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ルポ軍事優先社会 自衛隊に自治体が若者名簿を提供へ

 徴兵制への土台となるのか 吉田敏弘
『世界』2024年5月号



突然のダイレクトメール

 毎年、全国で高校卒業年齢の18歳や大学卒業年齢の22歳になる男女に自衛隊員募集ダイレクトメールが突然届く。個人情報保護とプライバシーが重視されるこの時代に、なぜ自衛隊という国家機関からだけ、一定の年齢の個人を特定したダイレクトメールが届くのか。

 2014年7月に当時の安倍晋三内閣が集団的自衛権の行使容認の閣議決定をした直後、全国各地の高校3年生あてに自衛隊員募集のダイレクトメールが届いたときは、SNS上に「召集令状か」「これが赤紙と呼ばれるあアレか」などの書き込みが溢れ、高校生とその親たちに波紋を広げた。

 自衛隊はいったいどこから多くの若者の氏名と住所を入手しているのか。その答えは「全国の市区町村から」である。多くの自治体が、その年度に18歳や22歳になる若者の氏名・住所・生年月日・性別という個人情報(以下「四情報)を住民基本台帳から抜き出し、名簿(電子・紙媒体)にして自衛隊に提供している。各種報道によると、2022年度、この若者名簿を自衛隊に提供した自衛隊は、全国の1747の市区町村のうち1068に達し、全体の約6割を上回った。

 2020年度までは名簿提供よりも閲覧の方が多かった。住民基本台帳法(第11条)上、閲覧の規定はあるが、名簿提供の定めはなく、個人情報保護の面でも問題があると判断する自治体が多かったからだろう。しかし、2019年2月の自民党大会で安倍首相(当時)が、自衛隊員募集に自治体が非協力的な「状況を変えよう」「憲法に自衛隊を明記して違憲論争に終止符を打とう」と発言したのをきっかけに、20年12月、当時の菅義偉内閣が閣議決定で、市区町村長が自衛隊募集に必要な「資料の提出を防衛大臣から求められた」場合、「住民基本台帳の一部の写し」(若者名簿)の提出は可能だと、自治体に通知する方針を打ち出した。

 それを受けて、21年2月、防衛省と総務省から各都道府県に、この方針を具体化する通知が送られた。その内容は、自衛隊員募集に必要な情報「氏名、住所、生年月日及び性別」に関する「資料の提出」は、自衛隊法第97条第1項に基づく市区町村の自衛隊員募集事務として、同法施行令第120条に基づき「防衛大臣が市区町村の長に対し求めること」ができる。その資料として「住民基本台帳の一部の写しを用いること」は、住民基本台帳法上、特段の問題を生ずるもの」ではないとするものであった。

大軍拡と自衛隊員募集の強化

 要は政府をあげて自治体に若者名簿の提供を促すもので、これを機に自衛隊を特別扱いする名簿提供が増えていった。防衛大臣からは毎年、市区町村長に名簿提供の依頼文書られてくる。

 岸田文雄内閣が22年12月に閣議決定した「安保三文書」において、「国家安全保障戦略」は自衛隊の「人的基盤の強化」を謳い、「防衛力整備計画」でも「少子化による募集対象人口の減少という厳しい採用環境の中で、優秀な人材を安定的に確保する」ために、自治体との連携強化を掲げている。

 背景には慢性的な自衛隊の人員不足の問題がある。特に任期制自衛官の採用者数は急激している。自衛隊の人員不足、応募者の減少の背景には、止めどない少子化と若年人口の減少もある。さらに集団的自衛権の行使容認、安保法制による自衛隊の海外も含む任務の拡大、米軍との共同訓練・演習の増加、「安保三文書」による長射程ミサイル配備など敵基地攻撃能力の保有を柱とする大軍拡、台湾有事の危機感を煽る日米両政府の動きなどから、自衛隊員が実際に戦場に送られる恐れが高まり、不安を抱く若者とその家族が少なからずいるであろうことも影響している。それに、自衛隊内で、パワハラ、セクハラ、いじめなどの人権侵害が蔓延する現状とも無無関係ではあるまい。

