再審手続きでの証拠全面開示制度化必須!
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事件
38年前の福井中学生殺害で再審認める 服役後申し立て 高裁支部
38年前、福井市で女子中学生が殺害された事件で殺人の罪で服役した59歳の男性について、名古屋高等裁判所金沢支部は再審=裁判のやり直しを認める決定を出しました。
有罪の根拠とされた目撃証言について、決定では「捜査に行き詰まった捜査機関が関係者に誘導などの不当な働きかけを行った疑いが払拭(ふっしょく)できず、信用できない」と判断しました。
目次
前川彰司さん(59)は、1986年に中学3年の女子生徒が福井市の自宅で殺害された事件で殺人の罪に問われ、1審では無罪が言い渡されましたが、2審で懲役7年の有罪判決を言い渡され、最高裁判所で確定しました。
前川さんは一貫して無実を訴えて服役後に再審=裁判のやり直しを求め、2022年、名古屋高裁金沢支部に2回目の再審請求を行いました。
審理では「事件が起きた夜に服に血が付いた前川さんを見た」という複数の関係者が行った証言の信用性が最大の争点になり、検察は弁護団の求めを受けて当時の捜査報告書など合わせて287点の証拠を新たに開示していました。
23日の決定で、名古屋高裁金沢支部の山田耕司裁判長は開示された証拠などを踏まえ「主要な関係者の1人が、みずからの刑事事件について有利な量刑を得るなどの不当な利益を図るために、前川さんが犯人だとうその証言を行った」と指摘しました。
そのうえで「捜査に行き詰まった捜査機関がこの証言に頼り、ほかの関係者に証言を誘導するなどの不当な働きかけを行った疑いが払拭できない。証言の信用性を認めることは『疑わしきは被告人の利益に』の鉄則にもとることになり、正義にも反し許されない」と述べ、前川さんの再審を認めました。
この事件では、13年前にも裁判所が再審を認める決定を出しましたが、検察の異議申し立てを受けて取り消されていて、今回改めて再審を認める判断が示されました。
前川さん “感無量 ほっとしています”
前川彰司さんは弁護団とともに裁判所から出てきたあと、支援者と一緒に肩をたたき合うなどして喜んでいました。
前川さんは「感無量です。ほっとしています。ただ、まだ戦いは続くと思いますので、浮かれないで自分を戒めたいと思う。38年ですから、時間はかなりかかった。父親には真っ先に伝えたいと思う」と話していました。
支援者からは“おめでとう”の声
午前10時すぎ、弁護団の1人が裁判所から出てきて、「再審開始」と書かれた紙を掲げました。続いて前川さんや弁護団が出てくると、集まった支援者は歓声をあげ、万歳をして喜んでいました。
そして前川さんが集まった支援者に対し「きょうは1つの区切りになります。ありがとうございます」と話すと「おめでとう」などの声が上がっていました。
前川さん会見 “検察に疑問”
決定が出されたあと、前川彰司さんは弁護団とともに金沢市内で会見を開きました。
この中で前川さんは「決定が出る最後の最後まで祈り続けていた。裏を返せば、それくらい不安があった」と決定の直前の心境を明かしました。
また、新たに開示された証拠が再審を認める決め手となったことについて、「警察や検察が無罪であることを示す証拠を隠していたわけだから問題だ」と述べました。
そのうえで「検察は、まともな判断力があるなら起訴することすらおかしい。それでも起訴し、無罪判決が出ても控訴し、再審開始決定が出ても異議申し立てをしてあらがってくる。正しい判断力があるのか疑問に思う」と話し、検察に異議申し立てを断念するよう求めました。
弁護団長“堅実で正当な認定”
会見で弁護団長の吉村悟弁護士は「この決定は、堅実で正当な認定だ。今回、検察が初めて開示した膨大な捜査報告書などが再審開始決定の決め手となったのがいちばんの特徴と言え、このことをもって、決定に覆る余地はない」と評価しました。
そのうえで「悲惨なえん罪被害の救済をこれ以上遅らせることは人道上許されない。検察は異議申し立てを断念すべきだ」と話しました。
再審無罪確定の青木惠子さん“人生の時間を奪わないでほしい”
