「幽囚録」で「古(いにしえ)の盛時の如く」朝鮮を支配すべしと主張していた。
 では日本を自分のものだと考える国があるのか。歴史上唯一の例は13世紀のモンゴル帝国だ。

 しかし今、中国もロシアも北朝鮮もそんなことは考えていない。
 尖閣諸島だけのために日本と戦争することなど、中国も台湾も考えはしない。
 アイヌ民族にも琉球民族にも独立戦争を考える人などいない。

 日本を自分のものだと考える国があるとすれば米国しかないが、日本が反逆しない限り戦争にはならない。
 「日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している」と政府は戦争の脅威を喧伝(けんでん)し、国民の不安や恐怖を煽るが、思考実験した結果、そんな脅威は存在しない。
        (5月11日「東京新聞」朝刊17面「本音のコラム」より)