名簿提供違憲訴訟

 岸田政権が進める大軍拡は、兵器の補強だけでは実質が伴わない。実戦部隊のマンパワーの拡充、「人的基盤の強化」が必要だ。実際に若者名簿の提供を求める狙いもそこにある。

 このような現状に対し、「本人の同意なしの名簿提供は、個人情報保護に反するプライバシー権侵害」「戦前のように自治体を有事の動員体制に組み込む動きだ」「新たな徴兵制にもつながりかねない」などの批判と懸念から、旭川市、札幌市、仙台市、横浜市、相模原市、海老名市、奈良市、神戸市、福岡市、鹿児島市など、各地で市民団体などによる名簿提供反対の運動がひろがっている。

 福岡市の市民団体「自衛隊への名簿提供許さない!実行委員会」を中心とする「自衛隊名簿提供訴訟」は、名簿提供の違憲・違法性を問う全国初の裁判だ。21年9月1日、福岡地裁に提訴したこの訴訟は、住民が地方自治法に基づき、自治体の長や職員に財務運営上の違法行為があるとして訴える「住民訴訟」で15人の福岡市民と1労働組合が原告となり、次のような趣旨で訴えた。

 「自治体には、住民基本台帳法を基づき、個人情報についてプライバシー権侵害にならぬよう厳格な管理責任がある。福岡市が若者の個人情報を本人の同意なしに名簿化し、自衛隊に提供した行為は、プライバシー権を侵害し、『個人の尊重』を保障とした憲法第13条、「個人の権利利益」の保護を目的とする個人情報保護法などに違反する。違法な名簿提供用の公金支出(人件費、印刷費、通信費)で、福岡市は損害を被った。その責任は市長にあるので、福岡市は市長に公金支出23,746円の損害賠償(返金)を請求せよ」

 原告のひとりで元福岡市議の「ふくおか緑の党」代表、荒木龍昇さん(72)は次のように語る、

 「集団的自衛権の行使容認と安保法制により、専守防衛の自衛隊ではなくなり、日本が攻撃されてもいないのに米軍とともに海外で戦い、自衛隊員が戦死する恐れが高まっています。命の危険が高まる自衛隊の現状を考慮せず、市民である若者本人にも伝えずに、個人情報を提供するのは問題です。戦前、地方行政機関は、国の下請けとなって徴兵事務を担い、住民を戦場に送り出しました。その反省から、戦後は憲法で地方自治が保障され、自治体は国の下請けではなくなったのです。名簿提供は、地方自治の否定にもつながります」

 裁判の主な争点は「名簿提供の法的根拠の有無」だ。福岡市側は「ある」として、「市区町村は自衛隊法第97条第1項に基づき、自衛隊員募集事務として「募集期間の告示、受験票の交付、広報宣伝」などを行う。その事務には、同法施行令第120条に基づく、募集に必要な「資料の提出」もあり、名簿の提供も含まれる。それらは地方自治法に基づき国から地帯に委託された法定受託事務と解される」と主張する。

 一方、原告側は「ない」として、「市区町村の自衛隊員募集事務として、自衛隊法施行令第114条〜第119条は『募集期間の告示』などを具体的に定めている。しかし、第120条には『資料の提出』とあるだけで、個人情報である名提供は具体的に定めていない。自衛隊法令の解釈として、「司留「閉じるとは、応募者数の見通しや応募年齢層の外周などに限定されるとの見解が有力だ。「資料」に名簿まで含めるのは拡大解釈で、提供は法定受託事務ではない」と反論する。



法的根拠の拡大解釈

 2023年3月8日、福岡地裁は、福岡市側の主張を認め、名簿提供は違法ではないとして請求を棄却した。原告側は福岡高裁に控訴したが、同年10月4日、同じくを棄却されたため、最高裁に上告した。