23日の決定には、1995年に大阪 東住吉区の住宅で女の子が死亡した火事で放火や殺人などの罪に問われ無期懲役の刑で服役したものの、再審で無罪が確定した青木惠子さん(60)も駆けつけました。
青木さんは裁判所の前で支援者とともに喜びを分かち合ったあと、名古屋高等検察庁金沢支部に異議申し立てを断念するよう要請しました。
青木さんは「再審が認められて本当によかった。一緒におめでとうと祝杯をあげたい。検察には異議申し立てで無意味な時間を奪うなら、再審の法廷で闘ってほしい。これ以上、前川さんの人生の時間を奪わないであげてほしい」と話していました。
名古屋高検 次席検事 “決定文を検討し 適切に対応したい”
名古屋高等検察庁の畑中良彦 次席検事は「決定文を子細に検討し、適切に対応したい」とコメントしています。
福井県警 “コメントする立場にない”
福井県警察本部は「警察としては、コメントする立場にありませんので、控えさせていただきます」としています。
これまでの経緯
▽1986年3月、福井市豊岡の団地で、卒業式を終えたばかりの中学3年の女子生徒が自宅で刃物で刺されるなどして殺害されているのが見つかりました。
物的な証拠が乏しく捜査が難航する中、事件の1年後に、当時21歳だった前川彰司さんが殺人の疑いで逮捕されました。
前川さんは一貫して無実を訴え、裁判では「事件が起きた夜に、服に血が付いた前川さんを見た」などとする目撃証言の信用性が最大の争点になりました。
▽1審の福井地方裁判所は1990年、関係者の証言の内容がたびたび変わっていることなどを理由に「信用できない」として、無罪を言い渡しました。
しかし、
▽2審の名古屋高等裁判所金沢支部は、1995年に「証言は大筋で一致していて信用できる」と判断して、無罪を取り消して、懲役7年を言い渡し、その後、最高裁判所で有罪が確定しました。
▽前川さんは、服役を終えたあとの2004年に、名古屋高裁金沢支部に再審=裁判のやり直しを求めました。
▽裁判所は2011年、事件後に前川さんが乗ったとされる車の中から血液が検出されなかったことなどから、「証言の信用性には疑問がある」と指摘し、再審を認める決定を出します。
これに対して検察が異議を申し立て、名古屋高裁の本庁で改めて審理した結果、
▽2013年に「証言は信用できる」と金沢支部とは逆の判断をして、再審を認めた決定を取り消しました。
その後、最高裁判所は、前川さんの特別抗告を退け、再審を認めない判断が確定しました。
▽2022年10月、前川さんの弁護団は、名古屋高裁金沢支部に2回目の再審請求を行い、審理では再び、目撃証言の信用性が最大の争点となりました。
裁判所との三者協議の中で、弁護団は検察に対し、過去の裁判で提出されていない証拠を開示するよう求めました。
検察は当初、開示を拒否しましたが、裁判所が再検討を促した結果、検察は、警察が保管していた当時の捜査報告書など、合わせて287点の証拠を新たに開示しました。
今後の手続きは
裁判所の決定に対して、検察は「異議申し立て」を3日以内に行うことができます。
今回は土曜日と日曜日をはさむため、申し立ての期限は今月28日です。
この事件は高等裁判所に再審請求を行っているため、異議が申し立てられた場合、再び高等裁判所で審理が行われることになります。
ただ、名古屋高等裁判所金沢支部には刑事裁判を担当する部が1つしかないため、名古屋高裁の本庁で審理が行われる見通しです。
高裁の本庁の決定に不服がある場合は、最高裁判所に「特別抗告」を行うことができます。
こうした手続きの過程で再審開始決定が確定すれば、名古屋高裁金沢支部でやり直しの裁判が開かれます。
“検察の証拠開示ルール定められず” 再審制度の課題 浮き彫りに
裁判所の決定では、検察から新たに開示された捜査資料などをもとに、有罪の決め手となった関係者の証言は「信用できない」と判断しました。
ただ、これらの捜査資料は、1回目の再審請求の審理では開示されず、今回の審理でも、検察は当初、開示を拒否して、裁判所から再検討を求められた結果、2023年にようやく開示されました。
この背景には、再審の手続きでは通常の裁判と異なり、検察が持っている証拠を開示するルールが定められていないという現状があります。
