【時代を読む】拝啓・小池百合子様 法政大学名誉教授・前総長 田中 優子 『東京新聞』2024年6月23日

 

 あなたは22日に出馬表明をなさいました。その時、私の脳裏にまっ先に浮かんだのは、新井白石の『折たく柴の記」にある蛇のエピソードでした。ある人が小さい蛇にかみつかれそうになり、小刀でその蛇を切りました。小さな傷でした。しかしそ蛇はたちまち大きくなり、その傷も巨大化して蛇は死んでしまったのです。白石はその話をして、大富豪からの出資を断りました。今その金をもらったら、大成した時に大きな傷になる、と。
 若い時の傷が今、大きな傷になって衆目にさらされています。あなたの小さな傷は、すでに1976年10月の複数の新聞に、輝かしい事実として報道されています。政治家になれば、記者の背後には多くの有権者がいます。

 

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 「政治家のうそ」を、有権者はどう考えるべきなのでしょうか? 英国にいた時、ある議員の、妻以外の女性との付き合いが問題になりました。私は友人に聞きました。「政治家として有能なのになぜこのことで政界から追い払うの?」英国人の友人は言いました。「うそをついたからよ」と。事の正否ではなく、うそをつく人は政治家としてふさわしくないのです民主主義は、情報の開示と真摯な議論があってこそ、機能するからです。あなたを支援している自民党議員たちも同様に、虚偽記載や数々の隠蔽が発覚した後、いまだにそれを自浄することができていません。そのことに、多くの人が失望し怒りを感じています。
 7日の記者会見で関東大震災への追悼文のことを問われ、あなたは東京大空襲の話に入れ替えて答えました。私はそこに、ごまかしを見てしまいました。数はともあれ、朝鮮人虐殺があったことは周知の事実です。追悼文の発信は「二度と同じことを繰り返さないようにしましょう」という、東京都民への真摯な呼びかけです。都知事としての、多様性を受け入れる姿勢の表明です。それを中止するのならば、当然あらゆる資料を精査し、ご自身のお考えを持ったはずです。問われたらそのお考えを堂々と述べるべきです。なぜそうなさらないのですか?

 

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 明治神宮外苑の民間事業者による再開発事業で、日本イコモスはこの2年半で15回以上の意見書、提言、要請、調査資料、代替案、警告を東京都に出しました。都が認可した神宮外苑のまちづくり計画が、樹木伐採をともなう超高層ビル建設計画であることが明らかになったからでした。全てお読みになっているなら坂本龍一さんに、「神宮にも手紙をお出しになったら?」とは言えないはずです。イコモスの提言や勧告は神宮や国にもなされています。その全てを承知の上で、坂本さんはあなた宛てに手紙を書いたのです。鍵を握るのは、都市全体の未来像に照らし認否を決めることのできる都知事だからです。東京はロンドン、パリ、ニューヨーク等と比較して、その1人当たりの緑地保有率が極めて低く、公園面積が狭いことはご存じですね。さらに狭くして高層ビルを建て続けることに、いったいどのような未来があるのでしょうか?
 あなたは記者会見で東京都が「もっと良くなる」とおっしゃいましたが、それはプロジェクションマッピングやさまざまな開発を続けることですか? 今こそ有権者に向けて、ぜひ十分に説明してください。