 荒木さんは、「名簿提供が法定受託事務でないことは、防衛省と総務省の通知(前出)に、『本通知』は、地方自治法に基づく『技術的助言』とあることからも明らかです。法定受託事務であるのなら、そう明記するはずです。地方自治法は、自治体が国の『助言』に従わなくても、国は自治体に対し『不利益な取り扱いをしてはならない』と定めています。従わなければならない義務ではないのです」と語る。

 実際、辻元清美参議院議員(立憲民主党)の質問主意書への岸田内閣の答弁書(23年12月1日)は、名簿提供を自治体に強制するものではない」と認め、自治体が「助言」に従わなくても、「不利益な取り扱い」はしないと明言している。答弁書は、「住民基本台帳に記載された個人情報」である名簿の提供を自治体ができる法的根拠は、「自衛隊法第97条第1項及び同法施行令第120条の規定であり、住民基本台帳法の規定ではない」と述べている。

 つまり、自治体が管理する住民の個人情報の取り扱いは本来、住民基本台帳に基づかなければならないのだが、同法上には自衛隊への名簿提供の法的根拠がないので、自衛隊法と同法施行令を拡大解釈して「法的根拠」をつくりだしたものといえる。前出の防衛省と総務省の通知で「住民基本台帳法上、特段の問題を生ずるものではない」と曖昧に、適法性を装っているのもそのためだ。地方自治と個人情報・プライバシー権の保護よりも、自衛隊の「人的基盤の強化」を重視する、まさに軍事優先の発想によるものだ。福岡市歳・高裁の判決は、この「法的根拠」の拡大解釈を見落とし、結果的に政府の自衛隊員募集強化という国策を追認している。

 行政法が専門の前田定孝三重大学準教授(60)は、「確かに住民基本台帳法上、名簿提供の法的根拠はありません。住民基本台帳の管理は、法的受益事務ではなく、市区町村が実施主体の自治事務です。自治体は住民基本台帳の管理事務と自衛隊員募集事務を混同してはなりません。ところが、本来住民基本台帳法の規定を離れて、防衛省と総務省の通知に追随する自治体が多く見られます。これでは法令解釈権が国の行政機関に一元化してしまいます。法治主義と地方分権改革の趣旨にも反します」と指摘する。

 福岡市にも見解を聞いたところ、「自衛官等募集は、地方公共団体の法的受託事務で、自衛隊法施行令で『防衛大臣は、必要な報告又は資料の提出を求めることができる』と規定されており、自衛隊の依頼を受け、募集対象者情報を提供しています。裁判では一審、二審ともに本市の主張が認められており、今後とも個人情報の適正な取り扱いに努めます」との回答が届いた。

徴兵制の土台となり得る仕組み

 名簿を利用した自衛隊員募集のダイレクトメールは、実際どの程度効果をあげているのだろうか。NGO「日本平和委員会」の機関紙『平和新聞』編集長で、名簿提供問題に詳しい有田崇浩さん(30)が、情報公開法による開示請求で得た防衛省陸上幕僚長監部の内部資料「募集広報媒体認知度等調査報告書」(2014年度)によると、自衛隊地方協力本部のダイレクトメールを指す「地本の郵便物」はわずか1.4%しかない。効果があるとは到底言えない数字だ。

 「防衛省・自衛隊は当然、こうした傾向を把握した上で、名簿提供を求め続けているとみられます。実際に効果があるかどうかより、自衛隊の人的基盤強化のために、自治体に下請け的な業務を担わせる仕組みを整えてゆくこと自体に狙いがあるのでしょう」と有田さんは推し量り、自治体が住民基本台帳から自衛隊員募集の適齢者の個人情報を抜き出し、名簿化して自衛隊に提供する一連の事務が、戦前・戦中の徴兵制と似ていることに注意を促す。

 かつて徴兵制のもと全国の市町村には、兵事係と言う部署があり、毎年の徴兵検査に向けて、20歳になる成年男子の氏名等を戸籍から抜き出し、「壮丁連名簿」という徴兵適齢者の名簿として軍に提供していた。地方行政機関が、まさに国家の下請けとなり、戦争体制を支える精密な仕組みが整っていたのだ。