前川さんにとって重要な証拠が、最初に再審を申し立ててから、およそ20年間、開示されなかった形となり、再審制度の課題が浮き彫りになりました。
再審で無罪が確定した袴田巌さん(88)のケースでも、最初に再審を申し立ててから重要な証拠が開示されるまでに、およそ30年かかっていて、結果として、えん罪を晴らすまでに半世紀余りの歳月を要しました。
日弁連=日本弁護士連合会は、審理の長期化を招かないよう、再審に関する法律を改正し、証拠開示についての具体的な規定を設けるよう求めています。
日弁連会長 “再審手続きでの証拠開示制度化などに全力”
日弁連=日本弁護士連合会の渕上玲子会長は、「今回の決定で、再審請求の審理における裁判所の積極的な訴訟指揮や証拠開示がいかに重要かが再認識された。前川さんが、最初の再審開始決定から10年以上が経過しても再審の公判を受けられていないことに、検察官の不服申し立てが認められていることの弊害があらわれている」などとコメントしました。
その上で、再審の手続きでの証拠開示を制度化し、再審開始決定に対する検察の不服申し立てを禁止するよう、法改正の実現に全力を尽くすとしています。
専門家 “捜査機関 証拠をすべて開示する必要がある”
元刑事裁判官で法政大学法科大学院の水野智幸教授は、今回の決定について、検察から新たに開示された証拠が決め手となったとした上で、「これらの証拠が過去の裁判の時に出されていたら、最初の無罪判決で確定していた可能性が高い。関係者の証言が信用できないという判断は、捜査機関がすでに持っていた証拠が開示されたことで裏付けられていて、覆すことはかなり難しいのではないか」と述べました。
また、決定では、検察が捜査の過程で関係者の証言の信用性を左右する事実関係の誤りを把握したとみられるのに、裁判で明らかにしないまま主張の前提とし、有罪判決の確定に至ったと指摘しました。
これについては、「あるまじき行為で、捜査機関がそこまでしてしまうというのは驚きだ。そうしたことを止められる、また、あったとしてもすぐに検証できる組織でなければならないと思うので、捜査機関には猛省を促したい」と述べました。
その上で、「先日の袴田さんが無罪になった事件や、今回の事件のいずれも、被告とされた人の一生を狂わせてしまっている。再審請求がなされた段階で、捜査機関が持っている証拠をすべて開示する必要があり、喫緊の課題だ。今回は裁判所が検察官に強く開示を促し、200点以上の証拠が出たが、証拠開示のルールがないためにそこまで強く促さない裁判所もあるのが現状で、法制化を早急に進めるべきだ」と話していました。
最近の再審関連の動き
裁判のやり直しの手続きをめぐっては、申し立て後、数十年たってから再審開始が認められるケースが相次いでいて、制度の見直しの議論も行われています。
58年前、静岡県で一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(88)については去年3月に東京高等裁判所で再審開始が認められ、およそ1年にわたる裁判の末に先月、無罪判決が言い渡され、その後確定しました。
袴田さんは最初の申し立てから再審開始が確定するまでに42年かかり、長期間収容された影響で十分な会話ができません。
死刑が確定したあと再審で無罪となったのは袴田さんを含めて戦後5人いますが、いずれも申し立てから再審開始が決まるまでに20年以上かかっています。
40年前に滋賀県日野町で起きた強盗殺人事件で無期懲役が確定し、服役中に75歳で亡くなった元工員の阪原弘さんについても去年2月に大阪高等裁判所で再審開始が認められましたが、検察が特別抗告したため最高裁判所で審理が続いています。
これらの状況について審理に長い時間がかかり、えん罪被害者の早期の救済を妨げているという声もあがっていて、超党派の国会議員による議員連盟が法改正に向けた議論を続けています。
議員連盟は、過去の著名な再審事件で検察の証拠開示が不十分で著しく遅かったことや、再審に関する手続きの規定が法律上ほとんどないこと、それに検察官の不服申し立てによる手続きの長期化などを課題として、今後も議論を深めていくとしています。