 「今後も自衛隊の募集対象者の人口は減少するでしょう。自治体による自衛隊への名簿提供は、戦時に若者を動員する体制や、徴兵制の土台(ベース)にもなり得る仕組みといえるので、警戒すべきです」と有田さんは語る。

 自治体職員が住民基本台帳から若者名簿を作成し、自衛隊に提供している事実に、かつての平兵事過係の歴史が重なってくる。

 自衛隊は自衛隊員募集・勧誘において経済的メリットを強調する。経済格差が拡大する日本社会で応募者を増やすには、低所得者層の若者をターゲットにするのが有効との考えがあるのではないか。いわゆる「経済的徴兵制」の浸透を視野に入れた対策である。

地方自治の危機と戦争準備

 これまで政府は、「徴兵制は憲法第18条が禁じる「意に反する苦役」にあたり、その導入はあり得ない」旨の国会答弁をしてきた。しかし、自民党の改憲案のように、憲法9条への自衛隊明記、あるいは、自衛隊の国防軍化がなされた場合、自衛隊は軍事的公共性を持つ組織として位置づけられ、国防のための徴兵制は苦役ではないとして、導入も可能と政府は解釈変更するかもしれない。そのとき自治体は国家の動員体制の下請けの役割を担わされ、兵事係にあたる部署も復活するだろう。

 「名簿提供も含めた自衛隊員の募集業務を防災関係部門で担う自治体も増えつつあり、人的基盤の強化に向けた防衛省・自衛隊の自治体への浸透作戦が進んでいます」と、有田さんは警鐘を鳴らす。

 岸田政権は「安保三文書」に基づき、自治体管理の空港・港湾の自衛隊や米軍による軍事利用も進めようとしている。自治体を戦争体制に組み込むとする動きの一環だ。

 戦前・戦中、大日本帝国憲法下では、地方自治は存在せず、県や府や市町村などはすべて国家の地方組織で、市町村は内務省から派遣された府県の知事の監督下にあった(長谷川正安『日本の憲法第三版」岩波新書)。だが戦後は、日本国憲法で地方自治が保障された。地方行政機関が国家の下で、戦争体制の手足となったことを繰り返さぬように、という歴史の教訓が込められている。兵事係の再来を許してはならないということだ。

 福岡の住民訴訟の原告で訴訟団事務局の脇義重さん(78)は、「自衛隊会の名簿提供問題には、プライバシー権が犯される人権侵害、自治体が国の下請け機関にされてゆく地方自治の危機、国の動員体制・戦争への準備といういわば三位一体の問題が凝縮されています。憲法が保障する個人の尊重、地方自治、市民の平和的生存権が脅かされているのです。その危機感から、私たちはこうした動きに抗うため、名簿提供に反対の声をあげています。憲法の地方自治の規定のもと、国と自治体は対等なのです。自治体は国の戦争準備に手を下してはいけません」と訴える。

 多くの自治体が自衛隊に若者名簿を提供するなか、例えば、福岡市の小郡市は、2016年度に同市個人情報保護審議会が、自衛隊法施行令第120条にある「資料」に「個人情報が含まれると解釈するのは困難」なので、「適齢者情報を提供すること」は認められないと答申したため、名簿提供を止めて閲覧に切り替えた。政府の軍事優先による「法的根拠」の拡大解釈に追随せず、地方自治の主体性を保とうとする自治体も存在する。

 今年2月26日には、福岡の上に次いで、神戸市に住む50代〜70代の男女6人が、市から自衛隊への名簿提供は、プライバシー権を保障する憲法第13条や市の個人情報保護条例などに違反するとして、市長の責任を問う住民訴訟を神戸地裁に提訴した。奈良市でも3月末に、市から自衛隊への名簿提供でダイレクトメール送られた18歳の若者が原告となり、本人による同意のない名簿提供は、個人情報保護法と住民基本台帳法に違反するとして、市と国に損害賠償を求める訴訟を奈良地裁に起こす。個人の尊重よりも、軍事に重きを置く国策への異議申し立てが続いている。